10月に施行される幼児教育無償化。
世論では賛成の声が上がる一方、無償化よりもまずは待機児童問題の解消を求める、切実な声も上がっています。
今年、実業之日本社より刊行された小説「永田町 小町バトル」では、現役キャバクラ嬢にしてシングルマザーの主人公・芹沢小町が国会議員になり、日本の子育てを巡って永田町で奮闘する様が痛快に描かれています。
実はこの作品の執筆にあたり、著者の西條奈加さんがフローレンスと代表駒崎を取材して下さった経緯があります。
病児保育や夜間保育が足りていない、法制度の実現にはどのようなアプローチがあるのか、などお話したリアルな現状が、作品内のエピソードに登場します。
久しぶりに再会した著者:西條奈加さんとフローレンス代表:駒崎弘樹が、これからの日本の子育てについて語り合いました。
書くための動機は「疑問」
駒崎:「永田町 小町バトル」、大変楽しく読ませていただきました。まずはこの物語を書こうと思ったきっかけを教えていただけますか?
西條:最近、子どもの貧困や待機児童に関する問題がさかんに報道されるようになって、「いつの間にこんなことになったんだろう?」と思ったのがきっかけです。
他の物語でもそうなのですが、私の書く動機は、だいたい「疑問」です。「どうしてこうなんだろう?」「どういう仕組みになってるんだろう?」っていう疑問と、「おかしいだろう」っていう憤りの気持ちも混ざってますね。
駒崎:なるほど。疑問からスタートするというのは、私達フローレンスも通じるところがありますね。
西條:20年くらい前に、南アジアに行ったことがあります。今はもうかなり経済発展していると思うのですが、当時はとにかく子どもの物乞いと物売りが多かったんです。
一番深刻だったのはベトナムかな。一度通りを歩いただけで、3歳~10歳くらいまでの子どもが、グワーッと群がってくるんです。
そこで「子どもの貧困」というものを初めて目の当たりにしたんですが、近年の報道に触れ、まさか日本にも子どもの貧困があるのか、と驚きました。
貧困自体は日本にも昔からあったはずですが、離婚などの増加とともに貧困状態にある子どもの数が相対的に増えて、最近になって目に見えるようになったんだと思うんです。作品の題材にしなければと思いました。
駒崎:「永田町 小町バトル」の主人公は、元キャバクラ嬢の国会議員という設定になっています。政治的な課題を描こうと思われたのはどうしてですか?
西條:執筆にあたって、いろいろな資料を集めていたのですが、根本的に問題を解決させるなら、法を変えないとどうしようもないんだと感じました。政策の部分にタッチできないと実情は変えられないのかなと思って、思い切って舞台を国会まで持っていきました。実際、新人の議員さんもいらっしゃいますので……。
駒崎:主人公は、24時間運営の保育園・託児所を経営しつつ、シングルマザーでキャバクラ嬢を経験し議員になるという、「現場」の分かるキャラクターとして描かれていました。本当にこんな議員がいたら無条件で応援したいなと思います。
この作品を読んでいく中で、「あぁ、これはすごく綿密に取材をされたんだろうなぁ」と思う場面が多々ありました。よくここまで調べられたなぁとすごく感心したんですが、現場からお話を伺う機会も多かったんですか?
西條:いえ、実はフローレンスと、議員の方お2人くらいにお話を伺ったくらいで、後は本当に本頼みでした。20~30冊は読んだんですが、それでも全然足りないんですよね。
駒崎:本だったんですね!意外です。
西條:読めば読むほど、わからないことが出てきて、広がっていって……ひとことで「子育て」といっても、経済から何から、全部リンクしてしまっているんですね。だから事態が動かないのか、こんなに難しいのかと思いました。
でも先日、豊洲に病児保育室を開設されたお話を聞いて、「そうも言ってられない。やっぱり動かなきゃだめだ」と痛感しました。
駒崎:認可外で、とにかく見切り発車でスタートしたのですが、早速江東区に予算をつけていただきましたね。
西條:認可外でもとにかく始めるっていうのは、作戦だったんですか?
駒崎:そうです。(笑)
西條:そうなんだ!(笑)
駒崎:ニーズを見える化したかったんです。「これは動かなきゃまずい」と気づいてもらって、予算を立たせるというソーシャルアクションでした。
西條:そういうソーシャルアクションは、皆さんで案を出し合って、「こうしたらどうか?」というふうに決めていくんですか?
駒崎:そうですね。今回は、心あるお医者さんが味方についてくれたので、一緒になって考えました。
現場には、今の社会問題に疑問を持ち、どうにか変えていきたいと悩む、心ある人が結構います。そういう方は、どうアクションを起こせばどう物事が変わっていくかという「スイッチ」のありかをよく知っているんです。
そのスイッチが分かれば、1日で物事が劇的に動いていく、ということはあります。
刻々と変わりゆく政治・保育
駒崎:今作は、かなり分厚くてボリューミーな小説に仕上がっていますね。ご自身で書かれるなかで、一番大変だと思ったのは?
西條:刻々と状況が変わることですね。私がこれまで多く手がけてきた歴史ものは不変の事実がテーマになりますが、それに比べて、政策は本当に刻一刻と変わっていく。
連載で書き始めたときから、連載が終わる頃にはまた情勢が変わって、単行本用に手直しをしているうちにまた変わって……数値などのデータも、合わせるのが大変でした。
本当は書籍を参考にしたほうが確実なんですが、そこに書いてある情報だけだともう古く、どうしてもネットに頼らなくてはいけないのですが、そうすると情報を精査するのが非常に大変で……。
駒崎:政治も保育の世界も、本当に刻々と変わっていきますね。
例えばですが、フローレンスでは「医療的ケア児」の保育園を運営しています。気管切開や経管栄養など、何らかの医療的デバイスをつけた子どもたちのことなのですが、「新しい障害児」とも呼ばれているんです。
医療の発達によって、今では出生時500gの子であっても生きられるようになりました。その代わり、医療的デバイスをつけた「医療的ケア児」の数が急増しているんです。
たくさんの子ども達が助かるようになったことは素晴らしいことなのですが、病院から出た後、行くあてがないんです。
西條:なるほど。制度が実情についていけてないんですね。
駒崎:保育園では預かってくれないし、小学校だと保護者が常に同伴しないといけない状況でした。「医療的ケア児」という言葉自体が法律のどこにも書いていない、存在していない状況だったんです。
我々がロビイングを続けて、初めて法律の中に「医療的ケア児」という言葉が入りました。官僚の方も、医療的ケア児を見たこともないのにガイドラインを作って、それが全く現場にマッチしなくて……という状況がありました。
西條:現場と官僚のような政治を動かす側の人のマッチングというのも、NPOのすごく重要な役目ですよね。
駒崎:まさにそうなんです。
NPOは、現場で困っている人を助けながらも、「こういう現場があるんだよ」という課題を政治家・官僚に知ってもらう「課題の営業マン」みたいな役割も担っていて、そこが大変なところです。
西條:疑問とか憤りを糧にして、実際に行動している人には勝てないなと思います。尊敬します。
政治の光は、すべての人に差すものであってほしい
駒崎:少し話は逸れますが、物語で描かれる夜間保育所の記述がリアルだなと思いました。なにか参考にされた事例はありますか?
西條:何冊か本は読みました。あとはネットニュースに掲載されていた、実際の24時間保育の現場の状況などを参考に、保育の時間帯などは検討しました。夜間のみの保育所って、すごく少ないんですね。
駒崎:ほとんどないんです。僕も、夜間保育の問題は本当になんとかしなきゃと思っています。
西條:22時くらいまでのお仕事って、決して少なくないはずなのに、子どもを預けるところって全く無いんだなってびっくりしました。みんなどうしてるんだろうって。
駒崎:認可保育施設が約32,000箇所あるのに対して、認可の夜間保育所は81箇所、全認可保育施設の0.25%程度なんです。その埋め合わせをしているのがベビーホテルなどの認可外施設です。志のある団体もありますが、かなり質がひどいところも多いんです。
西條:ドキュメンタリー番組とかでたまに見るんですが、かなり酷いですね。
駒崎:もう潰れてしまってるんですが、ある夜間ベビールームから「施設を買い取らないか?」というお話を頂いて、うちのスタッフが視察に行くと、中で保育士がタバコを吹かしていた…というところもありました。
でも、そういった環境に預けざるを得ない人もいる。ホステスやキャバクラで働く人の中には高リスクな家庭環境にある人も多い。そういう人たちにこそ、質の高い保育や支援が必要にもかかわらず、打ち捨てられてるんですよね。
政治家に無視された存在の人たちに対して、なんとか働きかけたいという気持ちが凄くあったので、西條さんはそこに光を当ててくださったなと思いました。
西條:”ちゃんとした”家族にしか、政治の光って当たりづらいですよね。そこからちょっとでも逸れると、もう影の世界。
でも、今は離婚も当たり前の時代ですから、誰でもひとり親になる可能性はあるわけですよね。今回、子育てのこと、政治のこと、両方書こうとしたので、ちょっとボリューミーになってしまいました。
駒崎:凄く大事なことだと思います。ミクロの視点は大事なんですが、ミクロの「いい話」で終わってしまうと、「その人がいたから出来たんだよね」という話に落ち着いてしまうことも多いですので。
西條:個人の美談になってしまうんですよね。
駒崎:ミクロとマクロ、うまく繋がないといけませんね。国会を観ていても実感が伴わず面白くないと思う人は多いですが、そこに現場の問題が紐付けられないと、結局マクロの政治からこぼれ落ちて困る人が増え続けていってしまいます。そういう意味では、現場からのし上がってきた小町のような人が出てきてもらいたいなというふうに思います。
西條:出てきてほしいですけどね。でもきっと、めちゃくちゃに叩かれるんでしょうね。(笑)
小説で「社会を変える」
駒崎:今回この本を読んで、小説という手法で社会課題を浮かび上がらせるって凄く良いなと思いました。
新書やルポ、論文でその課題を取り扱うものは多々あるんですが、普段生活していてなかなか手に取れない、読めないものですよね。
でも、こうやって物語の力でちゃんと浮かび上がらせると、とっつきやすいし読みやすいです。
西條:私も、頭に入ってきやすいとか、読みやすいと思ってもらえれば一番ありがたいです。
駒崎:宮部みゆきさんの「火車」が消費者金融のことを描いたことで、消費者金融の弊害が世間に広まり、規制が出来て…という流れが生まれたように、世の中の課題を描いて、「見える化」して、世の中全体を巻き込んでなんとかしなきゃいけないという機運に持っていくのはとても大事なことです。
是非これからも社会課題や親子のことについて、書き続けていただきたいなと思います。
西條:ありがとうございます。
駒崎:西條さんには以前より長らくご支援を頂いていますが、今回、印税の一部をご寄付いただくということもお伺いしました。本当に頭が上がりません。
西條:書く前はどこの団体に寄付するかは決めていなかったんです。ただ、フローレンスを取材していく中で、きちんと活動されているなぁ、と毎回感じていました。当たり前ですが、ちゃんと活動に使っていただいているなと言うことが分かるので、すごく預けがいがあります。
駒崎:ありがとうございます。フローレンスに対して、なにか要望はありますか?
西條:子どものことだったら何でもやろうという気持ちが伺えるので、その姿勢をずっと貫いてほしいなと思います。「これだけやる」と限定したほうが本当は楽で、あちこち手を出すと、凄く辛いだろうなと思うんですが、時代は変わるし問題も形を変えていくので。
駒崎:課題は色々ありますが、結局どこかで繋がっているんですよね。「こんな話が昔はあったんだね」と言えるような時代が来るように、我々も頑張っていかなければなりません。
子育てをとりまく社会問題について、小説という手法で問題を提起する西條さん。
「永田町 小町バトル」は政治を舞台としながら、エンタメ小説として大変読み応えのある内容となっております。
ぜひお手にとってご覧ください。
フローレンスは、全ての親子が笑顔で暮らせる社会を目指し、「病児保育」「障害児保育」「小規模保育」「赤ちゃん縁組」など、これまでの常識や固定概念にとらわれない、新たな価値を創造する社会問題解決集団として、これからも走り続けます。