「ちょっとコンビニまで」が叶わない、医療的ケア児家庭を支援
フローレンスでは、2014年より、人工呼吸器や胃ろうの使用、たんの吸引等の医療的ケアが日常的に必要な子ども、「医療的ケア児」(以下医ケア児)を育てるご家庭に向けた支援を続けています。
医ケア児を抱えるご家庭は、ほぼ24時間体制でお子さんのケアを続けながら日常生活を送っています。お話をうかがうと、「片時も離れることができない」「夜間も呼吸が気になって、子どもが生まれてから一度も熟睡していない」といったエピソードは枚挙にいとまがなく、医ケア児を育てる親御さんたちの日々の思いが伝わってきます。
フローレンスでは、あらゆるご家庭が外部の支援につながりやすい仕組みをつくり、各家庭にとって望ましい選択ができる社会を実現したいと考えています。
そのために保育園という場を「親子のセーフティネット」にするべく、2018年より保育園でのソーシャルワークを開始しました。ご家庭が抱える悩みや困難、子どもの様子から早い段階でリスクに気づき、ご家庭が必要とするサポートにつなぐ窓口となることを目指しています。
2019年からは、園で調理した食事を保育園内で提供し、親子が保育士や地域のコミュニティと繋がれる場「ほいくえん子ども食堂」も開催してきました。
▼仙台市「おうち保育園かしわぎ」で開かれたほいくえんこども食堂の様子
保育園特製の手作り弁当を医ケア児家庭へ!
こうした仕組みを、医ケア児家庭へも提供できたら……。
それが「医ケア児おやこ給食便」のスタートでした。仙台市内在住の医ケア児家庭へ月に1回、「ほいくえんこども食堂」特製のお弁当を無料でお届けするサービスです。
ただの食品の宅配サービスではありません。お弁当をお届けするスタッフは、医ケア児をご自宅でお預かりする「医療的ケアシッター ナンシー 仙台」の事務局スタッフや看護師など。医ケア児支援の専門知識を持つスタッフがうかがうことで、家庭とのつながりを作り、お話を聞き、支援の輪を広げることを目指しています。
トライアルがスタートしたのは2022年の8月。それから12月までの間に7回のお届けを実施し、延べ37家庭にお弁当を届けることができました。
今回は、「医ケア児おやこ給食便」を実際に利用してくださった2家庭にインタビューにお応えいただきました。それぞれのご家庭で、一食のお弁当がかけがえのない時間や出合いを生みました。
パパの仕事で移り住んだ仙台。一番の課題は「孤立」でした(Kさん)
「夫が転勤族で、2年前に東京から仙台へ引っ越ししました。新しい土地で療育施設や病院を一から探して、今ようやくルーティンができたところですね」と語るKさん。パートナーさん、小学校2年生の男の子、医ケア児のAちゃん(5歳)との4人家族です。
医ケア児・Aちゃんについて
【状態】
・生まれたときの低酸素脳症の影響で寝たきり状態。病名は「痙性四肢麻痺」
・発語はできない
・医療的ケアとしては、胃ろうへの栄養注入、鼻水・唾液などの吸引に加え酸素モニターをつけている。
【生活のルーティン】
・仙台市の児童発達支援施設に通っている(10時~14時で週3回)
・民間の児童発達支援センターでお風呂やリハビリ、活動などに参加(週2回)
・訪問看護でお風呂に入れてもらう(週1回)
・子ども病院のリハビリ(月1~2回)
・主治医の訪問診療(月2回)
Kさんが、一番の課題に上げたのが、Aちゃんとの「母子分離の必要性」でした。理由は小学校2年生のお兄ちゃんの存在です。「お兄ちゃんを普通のお子さんたちと同じように、公園に連れて行って遊ばせてあげたいし、習い事もさせてあげたい。でも学校が終わる頃にAが施設から帰ってくるので、私はずっと彼女につきっきりになってしまいます。お兄ちゃんの相手や送迎をする少しの時間が切実に欲しい」と話すKさん。医ケア児家庭では、きょうだい児のケア時間が取れないことも大きな課題です。
お仕事が忙しいパパ。早朝に家を出て、帰宅は深夜という日々で、日中のケアは100%Kさんが担うことになります。東京に住んでいたときは区が運営している訪問型のレスパイト事業を気軽に利用でき、同じような境遇の家庭とつながれる重心児のサポート機関(NPO)なども充実していました。しかし仙台では訪問型のレスパイト事業者がほとんどなく、横のつながりがまだできていない状態。Kさんは「『仙台に医ケア児っていないの⁉』って思うほど、他の家庭とつながるきっかけがないのが悩み」と表現します。
「医ケア児おやこ給食便」の日は何もしない!って決めて、お兄ちゃんと遊びました(Kさん)
そんなとき、Aちゃん通っている施設からのチラシを受け取り、「医ケア児おやこ給食便」のサービスを知ったそうです。Kさんは元看護師。何と東京に住んでいたときにフローレンスの研修会に出席したことがあったそうです。障害児保育園ヘレンを利用しているお友達もいて、「なんの抵抗もなく申し込みました!」とKさん。
普段はお兄ちゃんとAちゃんが帰宅前に買い物を済ませて、夕方はAちゃんの経管栄養の注入とケア、夕飯の支度と本当にバタバタと時間が過ぎていきます。「でもお弁当が届く日は、もう何もしない!って決めたんです。とてもわずかな時間でしたが、心に余裕ができたおかげで、その時間でお兄ちゃんと遊ぶことができた。念願の時間でした」とKさん。
「お弁当は家族全員分届けていただいて、Aの分はミキサーにかけて注入しました。家族全員で同じものが食べられたんです。クリスマスが近かったので、来てくれた保育士さんがAと一緒に歌を歌ってくれたり、お兄ちゃんとお話もしてくれました。医ケア児がいると、どうしても関わる人が固定化されてしまうけれど、この日を通して新しいつながりができてすごく嬉しかったです」とKさんは振り返ります。
10月から始まり、3回にわたってフローレンスとの交流を続けてきたKさん。フローレンススタッフとの関係性が徐々に構築されていく中で、Kさんは新しい土地でも「横のつながり」をつくることに今とても前向きになっていると話してくれました。取材の最後、仙台のスタッフと医ケア児家庭をつなぐオンライン座談会を開くことをお約束。お弁当を通して新しいつながりが見えてきました。
フルタイムの仕事と平日のワンオペ育児。夜間も気を抜けない毎日です(Sさん)
「夫も私も医療従事者で、医療的ケアは2人とも同じようにできますが、平日の帰宅後は完全に私のワンオペ育児。それゆえに夕方は本当にバタバタです。夜間のケアも必須なので、眠りが浅いことが当たり前になっちゃっています」。そう語ってくれたのは、医ケア児のKくん(8歳)と妹のAちゃん(5歳)を育てるSさんです。
医ケア児・Kくんについて
【状態】
・生まれつき脳が半分の状態で誕生。日常生活には全介助が必須
・医療的ケアとしては、薬の吸入(1日に2回)・吸引(たん・鼻水)・注入(食事3回分とおやつ代わりのミルク)
・浣腸が必要
・季節の変わり目や体調が少しでも崩れると吸引は30~40分に1回程度必要
・熱性けいれんで年間5~6回の入院も発生する
【生活のルーティン】
・日中は特別支援学校に通学中。学校が終了次第、放課後等デイサービスがお迎えに行ってくれ、夕方までデイザービスで過ごす
・訪問型のヘルパーさん(週6回)
・両親ともにフルタイム勤務のため訪問看護も併用(週3回)
Kくんの脳について詳細がわかったのは、まだKくんがお腹にいるときでした。Sさんは出産前から「私たち夫婦で全力でKを養っていく必要がある」と覚悟していたそうです。医療関係のお仕事なので、産後1年後には院内保育で職場復帰を果たしました。
ただ、Kくんは熱性けいれんを起こしやすいことに加え、軽い風邪などでも体調を崩しやすく、両親共に仕事を続けながらケアと看病をこなすのは並大抵のことではなかったと言います。頼みの綱である相談支援事業所の相談員からは、なかなか親身になったアドバイスを受けられませんでした。
「親がフルタイムで働いている子どもに対しての福祉サービスの『前例がない』、という理由で相談を断られ、仕事を辞めるしかないのかとも考えました。でも今お願いしている相談員さんに交代したことで、話を聞いてもらえるようになりました。役所のさまざまな部署を横断して掛け合ってくれて、ようやく今のサポート体制が整いました」とSさんは振り返ります。
一番の課題は、妹のAちゃんのケア。ここは前出のKさんファミリーのお悩みと一致します。「娘に急な診察が必要な時が一番困ります。急の場合はヘルパーさんも看護師さんも頼めない。でもKを置いてはいけないですから」。
慢性的な悩みは、Kくん帰宅後の経管栄養の注入・薬の吸入の時間とAちゃんの食事の支度時間がかぶってしまっていること。というのも、Kくんが成長してきて、注入用のマーゲンチューブ(経鼻胃管)をおもしろがって抜いてしまうそうなのです。そのため、Sさんは注入や吸入の間、じっとKくんを見守る必要があります。「単純な家事でも、2~3倍の時間と労力がかかります。夕方はワンオペなので余計にバタバタです」とSさん。
「医ケア児おやこ給食便」の日、初めてAちゃんと一緒に「いただきます」ができた(Sさん)
Sさんが「医ケア児おやこ給食便」を知ったきっかけは、仙台ナンシー職員が知り合いだったことでした。さらに特別支援学校の方からも同じ案内を受け取り、そこで初めて「ここまで広く網をかけてやってくれようとしてるんだなーって感じて、これも縁だなと思いました」とSさん。
「やっぱりいくら大変でも、子どもにはインスタント食品じゃなくてお弁当という形で食べさせられるのはとても嬉しかったです。あとはとにかく準備・片付けをしなくていい!!これは本当に助かりました。いつもはKの見守りで一緒に食べることのできない妹のAが、私が一緒に食卓についたことを本当に喜んでいました。『これはママね~、これは私~』と言って、好きなおかずを勝手に分けていくんですよ(笑)。お行儀はよくないんだけど、『こんなことするようになったんだな~』って、彼女の成長を食卓で感じられたのも嬉しかったんです」
ケアを中心に生活が回るSさん宅では、今まで家族全員で「いただきます」をしたことがありませんでした。「お弁当を届けてもらえる嬉しさはそこに尽きました。保育園で作られているだけあって、味が濃すぎなくておいしかったです」
またお弁当を届けたナンシーのスタッフや看護師とのコミュニケーションも貴重だったといいます。「すぐその場で自分の困りごとが吐き出せるかっていうと、時間も限られるから難しいけど、もし何か相談したいって思い立ったときに、一度つながっておくとSOSがすぐに出せるから有り難いですよね」
24時間の寄り添い生活の中で「第三者」が与えてくれるもの
KさんとSさんのお話の中には、いくつかの重要な共通点がありました。
①1日24時間、気を抜ける時間がない(睡眠中を含め)
②きょうだい児との時間が取れずにいる
③平日は母親がワンオペケア+育児+家事を担っている
きょうだい児が保育園や学校から帰ってきて、目が痛い、耳が痛いと訴えても、すぐに受診させられないもどかしさ。公園に遊びに行った子どもの帰りが遅くても様子を見に行けないもどかしさ、孤独感。家族全員で食卓を囲むことができない寂しさ。それらを一人で抱えながら解決してきたKさんとSさんが、取材中に目の前で笑顔を見せてくださっているだけでも奇跡のように感じました。
「医ケア児おやこ給食便」は、そうした家庭に第三者が入っていくきっかけをつくる活動です。どんなに細くても、まずは家庭とつながるパイプをつくりたい。そのパイプを太くしたり、増やしたりしながら、少しでも家庭をサポートできる手を増やしていきたいと考えています。
フローレンスでは「医ケア児おやこ給食便」と共に、仙台では「医療的ケアシッター ナンシー」の活動も展開しています。小児看護の経験豊かな看護師が医療的ケア児や障害児のご自宅に伺いお預かりを行うシッターサービスです。学齢期のお子さんもご利用いただけ、複数の制度を組み合わせることで、通常の訪問看護よりも長時間の訪問が可能で、お子さんの発達を促す遊びや学習のサポートなどご家庭の希望に合わせた様々な支援を提供しています。こうした点と面、双方から医ケア児家庭のサポート活動を今後も続けてまいります。
フローレンスの新しいあたりまえを届ける活動は皆さんの寄付によって支えられています。引き続きフローレンスへの応援をよろしくお願いします。