「医療的ケア児」という言葉を、最近よく耳にするようになりました。
鼻や胃からチューブで直接栄養を注入する「経管栄養」や、たんの吸引など、生きるために医療的ケアを必要とする子どもたち。
そんな医療的ケア児とそのご家族は、普段どんな生活を送っているのでしょう。また今現在、どんな困難を抱えているのでしょうか。
フローレンスの「障害児保育園ヘレン」と「障害児訪問保育アニー」を利用する6組のご家族にお集まりいただき、座談会形式でお話を伺いました。
※こちらのインタビューは、新型コロナウイルスの感染拡大前に行ったものです。
医療的ケア児の預かり先がない
今回ご協力いただいたのは、0〜6才までの医療的ケア児を持つ6家族。お子さんはそれぞれ生まれつきの病気や、生後間もなくして患った病気などで、発育不全、肢体不自由、難聴、てんかん、喘息といった症状を、複合的に抱えています。
息子は生まれつきの遺伝子の病気を患っていて、てんかんや口頭軟化症、水腎症といった症状を抱えています。今は3才になりますが、1日6回の経管栄養に定期的な痰の吸引、また呼吸器の装着が必要です。
A君(3才)のお母さん
夫も出張が多い仕事なので、長いときは数週間、私がひとりで息子の面倒を。息子は以前、睡眠障害ももっていて、ヘレンを利用できるようになるまで、私の方も慢性的な睡眠不足でフラフラになっていました
A君一家はそうした状況から脱し、お母さんが仕事に復帰するため、障害児保育園ヘレンが利用できる区に引っ越しをしたそうです。
レスパイトといって、親御さんの休息のために医療的ケア児を短期間入院させてくれる病院もあるそうですが、病床数は十分とはいえず、数ヶ月先まで予約で埋まっていたり、緊急度の高い人が優先されるなど、気軽に利用することが難しいといいます。
娘は生まれつき100万人に1人といわれる珍しい遺伝子の病気を患っていました。1才頃までは吐き戻しが多く辛うじて哺乳瓶でミルクは飲めていたものの、哺乳にとても時間がかかりました。そのため、区内の認可保育園の障害児枠にも入れず、復職するために認可外保育園にかたっぱしから電話をかけ、やっと預かってくれる認可外保育園を一箇所だけ見つけ、入園させました。ところがその園には0才や1才児が多く、娘も2才を過ぎて転園することになりました。そんなとき、障害児保育を専門に行っているヘレンやアニーの存在を知り、現在はアニーの訪問保育を利用しています
Bちゃん(4才)のお母さん
娘は脳性麻痺の影響で1歳半になる今もまだ首が座っておらず、お座りもできません。1日5回の経管栄養と、たんの吸引が必要です。
Cちゃん(1才)のお母さん
1歳になって、復職したくて、区役所に問い合わせたところ、医師の診断書と面談が必要とのことだったので、20件くらい保育園の見学に行き、医師の診断書も取って、申し込みました。申し込んだ後に、区役所から連絡があり、面談するまでもなく受け入れが難しいと言われてしまい、面談を受けることすらできませんでした。現在はアニーの訪問保育を利用しています
医療的ケア児と一言で言っても、抱えている病状や障害、家族の直面する困難はさまざま。一方で、一時的ないし継続的な子どもの預け先が極めて少ないという点は、どの家族にも共通する大きな問題となっています。
NICUを出たあとのことは誰も教えてくれない
医療的ケア児は新しいジャンルの障害児とされ、いまだ十分に支援体制が整備されているとは言えません。そのため親御さんたちは、相談に訪れた行政の窓口で、保育課、障害福祉課など、さまざまな課をたらいまわしにされることも少なくないと言います。
NICU(新生児特定集中治療室)を出たあとに、どこに相談してどうすればいいかは、誰も教えてくれません。
D君(3才)のお母さん
区役所に行くと、区で受けられるすべての福祉サービスが掲載された分厚い本を一冊渡され、”この中からお子さんに該当するサービスを自分で探してください”と言われました
定期的に訪問看護の人が来てくれますが、同じ医療的ケア児を持つ親御さんでも、訪問看護のサービスがあることをまったく知らない人もいました。また私自身、娘がそもそも“医療的ケア児”というカテゴリに属することも、退院してかなりたってから知りました。病院でも区役所でも、教えられなかったんです
Cちゃん(1才)のお母さん
医療的ケア児に関する情報はどこにも集約されていません。だから現状、医療的ケア児の親はあらゆる情報を自分で探して、それぞれの窓口で交渉しなければなりません。
E君(1才)のお母さん
一番大きな問題は、こういう場合にはここにいくとよい、というようなことを教えてくれる小児専門のケアマネージャーがいないことだと思います
そう語るE君一家は今年、療育や区の担当者、アニーの先生など、E君の発育に関わる全員に呼びかけて、オリエンテーションを実施したそうです。
たとえば毎週通っている療育。送り迎えや付き添いは多くの自治体で親以外には許されていません。けれど、どうしてもそのために仕事を休めないときもあります。毎日保育に来てくれるアニーの先生による送迎の代行を、行政の担当者に認めてもらう必要がありました。そのためにも、顔を突き合わせて、情報共有したり、信頼関係を強くしなければと思ったんです
E君(1才)のお母さん
E君の親御さんの働きかけによって、E君の住む区では、家族以外による療育への送迎が認められることになったと言います。
「障害児は親だけが育てるもの」なのか?
区役所の福祉担当の方に復職を考えているので保育先や託児について聞いた時“預けたいのは親のエゴですよね”と言われショックを受けました。
Cちゃんのお母さん
私も、訪問看護の人から“こういう子は大学に行かないからお金もかからないでしょ”と言われたことがあります
A君のお母さん
座談会に参加してくださった親御さんの言葉から、日本にはいまだ「障害児は親だけが育てるもの」という認識が強く残っている現状が伺えます。
実際、現在の日本では健常児の母親の常勤雇用率に対し、障害児の母親の常勤雇用率が極端に低いという統計もあり、障害児を持つお母さんの多くが、何らかの理由で復職を諦めていると言われています。
(参照:「子どもに障害があっても、働き続けられる社会へ【寄付月間2016】」)
障害児を抱えているのにどうしてそうまでして働きたいの? と聞かれるけど、もし夫に何かあって働けなくなったら、家族は生きていけなくなってしまいます
E君のお母さん
守るべき家族がいるからこそ働かなければと思うのは当然のこと。また、子どもが家庭のみならず、社会で守り育てられるのも当然のことです。けれども、産まれてきた子がたまたま病気や障害をもっていた、たまたま医療的ケアを必要としていたというだけで、当たり前の生活を望むことにさえ白い目で見られかねない現実があるのです。
医療的ケア児の直面する小学校入学の壁
医療的ケア児をめぐって、保育の問題とともに特に大きく取り沙汰されるのは小学校進学の問題。医療的ケアを代行できる看護師の不在を理由に、普通学級への進学を拒否されるケースが少なくないといいます。
娘は今年年長で、今まさに進学の問題を抱えています。普通学級を希望していますが、胃ろうからの経管栄養を必要としている医療的ケア児で、どうなるか分かりません。
Fちゃん(6才)のお母さん
また、もし入学できたとしても3ヶ月間は親が毎日付き添うようにと言われています。私は今、会社員として働いていますが、有給休暇はこれまでの通院や療育の付き添いなどでとっくに使い切っていて、これ以上会社を休むことができません
それでも、Fちゃんの普通学級への進学を望むのには理由があるといいます。
普通学級、特別支援学級、特別支援学校と、医療的ケア児の進学先には大きく分けて3つの選択肢がありますが、一度支援級へ入ると、普通学級への転入は難しいと言われているんです。加えて、特別支援学校は都道府県、特別支援学級は市区町村と管轄が異なることから、支援学校から支援学級への転入もむずかしいと聞きました
Fちゃん(6才)のお母さん
私たちは決して、普通学級に入れることだけにこだわっているわけではありません。ただ、子どもが一番いきいきとしていられる場所に入れてあげたい。選択肢が欲しいんです。
C君のお母さん
普通学級に行ったとしても、周りの子にお世話などで迷惑をかけるようなことは望んでいません。そこは大人たちの工夫次第で、きっとうまく解決できると思うんです
医療的ケア児と言うと、もしかしたら無条件に、常に寝たきりで、意志疎通が全く図れない状態の子どもたちを思い描く人もいるかもしれません。
ところが、この座談会にご両親とともにやってきてくれた子どもたちは、よく笑う子、ノリノリのダンスを披露してくれる子、自分の話が出た途端、目を輝かせ、じっと耳を傾ける子など、自分なりの方法で、感情をとても豊かに表現してくれました。
毎日一緒にいる親御さんならさらにはっきりと彼らの思いを感じ取っているはずです。
うちの子は定期的に近所の保育園に交流保育に行きますが、同じ年頃の子供たちの中に入ると、いつもとは明らかに違う、いきいきとした表情を見せてくれます。親では与えられない刺激があると実感させられるんです
Bちゃんのお母さん
フローレンスの障害児保育を利用する子どもたちの中には、お友達の真似をしているうちに、いつの間にか口から食事が摂れるようになり、経管栄養が必要なくなるなど、思わぬ変化がみられることがあるといいます。
子ども同士で与え合う刺激は計り知れないからこそ、親御さんは我が子に最も合う学校を選んであげたい、医療的ケア児であるというだけで選択肢が奪われることのないようにと願っています。
座談会を終えて
通常、出産や子育てにはさまざまな不安を伴いますが、この不安の根源というのは、子育てをする中で絶えずつきまとう孤独にあるのではないかと思います。何しろ子どもというのは、産まれたときには自分では何もできず、また空気を読まずに好きなときに泣いたり眠ったりします。人様のお世話になったり、迷惑をかけたりすることばかりです。
すみません、すみませんと頭を下げてまわるとき、
“こんなにも愛しい我が子の健康や幸せを望み、守りたいと願うのは、世の中で親である自分だけかもしれない”
ふとそんな孤独に襲われることがあるのです。
今回お話を伺った皆さんは、私が知っているものとは比べ物にならないほどの途方もない孤独を強いられながら戦ってこられたのだと思いました。どんな理由が付けられたとしても、あちこちで投げかけられる「受け入れられません」という言葉が、子どもを守り、育てたいと願うご家族をどれほど深く傷つけてきたことでしょう。
また、これは決して医療的ケア児を抱える家族だけの問題ではありません。
超少子高齢社会が現実となりつつある今、子どもを安心して産み育てることのできる環境を作ることは不可欠です。が、たまたま医療的ケア児として産まれた子どもは満足な保育や福祉を受けられない、家族だけにこれだけの負担がかかるという事実がある以上、子どもを産もうと思えない人がいるのは当然のことのように思えます。
産まれてきた子どもはどんな子どもも全員、社会全体でしっかりと守り育てますよ、と約束される社会のために、また言うまでもなく今現在、医療的ケア児を抱え、さまざまな困難と直面されている親御さんのために、私たちはそろそろ、きちんと声を上げていかなくてはならない。どんな親の孤独も、当たり前のものとして放置されていてはいけない。そう強く感じました。
最後に、ご協力くださったご家族のみなさま、ありがとうございました。
紫原 明子(しはら あきこ)
エッセイスト。1982年福岡県生。13歳と11歳の子を持つシングルマザー。著書に『家族無計画』(朝日出版社)『りこんのこども』(マガジンハウス)、Webでは『世界は一人の女を受け止められる』(SOLO)をはじめとしウーマンエキサイト、AM、東洋経済オンライン、ポリタス等に連載、寄稿多数。
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