大きな転換点を迎えつつある保育の世界で、これからのビジョンを描く『あたらしい保育イニシアチブ』。2022年8月21日に行われたイベント「あたらしい保育イニシアチブ2022」では、官民学が一体となったセッションが多数開催され、東京大学の会場に約600人、オンラインでも400人を超える保育関係者が参加しました。
そのキーノートセッションでは、子どもたちの「対話」をテーマに、ドキュメンタリー映画『こどもかいぎ』監督の豪田トモさん、玉川大学教育学部教授・大豆生田啓友さん、千代田せいが保育園の元園長・倉掛秀人さん、みんなのみらいをつくる保育園東雲の園長・成川宏子さん、認定NPO法人フローレンス会長の駒崎弘樹さん(モデレーター)が登場。
子どもの「意見を表明する機会」が確保されること、その「意見の尊重」が優先して考慮されることは、2023年に施行される「こども基本法」にも基本理念として盛り込まれています。今回、5人は1時間のセッションを通して、子どもたちの自由な対話から何が生まれるのか、どうすれば大人も子どもも本音で対話できる社会をつくれるのかを語り合いました。
「こどもかいぎ」「サークルタイム」の魅力
セッションは冒頭、登壇者がそれぞれの立場から、映画のタイトルになった「こどもかいぎ」を語るところから始まります。
「こどもかいぎ」とは、さまざまなテーマについて、子ども同士で自由に対話する取り組みのこと。豪田さんがこの取り組みに注目した背景の1つに、カナダ・バンクーバーで映画の作り方を学んだときの経験がありました。
豪田
周囲の人たちがみんな、自分の意見をちゃんと表明できて、人の意見も聞けて、コミュニケーションが巧みなんですよね。話を聞くと、小さい頃からみんなで輪になって話をする時間がたくさんあるそうなんです。
そういった対話を保育園から続け、親御さんからも『君はどう思うの?』と常に聞かれて育っていく。この経験の差が大きな違いを生んでいるんじゃないかと感じ、『対話』というテーマを突き詰めてみたいと思う一因になりました
映画になった園の園長(当時)として、子どもたちと「こどもかいぎ」を始めた経験のある倉掛さんは、保育の中に対話の場が加わることで、「この子が普段あのように言う背景には、こんな気持ちもあったんだ」などの発見があったと話し、あるエピソードを紹介しました。
倉掛
私たちの園では、お昼ごはんのときに自分たちで適量をよそい、全員分が用意できてから食べ始めていました。あるとき年少さんから『席についたらグループで食べ始めさせてほしい』という意見が出たので、子どもたちで話し合って変えてみたんです。すると、今度は配膳する年長さんから『やっと食べようとするとおかわりに来るから、自分たちが食べられない』『揃って食べたほうがおいしい』などの意見が。再度話し合ったところ、元の食べ方に戻りました。
私は聞いていて、その結論が出たことよりも、みんなで話し合うというプロセスがあったことが、すごく重要だと思ったんですよね。年少さんも年長さんも混ざり合って話すなかで、子どもたちはいろいろなことを感じているように思います
一方、みんなのみらいをつくる保育園東雲(フローレンスが運営)でも、「サークルタイム」という呼び方で6年前から、子どもたちの話し合いが毎日行われています。子どもにも「意見を言っていいんだ」「聞いてくれている人がいるんだ」という意識が根づき、3年目には自分たちだけで話し合いを始めた日がありました。
成川
夏のお泊まり保育がとっても楽しくて、『卒園までに絶対にもう1回やりたい』と思った子が、みんなを集めて話し合いを始めたんです。担任はとても嬉しかったんですけれども、『先生も入っていい?』と聞いたら、『大丈夫、大人はいいから』と丁寧に断られたそう(笑)。そこで子どもたちが出し合ったやりたいことを元に、卒園前にもう一度お泊まり保育を実施できました
そんな風に卒園した子どもたちの中には、小学校に入ってからも自分の意見をしっかり持ち、運動会ひとつとっても、納得するまでたくさんの大人の意見を聞いてまわって参加を決めた子がいるそうです。「意思をもって行事に参加し、行事の内容も自分で変えられると思える。これは、サークルタイムの魅力だと思います」と成川さんは語りました。
背景や実例の報告をいくつか受けて、大豆生田さんは今回「子ども真ん中の保育」が映画になったことに感動していると告白。そして、こうした視点が「2023年4月に設置予定のこども家庭庁でも、大きなテーマになっている」と話します。
大豆生田
『声を聴く』、それも言葉だけでなく思いや心にまで『聴き入る』ことが、私は対話の根幹だと思っているんです。でも、子どもには大人の意図に合わせようとする側面もある。子どもの本当の声を聴くって言うほど簡単ではないということを、私たちはあらためて考える必要があります。
この映画で素敵なのは、赤ちゃんのうちからその子の声を聴く保育が丁寧になされているところ。ちゃんと自分の声を聴いてもらった子は、他者の声を聴くんですよね。『自分の言いたいことをどう話すか』の前に、『その子らしさがどう大事にされているか』が重要。大人も含め、一人ひとりの尊厳をどのように大切にできるかを、みんなで考えていかなくてはいけません
どうしたら、大人も自由に対話できるんだろう?
子どもたちの対話について語り合うことは、大豆生田さんも触れたように、大人自身が互いを尊重して対話できているか問うことにつながります。
モデレーターの駒崎さんから、「どうしたら、大人も本音で自由に対話できるようになるのか」「そんな社会をどうつくればいいか」とあらためて投げかけられ、自由に意見を出し合い始めるみなさん。豪田さんは、対話ができるようになるために必要なのは、小さいときからの“場数”ではないかと発言します。
豪田
『こどもかいぎ』みたいなことを、未就学児の頃から週に1回、高校生までやったら、400とか500回ぐらい対話の経験が積めるんです。対話の得意・不得意は“個人の能力”の問題にされがちですが、もし500回、自分の意見を言って聴いてもらえたという経験を積むことができれば、大人になってからも自由に本音で話しやすくなるんじゃないかと思います
倉掛さんは、ただ会話することと、「自分はここにいていいんだ」という気持ちでリラックスしながら向かい合うことは、全く質が違うと指摘します。「こどもかいぎ」や「サークルタイム」も、あくまで子どもの声を聴くための1つの方法であり、普段の生活を通じた信頼関係こそ重要ではないか、と語りました。
倉掛
人を条件付きで認める・褒めるのではなく、まずは『今一緒にいること自体が奇跡なんだ』という認識から始める。大人も子どもも、わからないことを一緒に探るメンバーであり、保育はそこでよりよい時間や場所をつくる営みである、と考えることが必要ではないでしょうか
大豆生田さんも、子ども同様に大人も“ひとりの人”として尊重されるときに、対話が生まれるのではないかと主張。実際に厚労省の議論などで、「保育の質」と「職員の尊厳が守られること」との関連性が指摘されている、と話しました。
大豆生田
例えば上下関係が強いと、経験が浅く下の立場になる人はできない部分に注目されがち。そうではなく、それぞれの人のよさに注目していくことで、経験が浅い人も尊重され、思いや意見を言えるようになると思っています。そうやって豊かな対話が生まれた園の事例を、最近すごく聞くようになってきました
倉掛
人的な整備が追いつかない、そもそも忙しすぎるなど、保育の現場にはたしかにいろいろ問題があります。でも、『頼り合っていいんだ』と思えるような大人同士の関係はやっぱり重要。相手の話を聴けたり、自分も自己開示できたりする環境を、何とかつくっていきたいですよね
感情への向き合いが、よりよい対話のきっかけになる
これまでの話を引き継いで、認定NPO法人の経営者である駒崎さんも自らの経験を共有。信頼関係にあらためて普遍的な重要性を見出しつつ、職場で「気持ち」を伝える難しさについて言葉にしました。
駒崎
職場だとつい、『優秀だったらここにいていいけれども、そうじゃないならもうちょっと頑張れ』というコミュニケーションに傾いてしまう。指示や命令だけの関係を超えるには、1対1でちゃんと時間をとって話を聴き、お互いに自己開示し合う必要があるんだなと日々学んでいます。それは保育の現場でも一般の職場でも、きっと同じじゃないでしょうか
その話を受け、成川さんは感情の共有に注目した実践を紹介します。その1つが、3歳児以上が朝登園したとき、ご家族の目に触れないところで「楽しい」「悲しんでる」などと書かれた「感情カード」を選ぶ取り組み。
成川
あるとき職員も、カードを使った感情選びを始めてみたんです。すると、最初は『普通』とかを選ぶんですよ。大人は自分の感情に向き合うことさえできず、毎日が流れていってしまっているんだなと。
でも、始めて数年後には、『こんなカード増やしていいですか?』と話すスタッフが出てきました。今は20種類ほどになった感情カードから、毎朝みんなで選んでいるんです。
そうやって自分の感情を大切にできる職場だと、例えば会議でも形ばかりにならず、自分の感情を伴って自由に意見が言える。『ちょっとした失敗も受け止めてもらえる』という寛容な文化が生まれるんじゃないかと思います
異動してきて数か月のスタッフが自分の前で「はあー、疲れた!」と言ってくれた例、休み時間に横になって昼寝をするスタッフが出てきたという例も挙げた成川さん。互いの素を見せ合える文化に、「素敵な園になってきたなって。自画自賛なんですけど」と笑いました。
また、この「感情カード」には、駒崎さんも取り組んだそう。そこで自ら気づいたことを話しつつ、感情がよい対話のきっかけとなる可能性を示しました。
駒崎
例えば職員の対応にイライラしていたとき、その途中には実は『悲しみ』があった、とわかった。すると、『あ、理解してほしかったんだな』という自分のニーズも見えてきます。
感情の気づきが対話のきっかけにつながり、『実はみんなに理解してほしかったんだ』と素直に言えると、単にイライラをぶつけたり命令をしたりするのとは全然違うコミュニケーションになりますよね
駒崎さんの話を受けて、豪田さんが「職場で感情や本音を出しにくいのは、心理的安全性が関係しているのではないか」と続けます。つまり、“何を言っても許される”環境や空気があるかどうかです。
豪田
心理的安全性は、僕ら大人に今もっとも必要とされていることなんじゃないかと。例えばGoogleの社内調査で、これが確保されているチームが最も生産性が高かった、という結果も出ています。それをどうやったら自分たちのチームやコミュニティの中で確保できるか、すごく考えなきゃいけないなと、『こどもかいぎ』をつくりながら思っていました
「こどもかいぎ」の先にある、自分たちでルールを作る社会
豪田さんの発言から、セッション終盤には、自然と話題が「子どもたちの対話」に戻ってきました。特に「こどもかいぎ」と心理的安全性の関連に目を向け、豪田さんが続けます。
豪田
なぜあれだけ子どもたちが自由に発言できるかというと、心理的安全性が確保されているから。もし保育士さんに叱られたとか、疑問を呈された経験があったら、たぶん言わなくなっちゃうんですよね。心理的安全性の確保は、シンプルで複雑な問題。そこに、僕たちが真剣に向き合う必要があるなと思いました
倉掛さんは、「こどもかいぎ」を支える心理的安全性は、そもそも保育の根幹とも関係しているのではないかと言います。
倉掛
子どもたちの安全基地を作ることは、保育の礎でもあります。自分を信頼し受け止めてくれる人がいること、そして子どもが何かを体験したとき、その人に『伝えたい』と思えることは、子どもの発達のための大きなテーマ。そこを大事にできたとき、『こどもかいぎ』は活性化していくのではないでしょうか。
また、最近は『発達障害』などの言葉も広がっていますが、子どもの多様性が認知されない結果、いじめなどの危険な状況に至るケースもまだたくさんあります。対話を通じて、そもそも人がいかに多様かを知る機会を、もっと豊かにつくるべきだと思いますね
「こどもかいぎ」が持つ多声性(多様な声をそのまま大事にしていること)に注目した大豆生田さんも、「子ども主体の質の高い保育が、社会を変えていく力になる」と呼びかけます。
大豆生田
決めなければいけない物事も、じゃんけんや多数決ですぐに決めずに、いろんな議論をする。多様な声を聴き、乳幼児期から対話することは、民主主義の社会をつくっていくことにつながります。
こども家庭庁の設置に伴い、就学前の子どもに関する指針も検討されている今、『子どもを真ん中』に置いた保育や子育てを大事にする動きが社会全体で大きくなっています。少子化が進み、新型コロナウイルスの影響も続くピンチですが、持続可能で民主的な社会を作るチャンスでもある。そこではまさに、対話が必要になるはずです
駒崎
『こどもかいぎ』が広がっていったら、子どもたちはめちゃくちゃ対話の場数を踏めます。そうすると、自分たちの意見や感情を表明して受けとめ合える、質の高い対話が、日本中で生まれるような社会になりますよね。
そんな社会では、『押し付けられたルールはみんなの幸せのために変えていこう』『われわれ自身がルールの作り手なんだ』と、みんなが信じられるようになっていくんじゃないか。その変化の波紋を、この場から広げていけたらと思いました
豪田 トモ(ごうだ とも)
1973年東京都出身。29歳でカナダへ渡り、4年間、映画製作の修行をする。在カナダ時に制作した短編映画は、数々の映画祭にて入選。公開作『うまれる』(2010年/ナレーション:つるの剛士)、『ずっと、いっしょ』(2014年/樹木希林)、『ママをやめてもいいですか!?』(2020年/大泉洋)で累計100万人を動員。
大豆生田 啓友(おおまめうだ ひろとも)
玉川大学教育学部・教授。青山学院大学大学院文学研究科教育学専攻終了後、青山学院幼稚園教諭を経て現職。日本保育学会理事、こども環境学会理事、日本乳幼児教育学会理事、NHK・Eテレ「すくすく子育て」出演など。著書に『あそびから生まれる動的環境デザイン』『21世紀型保育の探求ー倉橋惣三を旅する』など多数。
倉掛秀人(くらかけ ひでと)
九州大学理学部卒業後、出版社での編集者を経て、日本教育新聞社の記者に。学力問題や中学生のいじめ自殺などの取材から乳幼児期の教育に課題を見出し、保育現場へ転職。社会福祉法人省我会千代田せいが保育園で園長を務めながら、障害児の支援団体や子育て支援センターなどのNPOの理事を務める。
成川宏子(なりかわ ひろこ)
短大卒業後、約20年間幼児保育に携わる。フローレンスが運営するみんなのみらいをつくる保育園東雲では、オランダで開発された「ピースフルスクールプログラム」や、こどもたち同士の対話の場である「サークルタイム」を通じて、みんなを思いやりながら自分たちの未来を変えていける力を育む「シチズンシップ保育」を実践。
モデレーター:駒崎 弘樹(こまざき ひろき)
認定NPO法人フローレンス 会長。1979年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。2005年に日本初の「共済型・訪問型」病児保育、2010年から待機児童問題解決のため「おうち保育園」開始。他に障害児保育事業、赤ちゃん縁組事業、こども宅食事業などを行う。著書に『政策起業家 「普通のあなた」が社会のルールを変える方法』など多数。
(編集協力:佐々木将史)