保育事業当事者としていち早く訴えた「性犯罪者規制」の必要性
子どもたちを卑劣な性犯罪から守りたいーー。
多くの保護者や教育者の強い願いも虚しく、保育・教育現場で起きる痛ましい事件や事案は後を絶ちません。施設型・訪問型双方で保育事業を展開するフローレンスにとって、子どもたちを狙った性加害は断じて許すことのできない犯罪であり、事業者として常に危機感を抱いてきました。
子どもたちの生活の場に性犯罪者たちを立ち入らせない方法について、以前から調査・提言を続けてきました。
フローレンス会長の駒崎弘樹は、2017年の4月に自身のブログで次のように綴っています。
たとえ 1000人に1人でも、(保育士の中に)性犯罪者がいた場合、
子どもの人生に与える負の影響は計り知れません。
999のケースで『疑われるのは気持ちの良いものじゃない」』と
保育士やボランティアの方々に不快感を与えたとしても、
1つのケースを見つけられ、子どもの人生を救えたら、どちらを優先すべきでしょうか。
僕は後者だと思います
そこで、同記事の中で提言を行ったのが、「日本版DBS」(子どもたちを性犯罪から守るため、子どもと接する仕事に就く人に性犯罪歴がないか確認する制度)の導入の必要性でした。この制度導入によって、子どもたちだけではなく、保育・教育現場で働く善意の大人たちをも守ることができる、駒崎は当時からそのように主張してきました。
無犯罪証明書制度(DBS)とは
DBSとは、英国内務省が管轄する「Disclosure and Barring Service(ディスクロージャー・アンド・バーリング・サービス)」(前歴開示および前歴者就業制限機構)の略で、仕組みとしては、個人の犯罪履歴などのデータベースを管理、さまざまな職業に就く際に必要な証明書を発行する、というものです。
英国では、DBSの前身の制度を含め四半世紀の歴史があります。英国では子どもに関わる職業に限らず、幅広い職種が対象で、チェック基準が職種に応じて4段階あり、子どもや障害者に接する職種は最も厳しい基準となっています。
18歳未満の子どもに1日2時間以上接する仕事を希望する人は、基準に触れる犯歴がないことが分かる証明書をDBSから取得し、就職希望先に提出することが義務付けられます。証明書発行の費用は雇用側が負担するのが通常で、子どもと関わる職業を非常に幅広く定義して網を掛けています。英国以外でもフランス、ニュージーランド、スウェーデン、フィンランド、オーストラリアなどの諸外国では、子どもに関わる職業の雇用の際、無犯罪証明書の提出やデータベースで犯歴を調べるといった制度が導入されています。
日本版DBSはこの英国の仕組みをモデルとして導入に向けた議論が進んでいます。
<参考記事>
教員や保育士などの性犯罪歴をチェックする「DBS」とは? 小児性犯罪を防ぐため、こども家庭庁が導入へ(2022年8月9日付 東京新聞朝刊)
「日本版DBS」の必要性を訴え、小児性被害の当事者家庭とともに記者会見を実施
子どもを狙った性犯罪の中でも記憶に新しいのは、2020年6月にベビーシッターのマッチングサービスに登録していたシッターが、小児わいせつの疑いで逮捕された事件ではないでしょうか。2022年8月、この元ベビーシッターに対し東京地裁は、懲役20年の実刑判決を言い渡しました。
フローレンスではこの事件を受けて再度、子どもたちを性被害に遭わせない仕組みづくりが必要と訴えました。この時の「#保育教育現場の性犯罪をゼロに」との訴えは大きな反響を呼びました。記者会見では、「小児わいせつは再犯者率が極めて高い犯罪」であることを指摘しました。(法務省の調査によれば、再犯者率は84.6%)
そうした特性を勘案し、性犯罪者を教育現場に未来永劫に立ち入らせない制度として、「日本版DBS」の必要性を改めて主張しました。保育・教育現場で一度でも性犯罪を犯した者は、二度と保育・教育の現場へは戻れない。その鉄則を採用の際に徹底することで、悲劇の連鎖を喰い止めることができることを訴えました。
この会見の3日後には森法務大臣(当時)に、そして2020年7月末には橋本内閣府特命担当大臣(当時)に「日本版DBS」創設を求める要望書と21,000筆以上集まった署名をお渡ししました。
こども家庭庁の目玉施策として、「日本版DBS」制度化への議論が加速
「日本版DBS」制度化へ向けたアクションが実を結び始めたのは2022年6月のことでした。岸田内閣のもと閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2022」に、「教育・保育施設等において働く際に性犯罪歴等についての証明を求める仕組み(日本版DBS)の導入」(骨太p. 13)が明記されました。
そして同年8月、令和5年度(2023年度)こども家庭庁の予算概算要求に「こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組み(日本版DBS)の導入に向けた検討【新規】」が加わりました。これによって2023年4月に新設されるこども家庭庁において、「日本版DBS」は重要な施策であることが位置づけられたのです。
「日本版DBS」、フローレンスが重要視している5つはこれです!
1. 守るべきは、 「すべての」 子どもたち
2. 行政の縦割りを打破し、横串を刺す
3. 性犯罪者の情報は、最低でも40年、データベースに残す
4. 行政が責任を持って運営する
5. 安定した制度運用のための「無犯罪証明書」
それでは今後議論が加速していく「日本版DBS」において、注視していくべきこととは何でしょうか? 制度導入をいち早く訴え、ソーシャルアクションを続けてきたフローレンスが考えるポイントは大きくこの5つです。
1. 守るべきは、 「すべての」 子どもたち
「子どもと関わる職業」は、国家資格や免許が必要な保育士や教員以外にも、ベビーシッターや塾講師、スポーツクラブ指導者など多岐にわたります。英国のDBSでは対象となるのは「子どもに関わる職場(18歳未満の子どもに1日2時間以上接するサービス)」です。職種ごとに規制をするのではなく、子どもに関わる職業を一括で定義して規制しなければ、すべての子どもたちを守るルールとして不十分だと考えます。
2. 行政の縦割りを打破し、横串を刺す
一業界内だけで対策したのでは、小児性犯罪の再犯を防ぐことはできません。そのために子どもを守るべき行政、例えば幼稚園や学校は「文科省」、保育園は「厚労省」、ベビーシッターは「内閣府」の管轄など、こういった行政の縦割りを打破して「すべての子どもたちを」一体的に守る仕組みを考える必要がありました。その意味で2023年4月に発足する「こども家庭庁」、同時に施行される「こども基本法」は大きな前進と考えています。子どもに関する行政が一元化されることで、子どもを守るという目的により効率的にアプローチができるのです。
3. 性犯罪者の情報は、最低でも40年、データベースに残す
先述のように小児性犯罪においては、再犯者率の高さが顕著な傾向として見られます。医学的な見地から、加害者の社会復帰のために半永久的にデータベースに残すべき、という意見もあります。小児性暴力を犯す衝動が湧き起こらないように、法制度によって、加害者を児童から遠ざけることが、加害者の治療にも重要です。
4. 行政機関が責任を持って運営する
運営上のリスクを抑えるため、データベースは行政機関が一元管理し、そこの限られた人だけが、限られた条件下でのみアクセスできるようにするべきだと考えています。
例えば、反社会的組織が子どもと関わる事業を偽装して立ち上げ、各人の犯歴の有無が確認できるようになってしまったら、これは加害者のその後の人生にとって、計り知れないリスクとなり得ます。「日本版DBS」が逆に社会に不安を与えないためにも管理・運営は重要です。
※行政が運用した場合のコストについて、英国のDBSは、申請者(あるいは企業)から手数料を取ることで、利益を出しています。2018年度の純剰余金は約5千万ポンド/年(≒67億円)でした。
5. 安定した制度運用のための「無犯罪証明書」
犯歴という最も繊細な個人情報のアクセスを安全に行うには多大なコストがかかり、困難です。そのため、犯歴を示すのではなく、発行する書類を『犯罪を犯していないことの証明書』(無犯罪証明書)にすることで、就職希望者の人権も最大限守ることができます。既存の履歴書の賞罰欄に記載される「賞罰無し」と同様です。その「罰なし」が客観的事実であると証明できるようになります。
以上5点がフローレンスが日本版DBSの議論において重視するポイントです。この5点が組み込まれ、運用されていくことが、真に子どもを守る制度として生きてくると考えています。
【2023年7月3日加筆】
2023年6月27日に、政府は「日本版DBS」創設に向けた有識者初会合を行いました。制度化に向かって大きな前進となるこの会合を歓迎すると同時に、フローレンスからは以下について改めて、議論と制度に盛り込まれるよう求めていきます。
●有識者会議では小児性被害の当事者や事業者の声をしっかりと聞き、性犯罪者を子どもに近づけないという目的において実効性のある制度設計を目指すこと
●子どもと一定時間以上接する職種は、ボランティアも含め広く規制の対象とすべきこと
●データベースにおいては「前科」だけではなく「前歴」も登録すべきこと
前科:刑事裁判で有罪判決を受けて確定した経歴
前歴:逮捕など捜査対象になったが不起訴に終わった犯罪
→前歴のある対象者でも、データベースに前歴が登録されていなければ、「無犯罪証明書」は発行されてしまう。制度の実効性を担保するために、前歴の登録は必須と位置づける。
子どもを性犯罪に遭わせない社会づくり、そして保育教育現場で働く善意の大人たちを守る仕組みづくり。1日も早い実現と安定した運用を目指し、これからもフローレンスは政策提言を続けていきます。
社会を変えるソーシャルアクション・政策提言活動を皆さんとともに
日本の子ども・子育ての課題を支援事業と政策提言によって解決するフローレンスは、これからも親子・子育てのリアルを政治や社会に届けていきます。
日本版DBSだけでなく、子どもたちや子育ての環境に「新しいあたりまえ」をつくるためのソーシャルアクションを続けます。
フローレンスのこうした社会的アクションや政策提言活動は、皆さんからのご寄付によって支えられています。