ナンシーっ子たちが集合する「オンライン朝会」が、対面交流会に発展
フローレンスが2019年に開始した「医療的ケアシッター ナンシー」。障害児・医療的ケア児家庭に看護師が訪問し、医療的ケアと遊びや発達支援の他、特別支援学校などの通学支援も行っています。
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ナンシーは利用者の自宅に訪問してお預かりをするので、これまでは利用者同士の交流はなかなか生まれづらい状況でした。お子さんが医療的デバイスを付けていること、また感染リスクが高いことから、お出かけもしづらいという利用者ファミリー。そんな状況の中で誰からともなく、「少しでも、顔を見て交流したいね」という声が上がりました。
そこで2023年の秋から少しずつ、朝の時間にナンシーを利用している一部エリアのご家庭同士で「オンライン朝会」が始まりました。5~10分と短い時間ではありますが、お友だちの顔を見ながら1日をスタートすることが、こどもたちの楽しみになっていきました。そのうち親御さんからも、「お友だちに会ってみたい」「親御さんと話してみたい」という声が聞かれるようになりました。
そこでまずは一部エリアのご家庭だけではありますが、ナンシー初の対面による交流会が実現!フローレンスの神保町事務所に、9組の親子が大集合しました!
まずはみんなで製作物に取り組んだり、遊んだりするプログラムからスタート。そしてこの春で卒業するお子さんの卒業式、スタッフが制作した1年の振り返りスライドなどのプログラムが続き、全員で楽しむことができました。
ナンシーがスタートしてすぐ、社会は長いコロナ禍に突入してしまいました。平時であってもお出かけがしづらい利用者ファミリーたちですが、それに加え感染リスクと闘いながら不安な日々を過ごしてきました。長い我慢の時期を超えて、9組の親子はこの対面交流会に、それぞれの特別な思いを持って参加してくれました。2組の利用者に、今日を迎えるまでの思いをうかがいました。
Sさんの場合:「いつ発作が起きるか」危機感がいつも隣にありました
2021年からナンシーを利用している4歳のYちゃんとパパのSさん。Yちゃんは「ドラベ症候群」という難治性のてんかんを持っています。発熱すると発作の危険があるため入院が必須。昨年の入院は合計12回に及びました。やさしい笑顔と声でYちゃんに接するパパのSさんに聞きました。
てんかん発作とコロナ禍。警戒が続く日々
Yの生後1年は妻が、その後交代でわたしが1年育休を取得しました。最初の2年間は夫婦だけでYを見ていました。実はその時期がコロナ禍だったんですよね……。今は成長してずいぶん良くなりましたが、当時はちょっとした外出や刺激がきっかけになって発作が起きやすい状況でした。出かけるのも難しい、かといって誰かの家に行くとか、来てもらうことも厳しい状況が続きました。「不安だからやっぱり家にいよう」。そんな日々が長引いて、どうしても気持ちが沈みがちになっていました。
「断られる」ことで、実はすごく傷ついていたんですね
難治性てんかんって、とても難しいんです。というのもYには発作のリスクがあるものの、医療的なデバイスが付いているわけじゃない。つまり「医療的ケア児」という定義から外れてしまうケースもあるんです。1歳くらいだと、成長の見込みがあると見なされて、使いたい支援制度が使えないケースもたくさんありました。
発作はいつ起きるかわからない。横のつながりもない。そんな中で初めて授かったこどもを夫婦だけで育てられるのか。不安と闘いながらさまざまな制度や支援を調べて当たってみるものの、「Yちゃんのケースは対応できない」と言われる。がっかりする。そんな小さな「お断り」が積み重なると、人ってこんなに傷つくんだなって感じました。今振り返ると、とてもしんどい時期だったかもしれません。
誕生後から張り詰めていた気持ちを緩めてくれた「ナンシーさん」
わたしの育休中、さまざまな支援を調べて行き着いたのがナンシーさんでした。実際に利用し始めて本当に助かったのは、わたしと妻の精神面です。Yの病状について、もちろん一番詳しいのはドクターですが、診察の時間に聞けることは限られてくる。日々一緒にYを見ている中で浮かんでくる、なにげない不安や疑問をナンシーさんに聞いてもらえると、とても救われた気持ちになりました。特に家の中で取るべき対策は、実際自宅で動いたり生活しているYを見ているナンシーさんでしか、出てこないアイデアがたくさんありました。
Yは初日から本当に楽しそうにしていました。同じおもちゃを使うのでも、親とナンシーさんでは視点が違うし、Yが家族ではない別の人と遊んでいる姿を客観的に見ることで、発見できなかった成長や変化を感じることができました。
ナンシーさんにお散歩もお願いするようになって、少しずつ外出にも慣れてきて、今は保育園とナンシーさんを併用できるまでになりました。「家族で出かける」という夢も叶ったんです。去年初めて、YとYの妹を連れて家族4人でディズニーランドに行けました!!もうそれはそれは、親の方が感動してしまって……。
今日のイベントだって、ナンシー利用開始当時なら絶対来られなかっただろうなって思います。わたしにとっては、奇跡のような不思議な感覚。Yが他のお子さんのことを気にして寄っていく姿を見られて、嬉しい気持ちでいっぱいでした。
Iさんの場合:区内、すべての保育園に断られて、育休を延長
2023年からナンシーを利用しているIさんと4歳のKくん。4月から認可保育園に入園するため、めでたくこの日はナンシー卒業式。Kくんは誕生直後、自力で呼吸ができず、声門下狭窄との診断で気管切開を行いました。呼吸不全によって引き起こされた脳性麻痺の影響で身体的発達もゆっくりめのお子さんです。ママのIさんは、器用にKくんのたんの吸引をしながらお話を聞かせてくださいました。
双子で生まれて、2人とも長期入院。復職の目途も立たず
Kの出生時の体重は1111グラム。脳性麻痺と気管切開で生後半年間の入院が必要でした。Kは双子なんですが、もう一人のこどもは心臓が悪くて入院は11ヶ月間に及びました。1歳のタイミングで保育園に入れることを望んで、住んでいる行政区内の保育園全部に電話しました。結果は全部「お預かりできません」……。そのタイミングでは諦めて育休を2年間に延長。会社で規定されている育休期間をすべて使い切っても結局受け入れ先は決まらず、仕事の量を制限したり、両親に手伝ってもらったりしながら、なんとか仕事と自宅での子育てをこなしてきました。
そうこうしている中で、区とフローレンスの提携が決まって在宅保育が受けられると言ってもらえたんです。それまで訪問看護やリハビリスタッフが来ることはあっても、「保育」をしてもらえるのはナンシーさんが初めて。それまでは生活リズムがあまり一定しない子だったんですが、「ナンシーの先生が来るから、それまでにこれをしよう」って意識できるようになってきました。
散歩や朝会で初めて「自分には友だちがいる」って思えたみたい
ナンシーの保育時間ではお散歩にも連れて行ってもらっているのですが、スタッフの皆さんの工夫で、地域の保育園のお散歩時間と合わせて一緒に遊べるようにコミュニケーションを取ってくださって。そこでKは初めて「自分には友だちがいるんだ」って思えたようなんです。特に利用者同士で開いてくれているオンラインの朝会は積極的でした!「今日も友だちに会うから、早くごはん食べなくちゃ!」って行動しているのがよく分かるんです。
「お友だちに会いたい」。望んだことを自分で叶えられる嬉しさ
お出かけは、もっと小さい頃は、あっても近所の公園くらい。3歳くらいになってようやく、本人の体力と連れていくわたしたちの「慣れ」が噛み合い出して、外出ができるようになってきました。今日も、「朝会で会うお友だちも来るみたい」「行ってみたいね」そう思ってハードルを感じずに参加できたことは、わたしにとっては「ようやく!!」という気持ちでいっぱいです。
この春から認可保育園に通うことが決まって、今日卒業証書をいただきましたが、わたしが泣きそうでした(笑)。これから新しい生活になりますが、Kにお友だちがたくさんできることがとても楽しみです。
当事者を励ますのは、やさしい言葉よりも「情報」
SさんもIさんも、4年という長いケア生活、そしてコロナ禍を乗り超えてきたご家族。交流会の最後に、偶然にも異口同音に「こんな日がくるなんて」と、交流会に参加した喜びを表現してくださいました。
そしてもう一つ、偶然に一致した言葉がありました。
「福祉分野の情報、特にニッチな病気や障害についての情報は、まったく集約されていないんです。同じ病気や障害を持つご家族のSNSにどれだけ助けられているか」という言葉。わずかな情報を掘り下げて調べたり聞いたりしても、実際に支援の相談をすれば「お断り」の繰り返し。Sさんは「当事者がここまでがんばらないといけない状況は変わっていってほしいですね。支援につながるもっと手前で心折れて諦めてしまう人も多いはずです」と語ります。
Iさんは「同じ療育に通っているお子さんの親御さんでも、情報のリーチ度合いはすごくさまざまなんです。もっと誰もが簡単に情報を取れるように、支援の専門家に集約してしてもらえるのが、一番の支援になります」と語りました。
医療的ケア児を育てるご家庭にとって、「情報」は、その一つ一つが、お子さんを社会につなげていく大切なパイプの役割を果たします。2021年に可決された「医療的ケア児支援法」によって、国や自治体が「医療的ケア児家庭の支援を行う責務」を負うことが明文化されましたが、フローレンスが目指すのは、さらにその先です。SさんやIさんが望む、「誰もが専門の支援情報にたやすくリーチできる」ことを日本の「文化」にしていくことです。そしてYちゃんやKちゃんをはじめとする、障害や医療的ケアのあるたくさんのこどもたちの保育や療育をもっと垣根なく、「あたりまえ」にしていく必要があります。
数年後、彼らが学校へ通ったり、社会に出ていったりする時に、彼らの眼の前には今よりもっと多様な可能性と選択肢が広がっていますように。フローレンスの挑戦はまだまだ続きます。