寄付して終わり—。ではありません! 企業とNPOの関係は経済的な支援にとどまらず、社会活動の解決に共に取り組むパートナーシップに発展しています。10年間の協働を支えた“対話”と“社員参加”に迫ります。
話を聞いた人|日本オラクル株式会社 川向 緑 さん
エンジニアとして日本オラクル株式会社に入社。CSR担当となったのち、みずから支援する団体を探してフローレンスと出会った。
病児保育でのひとり親家庭支援や、医療的ケア児の保護者の就労支援、障害児家族交流会などでフローレンスとの取り組みを深め、現在はインクルーシブ・テックの普及にも力を注いでいる。
「職員の顔を見て寄付を決めた」

――フローレンスへのご寄付が今年で10年連続となります。これまでの取り組みを振り返る前に、まずは川向さんがCSRを担当されることになったきっかけを教えてください
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実は偶然の面が強いんです。もともと、エンジニアとして勤務していて、少しずつ企画業務にも携わるようになりました。その流れで経営企画室に異動になり、全社プロジェクトの一つとしてCSRを担当することになったんです。
――そうだったんですね。てっきり学生時代から社会課題の解決に強い関心があったのかなと思っていました。CSRを任された時のご感想はいかがでした?
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正直なところ、当初はCSRに強い関心があったわけではありませんでした。プロジェクト担当となった2008年ごろは、まだSDGsという言葉が生まれる前でしたし、サステナビリティといった概念も社会に浸透していませんでした。むしろ「利益を生まずにコストがかかるプロジェクト」なのではというのが最初の印象でした。
企業は製品を提供したり、納税したりすることで社会貢献をしているはずなのに、なぜさらに社会に対して追加のプロジェクトが必要なのかという疑問も感じていました。
――CSRへの意識はどのように変化していったんですか?
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CSR関連の勉強会に参加したり、個別のNPOの活動に触れる機会が増えたりするうちに、少しずつ企業が社会貢献する意義を理解していきました。ビジネスに連動して社会に貢献できるなら、企業としてもプラスアルファの価値を生み出すことができるのではないかと感じるようになったんです。
また、東日本大震災以降は社会全体の価値観も変化したと思います。ボランティアへの意欲が飛躍的に高まり、社会的なボランティア文化がより深く浸透した時期でした。
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オラクル社内でも社員の意識が大きく変わりました。自分の会社が、社会的な活動にも力を割いていることを誇らしいと考える社員が増えましたし、同時にボランティアへの意欲も高まったように思います。
――CSR担当としてまさに社会の変化を体感したんですね。フローレンスとの出会いについて教えてください!
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寄付を始める際に、アメリカ本社から「日本固有の社会課題の解決に投資していくように」と言われたんです。グローバル企業なので世界規模の課題には本社が取り組みます。そのため日本法人で働く私たちにとって、自分たちが取り組むべき課題はどこにあるのだろうということから検討を始めました。
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経営陣を巻き込んで議論を重ねた結果、「少子高齢化のなかで多様な人がインクルーシブに力を発揮できるか」と「どうしたら未来の世代が可能性をより広げられるのか」という2つの軸を定め、それに沿って活動することになりました。
この二つの軸にマッチした活動をする団体を支援先として探すなかで、フローレンスの病児保育に目が留まりました。病児保育は、はたらく親世代、特に女性のキャリア継続において、非常に重要になる存在だと感じて、寄付先候補のひとつとして検討を始めました。
――社会的意義の深い活動をしていて、魅力的な団体は多いかと思います。寄付先を絞り込むのは難しいと思うのですが、フローレンスを選んだ決め手はなんだったんでしょうか?
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素晴らしい活動をしているNPOはたくさんありますし、その中から選ぶことは本当に難しかったです(笑)。寄付先の選定について、アメリカにいる上司に相談したところ、テクニカルな内容を含めいろいろなアドバイスを受けましたが、そのなかでも「現場に行きなさい。現場で働く人やボランティア、受益者の顔を見れば、自然とあなたのハートが決めてくれる」という言葉がヒントになりました。
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実際に素晴らしい活動をしているNPOでも、疲弊したスタッフがいる団体もあれば、和気あいあいとしてエネルギーにあふれている団体もありました。さまざまな団体を訪問するなかで、フローレンスのスタッフは明るく、エネルギーに満ちていると感じました。命を預かる責任の重い仕事に対して、やりがいと情熱を持って、職員同士がお互いを支え合いながら働いていて、笑顔にあふれたオフィスだったのが印象的でした。
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これは単に、雰囲気のいい団体に寄付しようということではありません。社会課題の解決は単年度では達成できません。そのため、オラクルでは継続して支援できるパートナーを探していました。だからこそ、疲弊せずに長く活動を続けられる団体を選ぶことは重要な要素でした。
初めてオフィスを訪れたのは、フローレンスが10周年を迎えたころでしたが、自分たちでオフィスの壁にミッション・ビジョンの絵を描いたり、当時のフローレンスの行動指針が会議室の名前につけられたりしていて、フローレンスに所属している全員で、フローレンスの目指す姿を共有していこうとする姿勢を感じました。「この団体とだったら次の10年をご一緒できるかもしれない」と実感できたことが決め手になりました。
“対話”重ね“パートナー”に
――フローレンスとの活動や関係性はどのように深まってきたのでしょうか?
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寄付を始めた当初は、ひとり親家庭の病児保育を支援していました。そのときどきの担当者と対話を重ねながら、フローレンスがその時に必要としている支援に理解を深め、少しずつ領域が広がっていきました。
オラクルとフローレンスの関係の大きな転換点は『障害児かぞく「はたらく」プロジェクト』(はたプロ)への支援を決めたことだと思います。このプロジェクトは、医療的ケア児の保護者が、キャリアを諦めずに働けるロールモデルを創ろうというもので、単に個々のご家庭を支援するだけに留まらず、もっと広い社会的なインパクトを目指すという点に魅力を感じました。

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フローレンスが、このプロジェクトの意義や今後の展開などをていねいに説明してくれたことや、疑問点は一緒に考えながら解決策を考えたことなどで、支援を決めることができました。プロジェクトの最中に、当初の想定と違うことが発生すると、その時々に相談してくれるので、対話をしながらプロジェクトを一緒に進めることができました 。
こういう経験を通して、フローレンスとオラクルは同じ目的のために並走するパートナーであるという意識が生まれた気がします。支援する側・される側の壁を超えて、タブーなく「対話」することが重要です。いまではフローレンスが取り組みたい新しい領域でなかなか寄付が集まらないなど、率直な困りごともシェアできるような関係になっていると感じています。
――近年、フローレンスと一緒に取り組んでいる「インクルーシブ・テック」の活動について教えてください。
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このプロジェクトも対話から生まれたと言っても過言ではありません。「はたプロ」に関係しているスタッフと対話を深めるなかで、医療的ケア児とその家族の社会的な接点の弱さが議題に上がり、テクノロジーの支援を得ながら、ゲームを楽しむことをきっかけに、こどもたちが社会と交わる機会を増やすアイデアが出てきました。
こどもたちそれぞれの特性を反映して、特殊なコントローラーなどを使ってできることを増やしていく。テクノロジーの可能性を感じるプロジェクトとなりました。
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「テクノロジーで世の中を良くする」というこの活動は、IT企業であるオラクルにとっても、ビジネスとの親和性が高く、CSR活動として実施することの意義づけが深まりました。CSR担当者としては、さまざまなステークホルダーに説明をする責任がありますが、ビジネスとの方向性が合致している社会貢献は説得力が増します。
ビジネスと社会貢献がつながっていると、社員も活動の意義を覚え、ボランティア活動にも積極的になるように感じます。NPOの活動と企業のビジネスが100%同じ方向にならないとしても、「対話しながら、どこかリンクする場所を探していく」ことがすごく大切です。
支援活動を楽しむこと持続性が生まれる
――社員の方が積極的にボランティアに参加してくれる点も印象的ですよね。社員の方を社会貢献活動に巻き込むために、どんな工夫をしていますか?
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社員は誰もが日々、仕事で忙しく働いています。ただ今までの経験上、どんなに忙しい人でも大小はあれど、必ず心の中のどこかに『社会に貢献したい』『良いことをしたい』という気持ちがあると感じていて、CSR担当者としては、その気持ちに「火をつける」ことが重要だと思っています。
社員の心に届くよう、活動の前後には心に響くストーリーを意識して、写真や動画をたくさん使いながら、伝わりやすいメッセージを発信するように心がけています。
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「インクルーシブ・テック」のプロジェクトでは、オラクルから提案して、社員のこどもたちにも「イベント盛り上げ隊」として参加してもらいました。オラクルの社員には、「ボランティア活動は楽しみながらやろう」と伝えていて、真面目な活動のなかにも楽しさの“たね”を見つけて、それを思いっきり楽しんでもらうことを意識してもらっています。オラクルのボランティアたちの楽しさが会場に伝播していき、みんなが心から笑って盛り上がり、健常の子と障害のある子が一緒に遊ぶという場を作ることができました。
フローレンスが目指す「ごちゃまぜな社会」を目指すうえでも、力になれたのかなと感じています。

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参加した社員や家族にとっても学びの多い機会になりました。参加した社員の家族からは「最初は戸惑ったけど、一緒に遊んだらすごく面白かった」「テクノロジーがあれば、障害のある子もチャレンジしやすくなるんだって分かった」といった声が寄せられました。親も子もボランティア活動から得るものが多かったようなので、ぜひほかの企業にも参加してほしいですね。
――フローレンスの活動にも積極的に参加してくれている、社内コミュニティの「ODAN」についても教えてください。
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「ODAN(Oracle Diverse Abilities Network)」は、障害がある社員もそうでない社員も、またその家族も、誰もが働きやすく仕事にやりがいを感じられる会社を目指すためのコミュニティです。障害があること「disability(できないこと)」に注目するのではなく、「diverse abilities(多様な可能性)」と捉え直し、「少数の専門家よりも多数の理解者を」という理念のもとで活動しています。
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より多くの人が理解者となるために、ユニバーサルマナーの勉強会や、制約ありボッチャ大会などさまざまな取り組みをしていて、いろいろな社員が、自ら手を挙げて参加してくれるんです。ODANの理念に合致するなかから自分がこれをやりたいと思ったことに手を挙げて、企画から運営まで誰かが実施をすると、当日参加した別の社員が興味を持って、次は企画から入って運営するというようなサイクルが生まれています。
――フローレンスとのパートナーシップを通じて、社内での取り組みにも相乗効果はありますか?
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ODANのメンバーは、フローレンスの活動に参加することで、いろいろな学びを得ています。例えばインクルーシブ・テックのイベントで医療的ケア児と触れ合う機会があった社員が、次に医療的ケア児と一緒にボッチャを楽しむというイベントがあった時には、彼らができることに思いを馳せることが可能になりますよね。その結果、手作りのスロープを作成したり、筋力がないお子さんでもボッチャを楽しめるような工夫をしたりという相乗効果を感じています。

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また「はたプロ」やインクルーシブ・テックを通じて、制約のある環境で働いているご家族や保護者への理解が深まれば、社内でもどうすればよりインクルーシブになれるのか考える視点が得られます。障害のあるこどもやその家族と触れ合う機会が増えたことで、働く世代だけでなく、さまざま状況の人に目が向くようになり、組織の視野も広がりました。
―双方にとってプラスになるというのは、支援の理想的な姿ですよね。今後、フローレンスとの関係はどのようなものになっていくとおもいますか?
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社会課題もテクノロジーも、社会的な支援も、常に変化し続けています。こどもたちのために活動することは変わりなくても、取り巻く環境は変わりますから、新たな課題も出てきて、活動に終わりはないのではないでしょうか。環境が変わっていくことを前提とすると、やはり「対話」が重要になると思います。
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オラクルでは、寄付をするすべての団体に、年に一度、寄付申請書を提出してもらっています。ただし年度途中であっても、提案時から方針を変えたいときや、新しい課題が見つかったときには、その都度相談をしてくれる関係を築いています。課題が明確じゃなくてもいいんです。
フローレンスが、ちょっと悩んでる、これでいいのかなと思った時に、相談しながら考えを深められる「壁打ち相手」みたいな関係ですね。明確な答えがないなか、一緒に試行錯誤しながら課題に取り組んで、道なき道をともに進む仲間だと感じています。今後も社会の変化を受け入れながら、よりインパクトのある活動を一緒にしていきたいと願っています。
――CSRの担当としてはこれまで10年間にどのような印象がありますか?また、今後はどのような取り組みに力を入れたいですか?
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「社会的活動に終わりはない」というのが率直な感想です。社会課題も、求められることも変化するなかで、フローレンスという信頼できるパートナーがいて、社内にも仲間がいて、変化に対応しながらみんなで何ができるか、前向きな議論をして活動をしてというサイクルで、いつもワクワクしながら取り組んでいます。これからも変わらず取り組み続けたいですね。
いま取り掛かっている医療的ケア児やインクルーシブ・テックの活動は、社会的にスポットライトが当たりにくい分野かなと感じています。お互いに手探りで進むような時期もありましたが、一緒に歩んできたからこそ、本当に深い信頼関係が築けたと感じています。今後は、社会からより広範な支援が受けられるように、フローレンスとともに道を切り開いていけたら良いですね。
――企業の社会貢献担当者へのメッセージはありますか?
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まずは「自分自身が楽しむこと」がなによりだと思います。テーマには本気で真面目に取り組む必要があるけれど、同じくらい楽しむことは重要です。担当者が楽しんでいれば、周りにも自然と伝わりますし、社員も楽しみながら活動に参加してくれるようになります。
また、担当者が全部を「作り込まない」こともポイントです。足りない部分を補うために、社員が自分たちで考えて、汗をかいて苦労するプロセスを共有することで、「じぶんごと」化しやすくなりますし、熱意も増します。
担当者も社員ボランティアも楽しんで参加できれば、支援を受ける人も笑顔になれると感じています。ぜひ、ご自身が楽しむことから始めてみていただければと思います!
企業とNPOの関係は支援から“共創”へ
フローレンスと日本オラクルのパートナーシップは今年で10周年。「一緒に進んできた道が“獣道”のように拓かれてきた」という川向さんの言葉が、ふたつの組織の関係を物語っているように感じます。
社会課題を解決するためには中長期的な取り組みが必要です。そのためには、“想い”を共有できる仲間の協力が欠かせません。
日本オラクルのフローレンスへの継続的な支援とこれまでの活動の背景には、企業の積極的なCSR活動や担当者同士の率直なコミュニケーションがありました。「寄付」だけで終わらない企業とNPOの関係性は、これから社会貢献活動に注力する企業の方にとって、参考になるモデルケースといえるのではないでしょうか。

