不妊治療のジレンマ~出産だけがゴールなのか、家族をつくりたいのか?
駒崎:制度や団体が整えられつつありますが、特別養子縁組がいまだ日本ではメジャーではないという肝心の問題が残ります。例えば日本では不妊治療中の人が推計50万人いるとされる中、不妊治療と連携できる可能性はないのでしょうか? 現在は不妊治療クリニックでも、特別養子縁組は選択肢として提示されていないように思います。
後藤:不妊治療中の患者さんに「私は頑張りたい」と言われたら、医師は別の選択肢を提示しづらいということはあると思います。しかし、不妊治療は「先が見えないトンネル」と言い表される事もあるように、どれだけ時間や費用をかけて治療しても、必ずしも妊娠・出産できるわけではない。長期の治療で特別養子縁組可能な年齢を超えてしまい、結局どちらも選択できないという状況も発生しつつあります。
そこで、まだ数は少ないけれど、特別養子縁組という選択肢を知った医師は妊娠以外の選択肢を伝えられるよう、患者との関係づくりに努めています。子どもを「産む」ことではなく、「家族づくり」が目的であれば、特別養子縁組も検討してみては、と。
不妊治療は母親の年齢が肝ですが、特別養子縁組にも両親の年齢の壁があるのです。はっと気づいた時にはどちらの選択肢も取れなくなっていることがよくあるのです。
つるべ落としのように妊娠率が下がっていく
駒崎:漫然と不妊治療に突き進んでいって、不妊治療を諦めてから特別養子縁組を検討するという順番では、遅いんですね。
後藤:そうなんです。産む側の女性の場合、1歳違うだけでつるべ落としのように妊娠率が下がっていく。そんな、卵子老化の「不都合な真実」が2年ほど前にクローズアップされましたよね。なんのために不妊治療をしているのかを立ち止まって考えること、不妊治療の前に、養子縁組をする場合も想定し、夫婦2人で各プランについて話し合ってみると、心構えが違ってくると思います。
駒崎:現代のテクノロジーを駆使しても妊娠には年齢の壁があるということですね?
後藤:女性は生まれる時に一定数の卵子を持って生まれてきて、年をとるごとにどんどん失っていきます。どんなにテクノロジーが進化しても、この「卵子の老化」を止めることはできません。ところが、これはメディアにも責任があるのですが「50歳のジャネット・ジャクソンが妊娠!」などの稀なケースを大きく報道してしまう。情報を受け取る側は「何歳になっても生めるのだ」と勘違いしてしまいますよね。
また、不妊治療にはコストもかかります。何年も治療をして、幸運にも妊娠できたとして、それまでに家一軒が建つぐらいのお金を治療に使ってしまうケースもあります。出産だけをゴールにしていると、産まれたはいいが教育資金が工面できない、などという事態にもなりかねません。
不妊治療スタート時に、養子縁組を含めた選択肢を提示されるアメリカ
駒崎:アメリカでは、特別養子縁組は不妊治療の現場で選択肢として提示されるんですか?
小川:ええ、私の経験ではまず不妊治療クリニックに行くと、まずコーディネーターに年齢を聞かれ、相談がスタートしました。次にプランナーが出てきて、現時点で自分にどんな選択肢があるのかを全て知ることになります。DecisionTree(※)が描かれていて、意思決定までの道筋がいくつもあります。
「今あなたの卵子のグレードがこの程度ですよ」「何年経つとこれだけ不妊治療コストがかかりますよ」「特別養子縁組もできますよ」というように、具体的に自分にどんな選択肢があるか、どのプランにいくら費用がかかるかまで、最初から提示されます。養子縁組の話を聞きたいとなれば専門の相談員につながれる。
そのため安心して「この時点まで治療をしよう」とか「ここでやめよう」という意思決定を夫婦で納得して出せるのです。
しかし、日本で子どもを養子で迎えた方が口を揃えるのが「不妊治療をスタートした時になぜ医者は特別養子縁組という選択肢を知らせてくれなかったんだろう」ということなんです。もっと早く知っていれば、早く決断できていれば、体力のあるうちに育児できたんじゃないかと。
※decision tree(決定木)は、リスクマネジメントなどの決定理論の分野において、 決定を行う為のグラフ。計画を立案して目標に到達するために用いられ、意志決定を助けることを目的として作られる。
医療現場が「特別養子縁組」と近づいてきた
駒崎:最初から医療と福祉が連携して選択肢を提示できれば、妊娠も養子縁組もどちらも叶わなかったということを防げるはずですが、医療と特別養子縁組の連携はなぜできないのでしょう。
後藤:一般に「今まで知られてなかったから」だと思います。でも、最近はお医者さんの中にも特別養子縁組を知ろうとする機運がうまれてきているように思います。
小川:実際、昨年から増えているんですよ。産婦人科の学会で特別養子縁組について発表されたり、勉強会を開いたりしています。不妊治療と特別養子縁組の連携についても、医療現場からも必要との声があがり始めています。
駒崎:医療と福祉が連携し、早い段階で「特別養子縁組」という選択肢を不妊に悩む夫婦に提示していくこと。また生みの親の支援についても、児童相談所が民間とがっつり組んで連携体制を作っていく。こうしたことで、「特別養子縁組」を社会のインフラにしていく未来が少し見えてきたかなと思います。最後にお二人から、いかがでしょうか。
「赤ちゃんファースト」の視点で考える
後藤:養子縁組についてはいろいろな考え方があるとは思います。でも、子どもを育てたいと心から願う夫婦に、親が育てられない赤ちゃんが託されて、数ヶ月、数年と、その家の子どもとして幸せにすくすく育っていく赤ちゃんの様子を実際に見ていただけたら、これが社会にとって必要な制度かどうかは、説明せずともわかってくださると思うのです。子どもはみな、泣けばあやしてくれ、自分だけを見てくれる特別な存在の大人が必要なのです。
また、実際に子どもを迎えなくても、1人ひとりができることはあります。子どもたちにいま、何が起きているのか知ろうとすること、想像力を持つこと、関心を持っていくこと。週末里親からやってみるというのも良いかもしれませんね。
子どもはモノではない
小川:私達の団体には養親相談が多いのですが、全員が親になれるわけではありません。特別養子縁組は需要と供給が合わないと言う人がいますが、子どもはモノではないんです。今まで子どもの権利があまりに軽視されていて、後見者である大人の都合ありきの養子縁組だった日本で、良い養子縁組をしていくためには、もっとも弱き立場である「赤ちゃんの人権」を中心にしていく時期に来ていると思います。
IT化が進めば進むほど、心のある養子縁組が求められる。そのために関係各所が連携することが必要です。
駒崎:最も弱き「赤ちゃんの人権」がきちんと守られながらも、不妊治療をする夫婦に選択肢が提示されて「家族作り」に進んでいける。双方からのアプローチが必要なんですね。
血の繋がりではなく、愛情でつながる家族がふえていく
後藤:特別養子縁組が広がらない背景には、家族とは血がつながっているもの、両親がそろっているもの、などという世間のステレオタイプ的な価値観が根太くあると思います。その枠にはまらない家族にとっては生きづらい社会ですよね。
だからこそ、特別養子縁組家族がごく当たり前の家族の形となることが、これからの家族のありかた、「個人の生き方の多様性を認める社会」を後押しする力になると思います。そうした意味でも、血の繋がりではなく愛情でつながる家族がもっと増えたらいいなと思っています。
小川:「養子は夫婦と同じ」と言うと皆さんハッとされます。「夫婦は、血がつながってなくても家族になりますよね。親子も同じですよ」と私はよく言うんです。偏った目で見ないことです。連れ子の再婚だって養子縁組。普通のことですよね。
駒崎:本当にその通りです。
特別養子縁組家族が社会の中で当たり前となり、いろんな家族の笑顔が溢れる社会をつくっていきたいです。今日は後藤さん、小川さん、ありがとうございました。
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