その女性からのSOSはメールで寄せられました。
検査薬で妊娠したことが分かったが、お金がなくて一度も病院に行けていない。産んでも、育てることはできそうにない
それから4ヶ月にわたり、私たちは、彼女の悩みと葛藤に寄り添うことになりました。
日本の子どもの虐待死の約半数は0歳児の赤ちゃんです。
予期せぬ妊娠にひとりで悩み、公園のトイレや自宅で出産日を迎えてしまい母子ともに命の危険にさらされる悲劇を防ぐため、フローレンスは2016年から「にんしん相談」と「赤ちゃん縁組(特別養子縁組:お子さんと生みの親との法的な親子関係を解消し、養親になることを望むご夫婦が実の子と同じ親子関係を結ぶ制度)」を行っています。
今回は、全国から約1000件(2021年度)も寄せられる「にんしん相談」の中から、具体的なエピソードを通して、私たちの取り組みの一端をお伝えしたいと思います。
※個人が特定されないよう、複数の相談・支援内容を元に構成しています。
女性たちに伴走する「にんしん相談」
その女性(仮にユキさんと呼ぶことにします)からのメールに書かれていた連絡先に、私たちは電話をかけました。
ユキさんは20代前半。事情があって早くから一人で暮らしていて、アルバイトを掛け持ちしながら生計を立ててきました。相手はアルバイト先の成人男性。妊娠がわかったあとに、男性に家庭があることを知ったといいます。当初男性は「離婚する」と言っていましたが、最近になって連絡がとれなくなりました。
「将来、プログラマーになるという夢があり、学校に通っている。産んでも育てる自信がないので特別養子縁組をお願いしたい」とユキさんは話します。
妊娠がわかり体調がすぐれない日が多くなってきたため、アルバイトに行けなくなって、食費にも困っているというユキさん。産婦人科は未受診で、すでにお腹も大きくなってきていると聞き、私たちは「お金のことは後で一緒に考えよう。まずはとにかく病院に行こう」と声をかけました。
そしてその日のうちに、ユキさんが住む地域の保健センターに連絡。センターの協力を得ながら、初受診でも受け入れてくれる産婦人科を急いで探したのです。
受診料支援で医療につなげる
「にんしん相談」では、ユキさんのように「お腹が大きいけれど、お金がなくて病院へ一度も行けていない」という相談を日々受けています。
未受診のまま妊娠後期、そして出産を迎えることは、母子ともに命を落とす可能性もあり、非常に危険な状況です。
そこで、支払いが困難だという方に、受診料1回分をフローレンスが支援する取り組みを始めています。費用を支援するだけではありません。相談者の同意の元、すぐに保健センターや病院などとの連携をスタートします。
緊急性の高い妊娠中期から後期の方を医療に繋げることを最優先とし、受診から公的支援に切れ目なくつないでいくことを目的としています。
一度も病院に行けていないという場合、どの方もひとりで悩み、不安に襲われる日々を過ごしています。手持ちのお金がなくても病院に行けると知ると、相談者は心から安堵し、不安から開放されて、ほっとした瞬間に涙を流されます。
ひとりきりで抱える悩みと不安に寄り添う
産婦人科での初受診の結果、ユキさんは妊娠24週とわかりました。中絶可能な妊娠22週未満の時期をすでに超えていました。
数日後、私たち相談員2人はユキさんの住む町にいました。
産んでも育てるのが難しく、特別養子縁組も考えているという相談があれば、必ず直接会って面談を行います。話を丁寧に聞きながら記録をとるだけでなく、病院や行政との連絡調整、不測の事態にも適切に対応するため、2人1チームで動くことにしています。
話の内容が非常にデリケートなため、面談の場所にも細心の注意を払います。
ユキさんとの面談は、本人の希望も受けて、住んでいる場所から少し離れた地域の飲食店の個室としました。
妊娠に至った経緯や生活の状況について、改めて3、4時間かけて話を聞きました。
病院にも同行しました。待合室ではいろいろな話をしてユキさんの緊張や不安をやわらげます。医師には、ユキさんが特別養子縁組を検討していることを伝え、話し合いました。
同時に、保健センターに連絡。出産前から支援が必要な「特定妊婦」にあたるためフローレンスが継続的に対応していることを情報共有し、ユキさんが特別養子縁組ではなく自分で赤ちゃんを育てることを選んだ場合に支援を引き継げるよう連携していきたいと伝えました。
その後は定期的にLINEでやりとりし、ユキさんの気持ちの揺れ動きを受け止めます。
妊婦健診の結果や関係機関との連絡内容を伝え、日々、沸き起こってくる疑問にもその都度、答えます。やりとりは夜間まで及ぶこともありました。
特別養子縁組 出産後最初の意思確認
そして出産の日を迎えました。少し小さく生まれた赤ちゃん。
ユキさんに電話をすると、「こんなにもかわいいのかと驚いてしまった。抱っこも授乳も楽しい」と話します。
私たちは担当医から赤ちゃんの状況について聞き取り、行政などの関係機関にも連絡。そして改めてユキさんに、特別養子縁組について今の気持ちを聞きました。
「思っていた以上に赤ちゃんがかわいい。でも、今の自分にはやっぱり育てていけないと思う。将来の夢を諦めてしまったら、なぜ自分だけがこんな思いをしなければならないのかと子どもを責めてしまいそうだ」と言って、特別養子縁組を希望すると話しました。
育ての親となるまでの伴走支援も
出産後のユキさんの気持ちを受け止めた私たちは、全員で会議を開きました。
特別養子縁組に進んだ場合、赤ちゃんの養親をどなたにお願いするか、考える会議です。この会議は必ずスタッフ全員で話し合います。
赤ちゃんの状況、ユキさんが抱えている事情、そして気持ちの揺れ。ひとつひとつ検討して、養親候補として登録いただいている方々とのマッチングを考えていきます。
ここで、フローレンスの「特別養子縁組支援事業」についてご説明します。
フローレンスは、2018年に厚生労働省・東京都から民間養子縁組あっせん機関として許可を受け、翌年からはモデル事業団体に選ばれています。特別養子縁組で赤ちゃんを迎えることを希望するご夫婦には、半年から1年ほどにわたるフローレンス独自の研修を受けていただいています。
まず、
①オンライン基礎研修を受け、
②2日間のステップアップ研修に進みます。
③研修後、ご夫婦で検討、納得すれば審査申込みをしていただきます。
④書類を元に電話でのヒアリング、個別面談、ご自宅にうかがってのヒアリングなど、審査を行います。この審査の過程で残念ながら登録をお断りすることもあります。
⑤審査と並行して、医療機関やフローレンスが運営する保育園で育児研修を受けていただきます。研修は法律に基づき実施しています。
⑥これらの過程をすべて通過した方だけを、育ての親として登録。定期的な面談を行いながら、赤ちゃんを迎える準備を進めていただくのです。
登録されている養親候補の方々と赤ちゃんとのマッチングは、一度の会議では決めません。実母と赤ちゃんの状況などを踏まえた上で複数回の会議を開いて検討します。
「このご家族にお願いしよう」と自信を持てない限り進めることはありません。
実母への最後の意思確認 自分の未来を自分で決めてもらうために
数日後、私たちはユキさんに会いに行きました。出産後しばらくしてからの気持ちを確認するためです。特別養子縁組を希望していても、出産の前と後、そして時間が経つにつれ、心境が変化することは少なくありません。
ユキさんは、赤ちゃんを愛おしいと思う気持ちが大きくなっていました。赤ちゃんと離れたくない、でもお金はないし、自分の夢を諦めてまで育てられない。その狭間で苦しんで、毎晩泣いているといいます。
こうした場面で、私たちは、養子縁組を勧めるようなことはしません。話に耳を傾け、実母さんが自分の気持ちに向き合えるようサポートします。
私たちが行っているのは、実母さんが自分の未来を決めるお手伝いであり、赤ちゃんがどうすれば一番幸せになれるか、実母さん自身が考え決めるのをお手伝いすることだからです。赤ちゃんのために考え抜くことは、それがどんな結論であったとしても、実母さんがその後の人生を、前を向いて歩いて行く一助になるはずです。
特別養子縁組を選んでも、自分で育てる道を選んでも、赤ちゃんの命を守ることにつながるよう、全力で支えたいと私たちは考えています。
数時間に及ぶ面談の結果、ユキさんは赤ちゃんを自分で育てることに決めました。
夢を叶えるための勉強も諦めずに、子育てと両立する方法を探すことになりました。それは簡単なことではありません。
ユキさんが孤立した子育てに陥らないように、赤ちゃんの命を守り続けるために、私たちは保健センターや児童相談所に情報共有するとともに、一層の目配りと支援を依頼しました。
そしてユキさんと赤ちゃんが退院する日が来ました。
ユキさんは涙を流しながら「あの時相談していなかったら、どうしたらいいかわからず、ひとりぼっちで家で産んでいたと思う。自分も赤ちゃんも、どうなっていたか分からない。東京からこんな離れた場所まで何度も駆けつけてもらって、一緒に考えてもらって、1人ではないと思えた。今は迷いはありません」と話しました。
選択肢のひとつとしての、特別養子縁組
ユキさんが相談を寄せてくれた「フローレンスのにんしん相談」は、電話やメール、それに2020年からはLINEで24時間いつでもチャットボットが応答する窓口を設けています。
2020年度に虐待を受けて亡くなった子どもは57人(心中除く)。約半数が0歳の赤ちゃんで、そのうち11人は月齢0か月です。
医療機関で出産できなかったために適切な処置がされず出産と同時に亡くなってしまった赤ちゃんや、自宅や公園のトイレなどで独りで出産し赤ちゃんをそのまま置き去りにしてしまったという事例もあとを絶ちません。
その背景には、予期せぬ妊娠があります。性被害やDVによる妊娠で誰にも相談できない。あるいは妊娠を告げた途端に相手の男性が逃げてしまって、誰かに相談したとしても適切な支援に結びつかない。そして孤独に出産の日を迎えざるをえない女性がいるのです。
「フローレンスのにんしん相談」では、そうした女性たちに伴走することを大切にしています。
相談が寄せられると状況を聞き取り、必要な情報を提供します。受診できる病院を探したり、行政に連絡をとったりするほか、時には受診への付き添いや役所での手続きに同行することもあります。
2016年の開始からことし3月までに対応した相談は3,482件。北海道から九州まで、まさに全国各地から相談は寄せられます。
「フローレンスのにんしん相談」では、相談者からはお金をいただいていません。相談員の人件費や、全国各地に出向いて面談・支援を行うための交通費、宿泊費、それに病院の受診料の支援などは、ほぼすべて皆さんからいただく寄付で成り立っています。
一方で、養親となることを希望するご夫婦には、研修・実習などに必要な費用のほか、縁組につながった場合は費用をご負担いただいています。
ただ、ここまで読んでいただくとお分かりのように、「フローレンスのにんしん相談」は特別養子縁組を前提にはしていません。
2016年の開始からことし3月までに対応した相談3,482件のうち、特別養子縁組に至ったのは27件。1%以下です。
私たちが目指しているのは、育てられないから養親縁組と周囲が決めつけるのではなく、予期せぬ妊娠に悩む女性がきちんとサポートを受けられる状態をつくること。それによって遺棄・虐待から赤ちゃんの命を守ること。その活動の大半は、寄付者の皆さんのご支援で実現しているのです。
一人でも多くの赤ちゃんの命を救いたいから
最後に、「フローレンスのにんしん相談」に寄せられる声の一部を知ってください。
「産みたい気持ちはあるが、パートナーの収入も少なく、自分もコロナで仕事が決まらず経済的に産めない。中絶するにもどこの病院に行けばいいのか。費用も一括で払えない。怖い。辛い」
「まだ学生だが妊娠してしまったことを親にも言えないまま数ヶ月過ぎてしまった」
「もうすぐ臨月だが金銭的に余裕がなく、入院準備や赤ちゃん用品の準備もできていない。夫も自営業でコロナ禍の影響を受け、売上が落ちてしまった。給付金も夫がギャンブルに使ってしまい、暴力をふるわれる。胎動を感じるたびに涙が流れる」
私たちはこれまでの相談対応を通して、生まれた赤ちゃんを放置するといったことを、したくてしている人はいないと考えています。何かしら事情があり、困っていて、中にはあちこちに相談したけれど支援を受けることができなかった結果、孤独な出産、育児にいたってしまう方もいます。
妊娠は、当然ですが女性単独によるものではありません。それなのに、日に日に大きくなるお腹と向き合って不安を募らせ、苦しみ続けた結果の出来事に対して、社会的制裁が母親だけに向けられてしまうことは大きな課題です。
そして、赤ちゃんの虐待死は、出産や育児が困難な環境にある女性、予期せぬ妊娠に悩む母親個人の問題ではありません。母親の自己責任論に矮小化せず、そうした状況に追い詰められる親子を生む社会構造に、私たちフローレンスはアプローチしていきます。
繰り返しになりますが、こうした活動は皆さまからの寄付に支えられています。
児童虐待で命を落とす子どもがゼロになる未来に向けて、ぜひ、あなたの力を貸してください。