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日本全国すべての親子のSOSが、だれかの耳に届くように

日本全国すべての親子のSOSが、だれかの耳に届くように

#こども宅食

「こども宅食応援団」常務理事の原水敦さんに聞く「支援」ってなんだろう?

「今日眠る布団がない」親子のもとに駆けつけた年末

原水さんが「こども宅食」に関わり始めたのは2020年のこと。佐賀県を拠点に「こども宅食応援団」の普及活動に力を入れていました。そんな「こども宅食応援団」事務局に年末、1本の連絡が入りました。

ひとりの母親からのSOSでした。「DVから逃げてきて、こどもたち3人を児童相談所に見てもらっています。私だけはなんとかやってきたのですが、年末に3人が帰ってきます。着の身着のままで出てきたので、布団も食べるものも足りません。助けてもらえませんか?」

組織の事情だけで考えれば、難しい依頼でした。「こども宅食応援団」は、「こども宅食」実施団体の立ち上げ支援をしたり、資金や物品を分配する組織で、SOSコールに駆けつけられる体制は持っていません。本来はそう伝えるべきでした。しかし原水さんは「これは命に関わる事態だ。絶対どうにかしないと!」と、緊急支援を行うことを決定。その母親の住まいに近いスタッフと一緒に、1週間程度の食材を無償で用意しました。社会福祉協議会にも協力を仰ぎ、生活必需品をかき集めて、その母親とともにこどもたちを迎えに児童相談所に駆けつけました。

「このSOSに対応しながらつくづく感じました。この親子と同じような境遇にある方が、日本全国に数え切れないくらいいる。声も出せずに支援を求めている人がまだまだたくさんいるんだと。ちょうど活動を始めた時期だったので、身が引き締まるような気持ちになったことを今でも覚えています」と原水さん。

「食べ物を届ける活動なんですね」いえいえ、その先が本領です

「こども宅食」は、全国で239の実施団体が活動をしています(※2024年11月末時点)。実施団体が困りごとを抱えたご家庭へ定期的に食品のお届けをしながら、ご家庭との「つながり」を構築する活動です。そして、継続的にご家庭を見守りながら、適切な支援に連携しています。

「こども宅食応援団(以下応援団)」は、いわば「こども宅食」実施団体の応援団。フローレンスグループのひとつとして活動しています。実施団体の立ち上げ支援、勉強会の開催、国や企業から提供された資金・物品の分配、「こども宅食」の発信や広報活動など、役目は多岐にわたります。応援団は設立6周年を迎え、2024年11月にようやく、47都道府県すべてで「こども宅食」を実施することができました。これは原水さんにとっても嬉しいできごとでした。

「こども宅食」と、それを全国に広げる「こども宅食応援団」の取り組み

「嬉しいです。たくさんの方にご支援いただけたことに感謝の気持ちは尽きません。ただ、応援団の活動としてはまだまだ、というのが正直なところです。先ほどお話したような親子は日本じゅうにいます。全国各地で困っている親子のSOSに応えるには、全都道府県での実施では足りません。目指すはすべての自治体にくまなく、こども宅食の活動が浸透していること。さらに実施団体同士、横のつながりができて助け合えること。まだ笑顔を見せるのは早いかなという気持ちです」と苦笑する原水さん。不完全な笑顔には、他にも理由がありました。「こども宅食が目指していることも、もっとしっかりと伝えていきたいんです」

活動の本質が、どうすれば伝わるのかーー。それはこれまでも長い間、原水さんを悩ませてきたことでした。「こども宅食って、食品を届ける支援なのね、とまとめられてしまうケースがとても多いです。本来は『とどける、つながる、支援につなげる』、これがこの活動のキモ!と日本中にお伝えして回りたいです(笑)」

こども宅食は「親子のそばに、ホッとぬくもりお届け隊」

「例えばわたしは目が悪いのが困りごとです。だから眼科で原因を教えてもらって、コンタクトショップに行って解決策(コンタクトレンズ)を出してもらって不自由なく暮らしています。支援の世界も同じこと。その人が『何に困っているのか』が明らかになって初めて、第三者が介入して解決策を検討できます。でも突然やってきた第三者には家庭のすべてを開示しづらいものです。だからわたしたちはとにかく寄り添います。ホッとした気持ち、ひとりじゃないんだ、という安心を少しでも感じていただくために。そういう意味でこども宅食の活動の大部分は、『親子のそばに、ホッとぬくもりお届け隊』と表現できるかなと思います」

食品を定期的に届ける。届ける中で少しずつ会話が生まれる、ある日、困りごと①を話してもらえる、またその次は、困りごと②を話してもらえる……。支援の現場はあくまで、じっくりと、長い目で進んでいきます。誰でも、初対面の人に突然深い困りごとは言いづらいもの。困りごとが複数絡み合ったり、長期化したりしていればなおさらです。

家庭の外からやってきた支援者が、家庭と手を取り合って「何に一番困っていて、どうすれば解決できそうか」を探っていく。そしてその困りごとに応じた支援先(行政、社会福祉団体、病院、児童相談所などさまざま)と連携し、最適な支援を提案する。それが「こども宅食」の活動なのです。

「実は支援を受けようと思えば、支援自体は数も種類もたくさんあるんです。手を伸ばせばそこにあるんですが、多くの人にとって見えづらく、日常とはかけ離れた存在になっていますよね。わたしが気軽に眼科やコンタクトショップに行くように、もっとあたりまえに利用されるものになってほしい」と原水さんは語ります。

「こどもの貧困」認知率が5割にも満たない日本で

それでも、支援の未来が明るいと思う理由がある

◎原水敦、頭の中の「まだまだ」

・まだまだ①:仲間の数
└「こども宅食」の実施団体を全自治体に浸透させるには、もっと仲間が必要
・まだまだ②:「こども宅食」への認知
└「こども宅食」の存在と意義を、もっと社会全体に広げたい
・まだまだ③:「こども宅食が必要な社会」への認知

インタビュー中、「まだまだ」を何度も口にした原水さん。特に「まだまだ③」を裏付けるようなニュースもありました。2024年11月、公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンがこどもの権利や貧困についての独自調査結果を明らかにしました。

日本における子どもの貧困の実態について大人の48.9%が「聞いたことがない」と回答し、2019年の前回調査より20.1ポイントも増えた

支援の現場にいる人たちにとって、「こどもの貧困」は日々接している課題ですが、同じ日本にいても多くの人にとって、まだまだ見えない課題のひとつです。「日本に貧困なんてあるの?」という社会に向けて、「こども宅食」の意義を伝えていくことは容易ではないことも、原水さんは実感しています。

しかし、原水さんは支援の現場にたくさんの希望を見出していました。

「わたしが知っているある地域では、こども宅食実施日に、地域のひきこもりの若者に声を掛けて、物品の仕分けを手伝ってもらっている団体さんがいらっしゃるんです。一度声をかけたら、みんな毎回参加してくれるようになって、自然と他にもどんどん人が集まってきたそうなんですね。いまや仕分けの日はみんなで集まって、ワイワイ楽しくやるものだっていう文化が生まれたそうです」

ひとつの地域課題に向き合うために続けてきた活動が、多くの人を引き寄せるなかで「文化」になる。文化になると、向き合ってきたひとつの課題だけに限らず、他の地域課題まで巻き込みながら全員が自然といい方向に向かっていく。そんな奇跡のような事例を、原水さんはいくつも見てきたのだと言います。

また実施団体同士が、行政と民間が、人と人が、地域の課題に向けてお互いの強みを出し合って、よりインパクトの強い支援を生み出すケースもどんどん増えてきました。

「それが、福祉の世界の底力なんですよ」と原水さんは笑います。

福祉の次は、「文化」の底力が社会を変える

「支援は特別なことじゃないってお話しましたが、当のわたしも、明日支援が必要になるかもしれない。そんな実感があります。誰もがそんなことを実感して生きているのが今の世の中じゃないかなと思います。その不確実さ、不安に対して今の自分ができることを考える。それが支援の入口になると思います。時間がない人なら例えばSNSで情報を拡散する、たくさん物を持っている人なら分ける、物がない人なら例えば100円だけ寄付をする……。それぞれの場所でそれぞれの『小さな踏み出し』が増えていくことで、課題解決のスピードは上がっていくはずです」

「こども宅食応援団」の掲げるビジョンは「すべてのこどものとなりに、ぬくもりを。」全国の親子のSOSを、ぬくもりに替えていく活動を続けます。しかしSOSそのものをなくすことは、社会全体で取り組まなければ解決できない課題です。「こども宅食が必要な社会」を知った人たちがそれぞれに自分の意見を持つこと、地域に目を向けること、行動することが、原水さんが語る「文化」を花開かせるきっかけになるのかもしれません。

原水敦(はらみず・あつし)

一般社団法人こども宅食応援団理事。大学時代にボスニアでのNGO活動に参加。卒業後、障害者福祉施設に入職。在職中に市民団体Uppleを立ち上げる。2013年に独立し、一般社団法人ピープラスを設立。福岡にカタリ場、マイプロジェクトを誘致。北九州まなびとESDステーション特任教員としてプロジェクトに伴走する。20年より「こども宅食応援団」に参画し、22年6月に理事に就任し、24年6月に常務理事。北九州市立大学非常勤講師、社会福祉士、保育士。

インタビューと文:酒井有里


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