先日、東京都の桜蔭学園にて高校2・3年生を対象とした講演会にお招きいただきました。登壇したのは認定NPO法人フローレンス会長の駒崎弘樹と、同学園の卒業生であり、多胎児家庭の政策提言活動に取り組むスタッフの市倉加寿代です。
フローレンスがこれまで取り組んできた社会課題やその背景にある思いとともに、伝えたかったのは”誰もが社会のルールを変えることができるんだ”というメッセージでした。
また、「どうすればこの社会を変えられるか」というテーマで隣の人と話し合うワークや質疑応答の時間も設け、さまざまな意見が飛び交う場にもなりました。講演会の一部をレポートします!
子育てと仕事の両立がこんなにも難しい社会を変えたい!とフローレンスを立ち上げ
駒崎:みなさん、こんにちは! 私は認定NPO法人フローレンスの会長、駒崎弘樹です。フローレンスは厳しい環境に置かれたこどもたちや親御さんに向けて事業を行う一方で、社会課題が生まれてしまう構造を変えていくための政策を政治家の方々へ提言する、政策提言やソーシャルアクションにも取り組んでいます。
フローレンスを始めたきっかけは、病児保育の問題です。僕の母親はベビーシッターをしていて、家に知らないこどもがいることも珍しくありませんでした。そんなある日、とある双子のママが「今日でこどもたちを預けるのを最後にさせてください」と話していたんです。「実は、会社をクビになってしまったのでシッターに預ける必要がなくなりました」と。思わず母は「どうしてクビに?」って聞いてしまったんですね。
その理由はこうでした。普段こどもたちは保育園に通わせているけれど、37.5°C以上の熱が出ると預かってもらえず、仕事を休まざるをえない。双子で風邪をうつしあってしまい、長く欠勤したところ、解雇されることになってしまった、と。
僕はこの話を聞いて、こんな“くそったれな社会”に自分がいることに初めて気づかされたんです。こどもが熱を出すのは当たり前だし、親が看病するのも当たり前なのに、なぜ職を失わなければならないんだって。そして母に、こどもの熱が出たときになぜ預かってあげないのかと尋ねたところ、シッターは熱のあるこどもを預かることができないと知りました。
訪問型病児保育で「松永のおばちゃん」の代わりをつくる
駒崎:じゃあ、僕が小さい頃に熱を出したときはどうしていたのかと聞いてみたら、「松永のおばちゃんがいたじゃない」って言われたんです。東京の下町に生まれた僕は、血のつながりはないけれど、近所に住んでいた「松永のおばちゃん」によく預けられていて、そのおかげで母は働けていたんですね。
でも現代ではそんなおばちゃんを見ることはありません。そういった関係性は社会がすでに失ってしまっていますから。それなら僕がやろう!「松永のおばちゃん」を代替する新しい仕組みを作ろう! そうじゃなければ社会はこのまんまだ! と大学を卒業すると同時に、フリーターとなってNPO法人を立ち上げました。
さっそくこの病児保育の問題について調べてみると、“保育の闇”といわれるほど保育業界の中では手付かずの領域でした。病児保育施設は数が圧倒的に少なく、広まっていない。病児保育には補助金があるのですが、交付されたら交付されたでさまざまなルールが課されて経営しづらくなってしまう……。そこで始めたのが「訪問型病児保育」という仕組みです。
困っている親子の元へ直接行ってあげれば良いと考えたんです。病院を受診したり、おうちで看病してあげたり、松永のおばちゃん的な人が訪問するというやり方であればうまくいくのではないかと思ったんですね。
実際にやってみたらどうなったか? ……たくさんの方が喜んでくれました!
そして、訪問型病児保育という仕組みも全国へ広まっていきました。いまでは、フローレンスは業界最多となる12万件以上の病児保育に取り組む団体となりました。
きっかけは同級生からのLINE。「普通のわたし」が社会を変えた
駒崎
ここで皆さんの先輩にあたる卒業生を紹介します。フローレンスの市倉です!いっちーがフローレンスでどんな活躍をしたのか、皆さんに紹介したいと思います。
市倉
「双子ベビーカーは折りたたまないと都営バスに乗れない問題」に取り組みました。きっかけは桜蔭学園の同級生からのLINEです。お互いこどもを産んだ時期が近く、よく連絡を取り合っていました。彼女は双子を産んだのですが、何気なく送られてきたメッセージに「双子ベビーカーって(たたまないと)バスに乗れないんだよ」とあったんです。確か夜10時くらいだったと思うのですが、私はあまりの衝撃に、目をひんむいてしまいました。
そこで双子や三つ子などを育てる多胎児の親御さんを対象に、SNSを使ってアンケートをとることにしたんです。10件くらい集まれば良いかなと思っていたのですが、一晩で200件集まり、これはおおごとだと思って、駒さんに相談しました。
駒崎
会社に黙ってアンケートをやって(笑)。でも話を聞くと、それって社会課題じゃない! そのまま続けたら良いよと伝えました。
市倉
最終的には1,600件の回答が集まり、東京だけじゃなくて各地で双子ベビーカーをたたまないとバスに乗せてもらえていないことが分かったんです。さらに、多胎児の親御さんの中にはギリギリまで追い詰められながら育児をしている方がいることも分かりました。
駒崎
ちょうどこの時期に三つ子の内の1人を殺してしまったというお母さんのニュースもあり、本当に追い詰められながら育児していることがデータとして明らかになりました。そのアンケートを持ってまず乗り込んだのが厚生労働省です。記者室で「#助けて多胎育児」と称して、会見を行いました。
市倉
実際に双子や三つ子の親御さんたちにも登壇してもらい、多胎児育児のリアルを語ってもらいました。
駒崎
するとそれをきっかけにたくさんの議員さんが動いてくださるようになり、ついに東京都議会議員から連絡をもらい、小池百合子都知事と面会することになったんです。
市倉
都知事が面会してくれるということは、何らかの答えを引き出せるチャンス! 知事面会室を訪れ、多胎児育児の大変さを伝え、双子ベビーカーの問題についても訴えました。すると都知事は強く共感してくださり、双子ベビーカーを畳まずにバスに乗れるようにしましょうと明言してくださったんです。そして2020年には都営バスの5路線で取り組みがスタートしました。その後は都営バス全線、民間バスへと広がっていきました。今では双子の赤ちゃんがいるご家庭がバスでお出かけする風景は当たり前のものとなっています。
駒崎
双子ベビーカーをたたまないとバスに乗れない社会から、乗れる社会へ変えたのは実は皆さんの先輩たちでした。社会を変えようと思ったら誰だって変えられるんだってことを知ってもらいたいと思います。
必死で取り組めば、「ビジョンが叶う瞬間を見たい」という人が手を貸してくれるようになる
講演の後は生徒さんからの質疑応答タイム。鋭い質問がたくさん投げかけられました!
生徒さん:社会課題の解決は大きなビジョンですが、それに向かって何をどのように始めているのですか? また、人をどう巻き込んでいるのですか?
駒崎
「社会課題の解決」っていうとなんだかおおごとのように感じるし、そんなたいそうなことは自分にはできない…と感じるかもしれませんね。でも、ビジョンは大きくても、小さく始めることが大切です。例えば病児保育の話でいうと、病児保育問題で困っている親御さんは日本中にいますが、まず私たちがやるべきことは目の前で熱を出しているこどもを預かることなんです。一番最初にやったことは、預かってもらえる人を探すこと。誰だったと思います? 僕の母親です。
駒崎
実は当時僕は実家を飛び出していたのですが、恥を忍んで帰り、頭を下げて手伝ってもらいました。ちょっとずつ始めると、「しょうがないな」って手を貸してくれる人が現れるんです。とにかく一生懸命手を動かし、やりたいことを周囲に伝える。ほとんどの人からは無視されますが、20人に1人くらいは耳を貸してくれる。人を巻き込むというより、いつの間にか増えているという感じです。
生徒さん:「おうち保育園」立ち上げの時に内閣官房副長官の方にお願いするなど、人脈がすごいと思うのですが、どうやって関係を築いているのですか?
駒崎
実は僕は1対1で話すことがめちゃくちゃ苦手なんです。でも、何かに一生懸命取り組んで、大義を掲げて頑張っていると、ビジョンに共感してくれる人が集まってくれました。
社会のルールは、誰にだって変えられる!
最後に、今回の講演会を聞いてくださった生徒さんからの感想を紹介します。
私には高いコミュ力も確固たる理想もありませんが理不尽を嫌い謎の正義感をもって生きています。ともすれば面倒くさくもなるこの性質が、自分ではあまり好きではなかったのですが、突き詰めれば社会問題に向き合い、その解決に向かっていけるものかもしれないと思うと、少し前向きに見ることが出来ました。受け取ったバトンを私も繋いでいけるようにしたいと思います。
2年・Kさん
学校でも社会の現状について学ぶたびに暗澹とした思いでいました。それとともに、このような社会はどうせ変わらないのだから、社会に出たくないな、という思いが募ってしまっていました。ですが本日の講演を聞いて、その考えが改まりました。何もまだ行動に移していないのに、変わるわけがないと思い込むのはもったいないことなのだと痛感しました。今日の講演を通じて、小さなことでも行動に移す大切さを学びました。
3年・Kさん
一方的にお話を聞くタイプの講演ではなく、後半は隣の人と身の回りの課題を見つけ、解決策を話し合いながら見つけるという参加型だったのもとても新しくて面白かったです。普段友達と政治の話をすることはないので、友人の真剣な意見を聞くことが出来たのが本当に貴重な機会だなと思いました。これまで6年間様々な講演を伺ってきましたが、今回が一番記憶に残ると思います。ありがとうございました。
3年・Oさん
今回の講演会には、これから社会へ出て行く生徒さんたちへ向けて「誰だって社会は変えられる」、一見すると太刀打ちできないような大きな社会課題でも、小さく始めることで少しずつうねりが大きくなり、未来は変えていけるのだ、というメッセージを込めました。講演会を通して、生徒さんたちへフローレンスの思いが伝わっていたらうれしく思います。
また、フローレンスでは講演の受付も行っています。社会課題解決に関する講演を企画している方はぜひお問い合わせください。