さて、お待ちかねのオランダ視察レポート第二弾です!今回は女性問題研究所Atria (アトリア)の視察レポートをお届けします。
人権問題などで相当先進的なイメージがあるオランダ。労働市場でも男女のジェンダーギャップはほぼ解消されていて「いや〜さすがオランダ!まじパネェ!」となりそうなイメージ、ありませんか?
しかし視察で話を聞いてみると、必ずしもそうでもない、課題も山積みなオランダの現状が見えてきました。
※フローレンスでは2018年9月、オランダのシンクタンクや福祉施設に視察に行ってきました。視察の目的、またオランダの注目すべき社会背景などについては、こちらの記事をご参考に!
女性問題研究所Atria(アトリア)とは?
アトリアは、女性解放運動の資料アーカイブと、女性問題に関する研究を行っているシンクタンク。
具体的には、
・女性解放運動に関する資料を世界中から多数集めて、世界からアクセス可能なようにする
・調査研究をもとに、女性に対する暴力を減らす、ジェンダーのステレオタイプ、差別をなくしていくプログラムを開発、広める
ということをしています。運営は国費でまかなわれています。
歴史を振り返る、女性解放運動の資料アーカイブ
アトリアで資料の収集が始まったのは1935年から。当時社会の課題になっていた、女性の選挙権などについて、歴史的・科学的な裏付けが必要だという考えからアーカイブが始まりました。
10万冊を超える資料が保存されており、書籍以外にも、パンフレット、論文、日記、また口伝で残っていたオーラル・ヒストリーを残したドキュメントなど、資料の種類はさまざま。女性解放と女性問題に関する資料館としてオランダ最大の規模なのだそうです。
世界中から資料を集めており、中には日本発のものも。
例えばこちらは昭和初期に日本で婦人参政権運動の中心となり、参議院議員も務めた市川房枝さんが編集し、日本の女性解放について世界に発信したもの。
日本からこういったレポートが世界に向けて出ていたということは初めて知りました。先達の取り組みがあって、今の参政権の男女平等が実現しているのですね。
実際に資料を保存している倉庫の様子も見せていただきました。
オランダ人からすれば「オランダもまだまだ」?リサーチ部門と問題意識
資料アーカイブの次は、オランダにおける女性の社会進出について、リサーチ部門からレクチャー。
オランダ近現代の女性運動としては、1900年代前後が最初で、選挙権を求めるものでした。
その次の波は1970年代。60年代までは、結婚で仕事をやめる女性が多かったのが、70年代から結婚しても働き続ける人が増え、それに伴う保育所不足を訴える運動が起こりました。日本の待機児童問題と近いかもしれません。
(1970年代の運動の様子)
それから少しずつ女性の労働市場進出は進み、1980年代には30%代だった女性の就労率は、現在では74%ほどまで伸びました。日本の女性就労率は2018年7月で69.9%とのことなので、数字としては日本より少し進んでいます。(参考:女性の「就業率」が過去最高の69.9%に:日経ビジネス電子版)
パートタイム・ワークシェアリングの現状と課題
特徴的なのは、オランダの場合、働く女性の多く(73%)がパートタイムであるということです。オランダでは同一労働同一待遇のため、パートタイムでも正社員として扱われます。そのため日本とは異なり、パートタイムでも生活を成り立たせやすい環境。
パートタイムを中心として多くの人々が仕事を分け合うスタイルは、海外から「ワークシェアリング」と呼ばれています。(ちなみにこのワークシェアリングが実現する過程には、1980年代に政府・企業・労働者による「ワッセナーの合意」という大きなきっかけがあり、これもまたとても面白い合意形成のケースです。気になる方は調べてみてください)
子育て中の男性もパートタイムで働き、子育てに時間を多く割くというケースもあります。妻と夫が両方フルタイムの「2」ではなく、パートタイム同士の「1.5」で収入を得る「1.5モデル」が、海外からはオランダの成功事例と言われてきました。
(オランダ(左)と日本(右)の女性の就労率の比較)
しかし、このワークシェアリングと「1.5モデル」も、完全にジェンダーギャップが解消されているわけではなく課題はある、というのがアトリアの見解です。
実際、女性のパートタイム率が73%であるのに対して男性は25%。いまだに意識としては男性がフルタイム、女性が家事を持つという感覚が強いのだそうです。
パートタイムで働くと会社で昇進しにくいなどといった背景もあり、オランダでも、離婚後シングルマザーが生計を立てられなくなるなどのケースもあります。何らかの理由で夫が働けなくなってしまった場合なども同じです。
アトリアの調査によると、オランダの家庭を持つ男性と女性を比べると、仕事(賃金労働)と家事(非賃金労働)の割合で、男性は仕事対家事の割合が60対40、女性は40対60となっており、家事はいまだ女性に寄っています。
若い世代にも、ジェンダーギャップは残っており、オランダの若い女性は子どもが生まれる前もパートタイムで働く傾向が強くあります。大学進学率自体は女性のほうが高いのに、です。「いずれは育児をすることになるから、パートタイムにしておこう」と考える若い女性が多いのでは、というのがアトリアの見解でした。
労働市場の中でも男女でギャップが
男女が就く仕事についても違いがあります。例えば建設業、ICT、各種技術職は男性の割合が多く、公務員やケアワークに女性の割合が多いなど。こういった傾向は日本も強くありますよね。
(水平(同じ労働市場内)方向のジェンダーギャップについての説明)
こういった傾向は教育の段階からあります。オランダでは中学くらいから、大学進学と職業訓練に教育のコースがだんだん分かれていくのですが、職業訓練のコースにいくうち、男性は、6%しか介護や福祉といったケア職につかないのだそうです。
また、大学で学ぶ内容、コースについても、文学系は5%しか男性がいません。最近は医学系に女性が増えてくるなど、変わりつつあるところもありますが、まだ興味を持つ分野にジェンダーギャップがある状態です。
そういった背景があるため、技術分野など男性が多い職場は、ワークシェアリングが浸透しておらず女性が入りづらいという問題もあります。人材不足なのに、週5フルタイムで働ける人ばかり求める傾向があるのだとか。
アトリアでは、子ども達の職業イメージのステレオタイプをなくしていくために、技術職として働く女性を小学校で紹介しつつロケット製作のワークショップをするなど、教育の現場でジェンダー意識の改善に取り組んでいこうとしているとのことでした。
水平と垂直、どちらにも見えるギャップ
次に、職種など水平方向に比べて、組織階層の中で女性がどれくらい管理職にいるかという垂直方向のギャップについてです。現在、オランダでは管理職や経営層の女性割合は増えてきていますが、しかしまだ低く、女性の管理職割合は25%、理事など経営層については11〜16%ほど。
(垂直(同じ業種、組織内での地位・役職)におけるジェンダーギャップについて)
背景には、前述の通りワークシェアリングだと昇進しづらいといった問題に加え、妊娠が理由で昇進できない、などの事例もあり、アトリアでは妊娠中の女性に対する差別(日本で言えばマタニティハラスメントに近いでしょうか)をなくす運動も進めているとのことでした。
また、当然妊娠出産については男性側の意識と行動も重要ということで、同時に出産時の男性の有給休暇を増やすための活動もしているそうです。法律で、2019年から5日の有給休暇を取得可能になったそうなのですが、デンマークやスウェーデンといった国をベンチマークに、12週間程度の休暇取得を可能にしていきたい、ということでした。
さいごに
ここまでがアトリアでの視察内容レポートです。いかがでしたでしょうか。「オランダもまだまだ」という課題意識が意外に感じた方もいるのではないでしょうか。
日本からすると、働き方や労働市場におけるジェンダーギャップが少ないように見えるオランダですが、データを見ていくとやはり課題はあり、北欧などをベンチマークになおいっそうのギャップ改善に取り組んでいるというのはとても印象的でした。
ただ、視察ツアーのコーディネーターであり、オランダの市民社会について書籍なども執筆しているリヒテルズ直子さんからは、
労働市場だけで見るとジェンダーギャップはまだあるが、もう一歩進んで社会進出、社会への貢献という意味では、ジェンダーギャップはそこまで大きくないのではないか
といった補足もありました。確かに、例えばボランティアにおける男女比率はおおよそ同じです。労働市場の数字には現れないけれど、家庭に閉じず、社会に価値を発揮するという観点では女性も想像以上に活躍しているのかもしれません。
世界から注目されてきた、オランダのワークシェアリングと1.5モデルですが、その課題がだんだんと若い世代に表れてきています。その課題をどのようにオランダが解決していくのか、とても興味深いところですね。
さて、次回はオランダをマクロに見るデータと調査の話から一歩進んで、オランダの福祉の現場を見ていきます。どうぞお楽しみに!