フローレンスが日本総合研究所に委託して行った「無園児家庭の孤独感と定期保育ニーズに関する全国調査」では、「保育園等を利用していない未就園児(無園児)家庭のほうが子育てで孤独を感じている」ことが明らかになりました。
現在の保育制度では、親の就労や疾病などの理由により「保育の必要性」が認められないと保育園へ入園できません。
6月15日に行った調査結果発表の記者会見では、東京大学名誉教授・日本保育学会前会長の汐見稔幸先生が、この調査結果を踏まえ、待機児童時代が終わり、保育園が淘汰されていく時代を目前にして、今後保育園が果たしていくべき役割について語りました。その全文を紹介します。
保育園がサポートすべき「あらゆる形態の貧困」とは――汐見稔幸先生
汐見と申します。保育の世界を活動の拠点にしていますけれども、元々教育哲学をやっていました。子どもを育てるという時に、今の教育学はほとんど学校に入って以降のことしか扱いませんが、本当は赤ちゃんのときから、いや妊娠した時からやらなきゃ本当の学校にならないと思って保育の方に移りました。子どもが3人いて、3人とも産休明けから保育園にお世話になりました。13 年間の送り迎えをやったことを懐かしく思い出します。
自分の経験からも本当に保育園に助けられたなという印象がすごく強いです。
1980年代の前半ですが、ある団地に住んでいて、若いお母さん方が圧倒的に多く住んでいました。そこのお母さん方が、働いていないというだけで、保育園を利用するということを思いもつかないという現実に直面しました。子育てサークルをやっても、子育てのことや離乳食の作り方などが素人のお母さん同士じゃわからない。それなら、すぐ近所の保育園に保育士も栄養士もいるのだから、もっと活用したら良いのにと。
その時以来、私は「保育園は働いてなければ入れない」というような制限があるのがおかしい、全ての希望する人が赤ちゃんのときから保育園を利用する社会を作るべきだと考えてきました。
全ての子どもたちが保育園を利用できるようにするべきだ、と言っても待機児童問題が深刻な時は、実際はなかなかそうはいかない。しかし、待機児童問題は、もうほとんど終わっています。
まだ世間からはあまり認識されていないですが、これからはどんどん保育園が定員割れや廃園に追い込まれていくところが増えていく可能性が高いですよね。
そんな時代の中で、保育園という社会資源をどう活用するのかを考えたときに、希望する全ての人が利用できる制度だったら、いろんな面でメリットが大きくなる、ということを感じていまして、今回駒崎さんからこういう提案をしていこうとお声がけいただいた時に両手を上げて賛成した次第です。
今後、保育園の持っている機能は更に多様化していくと思っています。先ほど駒崎さんから「保育園は社会のセーフティネットになりえる」という話がありました。
フローレンスと日本総研の調査の中で、私が非常に興味深いなと思ったのは、資料の13ページ、「子どもへの愛着度が低い家庭ほど定期保育サービスの利用意向が低い」というデータです。これは、これからの社会政策を考えていくとき、ひとつの鍵となるデータだと思います。端的に言えば、これは日本の貧困問題の現れなんです。
無園児*家庭の孤独感と定期保育ニーズに関する全国調査 報告書はこちらhttps://florence.or.jp/wp/wp-content/uploads/2022/06/0615_report.pdf
現代では、貧富の格差がいろいろな形で広がり、深刻化しています。
日本の貧困家庭は14%や15%と言いますが、あれはOECDが定めている経済指標で年間の収入がある指標以下の人を数えているだけですよね。最近では、SDGsという取り組みも行われています。SDGsは誤解されている面がありますが、アジェンダをしっかり読むと、貧困問題と取り組むんだ、ということが書いてあります。
いくら環境問題をなんとかしよう、良い教育をやろうとしても、貧困問題があるとそれは一切できない。だからこの貧困問題をなんとかするんだ、というのが実はSDGsの17のゴールの1つ目に書いてあります。10年で取り組む目標のトップ(1つ目)が「あらゆる場所であらゆる形態の貧困をなくす」と書いてあるのです。では、「あらゆる形態の貧困」とはなんなのか、そのことは意外と議論されていないような 気がします。
たとえば、日本では、シングルマザーで働いている場合のOECDの基準での貧困率は51%。韓国についで世界の第二位です。そういった家庭では、さらにいくつかのネガティブなファクターが重なることがあります。予期せぬ妊娠だったとか、幼い頃に自分も虐待されて育てられたといったようなことです。そうすると、産んだ子どもに対する情熱がなかなかわかなくなってしまう。
僕はよく、保育園で「お家でどんな本を読んでもらっている?」ということはなるべく聞かないでね、と保育士に言います。それは、「絵本なんか家にはねーよ」という子どももいるんですね。絵本を読んであげるとか、おもちゃを買ってあげるなんてことを思いもつかないような家庭があるのです。子どもがギャーギャー泣いたら、うるさい!としか言えない、それ以外の方法を知らないという家庭もあるんです。
子どもにとっては、絵本を読む体験や、どこかに出かけて楽しく遊ぶという体験というのは文化の体験ですが、この文化の体験の極端な貧困、あるいは優しい言葉をかけてもらうという体験の貧困、愛されるという体験の貧困、そういう貧困の方が実は子どもの育ちにとっては大きいんです。
日本も、昔はもっと貧しくてお金がなかった。しかしそれでもみんなちゃんと育っています。つまり、「貧困」と「貧乏」は違うんです。
その貧困というのは、人間関係の貧困、親自身が子どもを愛したいという気持ちがわかないという貧困、そういう家庭にいろんなものが山積している。先ほどの「子どもへの愛着度が低い家庭ほど定期保育サービスの利用意向が低い」という調査結果は、小さい時から自分自身が愛されなかったとか、予期せぬ妊娠で産んでしまったとか、そういうことが重なった人には「保育園が利用できますよ」と言っても、そういうことを思いもつかない、人に頼るという経験がないような人かもしれない。これが日本の本当の貧困なんです。
日本の本当の貧困問題というのは、お金がないだけではないんですよね。こういう家庭をどうサポートしていくのか、ということに社会政策が向かわないといけない。文化的な経験や愛された経験のない人が、自分も親になり、子どもにも同じことをする、ということが繰り返されていけば、日本は本当の格差社会になっていくと思います。
ですから、保育園が社会の本当のセーフティーネットになる、ということを考えていくんだろうなと思います。こういう家庭にはたらきかけていって、ぜひ保育園に来なさいよ、と言ってあげるような、あたたかいサポートがこれから必要になってくる。働いているとか働いていないというのは関係ないんです。そうなっていくことで、社会の貧困問題に新しいメスが入っていくんじゃないかと期待しています。そういう意味でこの「保育園を全ての人が利用できる」という形になっていくことが、新しい社会政策にも、労働政策にもなっていく。
そこで政治家の方にはぜひ、日本の社会は、こういうところにあたたかい眼差しを注げる国にしてほしい。これは国の強みにもなりますよね。ちょうど待機児童問題が解決する時期に重ねて、あたらしい福祉政策を始める格好のチャンスだと私は思っています。ぜひそういうことを社会に伝えていただきたい、というのが私のお願いです。簡単ですが以上です。ありがとうございます。
汐見稔幸
東京大学名誉教授、日本保育学会理事(前会長)、一般社団法人家族・保育デザイン研究所代表理事、白梅学園大学名誉学長、全国保育士養成協議会会長。
専門は教育学、教育人間学、保育学、育児学。自身も3 人の子どもの育児を経験。 保育者による本音の交流雑誌『エデュカーレ』編集長でもある。 持続可能性をキーワードとする保育者のためのエコカレッジ「ぐうたら村」村長。 NHK E テレ「すくすく子育て」など出演。
【働く親のための保育園から、全ての子どものための保育園へ。全国調査結果を発表しました!】
現在の保育制度では、親の就労や疾病など「保育の必要性」が認められないと入園できません。
私たちは、希望する全ての家庭が保育園を利用できるよう提言していきます。
「無園児家庭の孤独感と定期保育ニーズに関する全国調査」結果発表。働く親のための保育園から、全ての子どものための保育園へ!
フローレンスの政策提言活動について
フローレンスは、支援現場を自分たちの手で運営しながら、そこから日々得られる親子の生の声や、事業ノウハウを社会に広げ、国や地域の制度に具体的施策を提言をすることで、日本の子どもを取り巻く環境、綱渡りを強いられているハードな子育て環境を、アップデートしていきます。
今回、2022月6月15日におこなった、記者会見、全国調査、広報活動についても全て皆さんからの寄付により実現しています。
いつも応援してくださる寄付者の皆さん、参加・協働してくださっている多くの皆さんに心から御礼申し上げます。
日本中のすべての親子の笑顔のために、フローレンスはこれからも皆さんと共に「新しいあたりまえ」を形にしていきます。