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アクション最前線

2017/09/07

「障害児を産んだら仕事はあきらめる?」働く母が5%しかいない現実から、保育の光をつかむまで #医療的ケア児

  


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2012年9月、1498gで生まれたユリコちゃん(仮名)は、遺伝子の突然変異を原因とする非常に珍しい病気と診断されました。5万人に1人と言われる難病です。

3つ年上の長女を育てながら働いていたお母さんですが、ユリコちゃんを出産して生活は一変しました。

ユリコちゃんは、胃食道逆流という症状のため、口からの栄養摂取が一切できませんでした。
そのため鼻から胃へ、栄養摂取するための注入チューブを入れたままの状態になりました。この処置を経管栄養といいます。

経管栄養に加えて、ユリコちゃんの病気には知的障害が伴うことも少なくありません。いったい、この子の一生はどうなるのだろう……と、不安に打ちひしがれていたお母さんに追い打ちをかけたのが、病院のソーシャルワーカーからの言葉でした。

育児休業が明けたら、上の姉と同じく保育園にユリコちゃんを預けて職場復帰したいと考えていたお母さん。そのことを病院のソーシャルワーカーに相談すると

「子どもを預けられる場所は一つもないから、皆仕事を辞めてお母さんが家で面倒をみているよ」と言われたのです。

子どもに障害があったことでお母さんは十分ショックを受けていました。しかもその上、職場にも復帰することができない。お母さんはこの時初めてユリコちゃんが保育を受けられないかもしれない、という現実を知りました。

「障害児は家庭で保育すべき」という風潮がある日本では、障害児を育てるお母さんが常勤で働けている率はわずか5%。

それでもユリコちゃんが保育を受ける権利、働き続けるという選択肢を捨てずに、前を向き続けたユリコちゃんとお母さん。

医療的ケアのある子どもが保育を受けられるようになるまで、そしてお母さんが復職を果たすまでの軌跡を、ユリコちゃんのお母さんにお伺いしました。

「障害児は家庭で保育するのが望ましい」保育園入園を断られる

最初に区の保育園に入園申請をしたのは、一般的なお母さんと同じく、1年間の育児休業中のこと。ユリコが1歳になる前でした。
その時不承諾となったのは「感染症にかかりやすく重症化しやすいため、集団保育に向かない」との理由でした。

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ユリコは2013年9月、1歳になる頃に胃ろう(※)の手術をし、鼻の経管栄養チューブがとれました。

胃ろうへの注入はごはんとおやつ、水分補給のときだけでしたし、その対応だけ保育園ですることができれば、それ以外の時間は他の子ども達と一緒の集団保育が受けられるのではないか、と期待し、再び2014年4月、1歳児の枠に入園申請しました。

保健所と保育園、区の保育課による面接を経て、結果を待ちました。

しかしその後、またも入園不承諾通知を受け取ったのです。

不承諾の理由には「現時点では保育園での集団保育が可能であるか確認できないため」と記載がありました。詳細を問い合わせたところ、保健所の医師が「こういう子は、家庭で保育するのが望ましい」と判断したとのこと。

※胃ろう:口から食事をとれない場合に、胃に直接栄養を入れるため、腹部に胃につながる小さな穴を開け、管を入れておくこと、またその穴のこと

保育が必要だとわかってもらえるよう、前を向いた

仕方なく職場に育児休業の延長を願い出て、その後は介護休暇の申請をしてつなぐことにしました。

それからは、どうにかして保育を受けられるようにするために、「この子は家庭外での療育や保育が可能である」と行政に認めてもらうための実績づくりに徹することにしました

まだ対象年齢に満たないため障害児の発達支援を行う区営の療育施設に通えなかった1歳~2歳半の間は、民間のリハビリ施設にユリコと毎日のように通いました。その時の記録をまとめ、外出したり普通に活動ができることを訴えました。

ユリコのケアに必要なことや、ユリコが出来ることと出来ないことなどをまとめた資料も作り、区の職員や保育園の保育士さんの不安を払拭する努力も重ねました。

医療的ケア児の保育は、親が必死に要望を出さないと検討の議題にも乗らないので、保育課長に手紙を書いたり、障害児問題に取り組んでくれそうな議員に会いに行ったり、あらゆる手を尽くした一年でした。 

 
各所から拒否をされて、心が折れそうになったことも

正直、精神的にギリギリになったこともあります。例えば、区の保育園がダメなら……と私立の認可外保育所に、片っ端から電話していた時のことです。

「医療的ケアへの対応はできますか?」
「できません」

何度も何度も、断られる。お願いしても施設長が電話口にさえ出てくれないこともありました。 

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様々な場面で拒否され続け、悔しくて悲しくて心が折れそうでした

どうしてこんな思いをしなければならないの?と。

普通の女性にはいろんな選択肢があるのに、自分にはない。
こういう子を産んだんだから母親が見るのがあたりまえでしょ、と言われているみたいに思うこともありました。
ましてや好きな仕事をしたいなんて……そんな選択の余地はどこにもない。

働きたいと思うことはいけないことなのだろうか?

お姉ちゃんと同じように、ユリコにも保育や教育の機会を与えてあげたい。
でも、制度がないからという理由で社会のどこにも居場所がない。

私たちは普通に暮らしたいだけなのに。

次ページ:実績作りを経て、再び保育園の申込みをしたものの……

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書いた人:岡水 恵弥