このたびフローレンスは、経済的に困難を抱えており、一度も病院で診察を受けたことがない妊娠中・後期の方を対象に、受診料一回分を支援する取り組みを始めました。
「受診料一回分の支援。たったそれだけと思われるかもしれませんが、それができるかどうかで、妊婦さんの将来が大きく変わってくる。私たちの活動は、いわば最後のセーフティーネットなんです」そう話すのは、フローレンスで妊娠相談にあたる相談員のAさんです。
この一回分の支援で何ができるのか。フローレンスで日々支援にあたる相談員3人に話を聞きました。
Aさん
保有資格:社会福祉士、精神保健福祉士
Bさん
保有資格:看護師、新生児蘇生法NCPRインストラクター
Cさん
保有資格:社会福祉士、中学校教諭、高等学校教諭
「生まれたばかりの赤ちゃんが遺棄・虐待される事件をなくしたい」
コロナ禍の2020年度、虐待相談対応件数は2万件超えと過去最高を記録し、心中以外の虐待死は57人、そのうち約半数の28人が0歳児であり、そこには月齢0か月の新生児が11人も含まれています。 フローレンスは2016年に赤ちゃん縁組事業を立ち上げ、予期せぬ妊娠に悩む女性が、誰にも相談できず出産の日を迎えてしまうことのないよう、これまでに約4,000人の「にんしん相談」に対応してきました。
ギリギリの状況で寄せられる相談
ーーーこの「中期以降ハイリスク妊婦への初回受診料支援」が始まった経緯を教えてください。
Aさん
「にんしん相談」に取り組む中で、妊娠中期・後期になるまで誰にも相談できずにいる妊婦さんが多いことが見えてきました。中には、一度も産婦人科を受診しないままに臨月を迎えてしまい、やっとの思いで相談してくる方もいます。
Bさん
未受診のまま妊娠後期、そして出産を迎えることは、感染症の母子感染のリスクや、不衛生な場所での出産で母子ともに命を落とす可能性もあり、非常に危険な状況です。そこで、相談してきた方が初回の受診という最初の一歩を踏み出せるように、支援する取り組みを始めました。
これまで一度も受診できていない人を対象に限定するとともに、非課税証明や給与証明等を見せてもらい、金銭的な支援が必要だと判断した場合、病院と連携して、受診にかかった実費費用を病院へ直接振り込みます。
ーーーどうしてそこまで受診しない人がいるのでしょうか?
Aさん
「怒られるのが怖かった」と答える人が多いです。普通の学生生活、OL生活を送っているなかで、思いがけず妊娠してしまってどうしていいか分からない。日本では妊娠が女性の自己責任だとの考え方が強く、学生や未婚で妊娠すると、怒られてしまうのではないかと思ってしまい、一人で悩んでいるうちにギリギリのところまで来てしまうようです。
赤ちゃんは、ひとりでできるものではありません。必ず相手の男の人がいます。ところが、相手の男の人が逃げてしまったり音信不通になってしまったりして、悩んだ末にひとり孤独に出産して赤ちゃんを死なせてしまったとしても、罪に問われるのは女性だけです。
そんな自己責任論のはびこる社会的風潮も、相談できない人を増やしているのは確かだと思います。その一方で、自分の体の変化に無頓着な人がいるのも事実です。臨月になっても妊娠していることに気づかない人もいます。
ーーー臨月になるまで気づかないというのは、容易に信じられないのですが。
Cさん
生理不順などで、かつ体質的につわりもなく、妊娠していると思わなかったという人が多いのですが、幼少期からの経験で自分自身を大切にできない人がいる場合もあります。身体的・精神的な虐待を受けたり、ネグレクトされたりすると、自己肯定感が極端に低くなってしまって、大人になったときに自分の体の変化に気づけないか、気づいたとしても何もしようとしない人がいます。
ーーーほかに、どのようなことが影響していると考えられますか?
Cさん
子どもの頃に、極度の貧困などでいろいろな経験を諦めることが多いと、自己肯定感は低くなります。自分の力で何かを変えるという気持ちが育たないまま大きくなってしまった人もいれば、成育環境に大きな問題がなかった人でも困難な状況に陥ってもどうしたら良いかわからず、思考がストップしてしまう人もいます。
ーーー虐待や貧困の問題が、このようなところにまで影響していることに驚きました。ひとつの社会課題を解決するには、様々な角度からのアプローチが必要なのですね。
Bさん
その通りです。フローレンスは、様々な困りごとを抱える家庭の孤立を防ぐ活動もおこなっています。また、経済的に苦しい状況にあるご家庭への支援もしています。にんしん相談だけでなく、そういった活動の一つひとつの積み重ねが、親子の笑顔を増やしていっているのだと実感しています。
その一回の支援が、妊婦と社会をつなぐ
ーーーそれぞれの自治体にも様々な支援がありますが、なぜフローレンスの支援が必要なのでしょうか?
Aさん
意外と知られていないのですが、多くの自治体では病院で診察を受けて、妊娠が確定してからでないと母子手帳をもらえません。
でも、一度でも病院を受診して、母子手帳が交付されれば、妊婦健診の補助が出ます。なにより自治体が妊婦の存在を把握し、助産制度(経済的理由により入院助産を受けることができず、他からの援助も期待できない妊婦の方を対象に、認可された助産施設に入所させ、出産する際の費用を援助する制度)やその他の支援サービスについて案内することもできます。
つまり、受診して医療とつながるということは、地域の支援ネットワークにつながるということなんです。
ーーーその一回目の受診が難しいということなのですか?
Bさん
妊娠後期になるまで一度も受診していないと、追加で様々な検査が必要になるため、初診料が2万円から3万円と高くなってしまうので、経済的に厳しい状況にある方だとお金がなくて受診できない人もいます。生活保護の情報を持ってない、医療保険に入ってないという人もいて、妊娠が分かっても、生活するために出産予定日近くまで働いてフローレンスに相談してくる方もいます。
大事なのは、行政とつなげること
ーーーなぜ、最初から行政に相談しないのでしょうか。
Bさん
行政の窓口に相談に行っても、何を話していいか分からなかったり、過去に嫌な対応をされたと感じてしまったことで、相談に行けなくなってしまった人もいます。
これは他の相談でも同じですが、行政の窓口で相談できる人というのは、自分の困りごとを理解していて、どこの課で何を聞いたらいいか分かっている人なんです。若い人は電話にも慣れていないので、電話相談もハードルが高く感じるのでしょう。
ーーーフローレンスがLINEで「にんしん相談」を受けつけ、寄り添いながら困りごとを聞き出し、必要な支援に橋渡しをする活動がとても重要になってくるんですね。
Aさん
フローレンスに相談が集まる理由としては、LINEでいつでも相談に対応できるという点も大きいと思います。未成年でも社会人でも、LINEなら学校や職場の昼休みにも相談することができます。
それに、行政は妊娠が分かって初めて動けるので、初診料の支援はできません。「病院に行ったほうがいい」とはいえても、「受診料を支援する」とはいえない。だからこそ、「お金の心配はしなくていいから、一緒に病院に行こう」と言えることが、フローレンスの支援の強みになっているんです。行政の方にも「フローレンスがいてくれたから、ギリギリのところで助けることができた」と必ずと言っていいほどおっしゃっていただけます。
相談は、ひとつの成功体験
ーーーフローレンスの妊娠中・後期の初診料を支援する取り組みがなぜ必要なのか、良くわかりました。支援を受けた妊婦さんの反応はどうですか?
Cさん
先程も言いましたが、妊婦さんのなかには、「困ることができない」人がいます。どういうことかと言うと、人は、あまりにも辛いことが多すぎると、心が敏感なままでは精神が持ちません。だから、色々と麻痺させて生きてしまうんですが、そういう人は、自分の体の変化にも気づけなくなってしまいます。気づいても、客観的に自分が困った状態にあることが判断できなくなるんです。
そんな妊婦さんに、「相談してくれて、ありがとう。あなたが勇気を出してフローレンスに相談してくれたから、今のこの状態があるのよ」「あなたの力が状況を変えたんだよ」と、相談したことがひとつの成功体験となるような伝え方をしています。
また、相談を受けるときにも、いろいろな選択肢をわかりやすい言葉で説明した上で、妊婦さん自身がこの先どうしたいのか、意思を尊重して自分で選択してもらうようにしています。
一歩踏み出したことで、さらに二歩、三歩進んで行政や病院の人と自分で話ができるようになると、フローレンスが介さなくてもそのまま支援を受けられるようになっていきます。
妊婦さんが、自分自身を大切にして、行政にきちんと頼れるようになるのが一番良い流れだと思っています。行政は怖いというイメージがありますが、客観的にみたらそんなことはないですし、支援も幅広く安定していますからね。
フローレンスの目指す未来
ーーー最後に、今後の展望について教えてください。
Bさん
日本は世界一安全に出産できる国だから忘れられがちですが、妊娠・出産は何があってもおかしくありません。子宮外妊娠や出産時のトラブルなど、危険性が理解されていないと思います。理解を広めるには、中高生を対象とした性教育が必要で、実際に、正しい知識の普及にもチャレンジしていきたいと思っています。
また、学生でも未婚でも、どんな人でも安心して産婦人科を受診できるような環境が必要ですよね。パートナーが不在で一人で出産する場合にも社会的な支援がもっとあれば、赤ちゃんポストも要らなくなります。先進国のなかには、赤ちゃんポストを廃止して、社会で育てる方向にシフトしている国もあります。日本が社会全体で子どもを育てられる国になれば、赤ちゃんの遺棄や虐待などの辛い事件がなくなると思っています。
寄付で変わる未来があります。活動にあなたの力を貸してください。
相談員が行政の担当者に必ず聞かれることがあるといいます。
「妊婦さんに代わって負担する受診料は、どこから出ているんですか?」
フローレンスの「にんしん相談」では、相談者さんからお金を一切いただいていません。受診料だけでなく、生活が極度に困窮している場合には、食品などの配送といった支援も行っています。これらはすべて、フローレンスの活動を応援してくださる方のご寄付を使わせていただいています。
気軽にできるLINE相談ですが、相談者さんと繋がった細い糸を切れさせないように、返信するときには、一言一句に気を配り、相談員が頭を寄せて議論することもあります。このような丁寧な対応ができるのも、ご寄付があるからです。
「誰でも安心して妊娠・出産ができる社会になって、『にんしん相談』に相談してくる人がいなくなる事がゴール」という相談員の声をお届けしました。
そんな社会があたりまえの未来を創るために、フローレンスの応援をお願いします。