フローレンスに寄せられた、ある女性の体験談をご紹介します。
※個人を特定できないよう、細かい設定を変更しています。
35年前の夕方の出来事
今から35年前、わたしが小学1年生の頃のことです。
ある日の夕方、わたしは家の前で遊んでいました。わたしの4歳年下の弟と、近所に住む同い年のTちゃんと一緒でした。
そこに、知らない男の人が現れました。
「こっちにおいで、可愛がってあげるよ」「おじさんは優しいからね」
と言いました。
知らない人だったのでわたしが弟を背中の後ろにしてかばっていると、その男の人はTちゃんに近づいて、Tちゃんのスカートの中に手を入れました。
そして、「次は君の番だよ」と言い、わたしを手招きすると、わたしのスカート、そして下着の中にも手を入れてきました。
しばらくいたずらされたあと、
「お父さんとお母さんには言っちゃダメだよ。」
と言って去っていきました。
弟はそばでずっと見ていました。
その日、弟もわたしも、両親には何も言いませんでした。
1週間くらいしたある日、隣町のMちゃんちにパトカーがやってきました。
「Mちゃんが道端で知らない男の人に変なことをされそうになって、おうちに逃げ帰ったみたい。それでMちゃんのお母さんが警察を呼んだんですって。おまわりさんはMちゃんの話を聞いて帰ったそうよ。パトロールを強化します、と言ってたって。怖いわねぇ。」
と母が言っていました。
そこで初めて、
「もしかして、Mちゃんのところに来たのは、あの時のおじさんだったのかな。あの日、わたしが帰ってからお母さんに言ったら、お母さんはおまわりさんを呼んだのかな。」
と思いました。
それでも、弟もわたしも、両親には何も言いませんでした。
あのおじさんに口止めされていたからです。
その後、この「おじさん」が捕まったという話は聞かなかったので、それきりになったように思います。
35年間、誰にも打ち明けたことはなかった
実はわたし、この経験談を周囲に伝えるのは初めてのことです。
当時のわたしには、あの出来事を「性被害を受けた」と理解できる知識がありませんでした。
ーー嫌なことをされたけど、お父さんとお母さんには言えない、だっておじさんが「言っちゃダメ」といったから。
ただ、今思い返すとゾッとするような小児性被害で、あの時のわたしと同じ目に遭うこどもはひとりもいなくなってほしいですし、あの男性がこどもに関わる仕事に就くなどあってはならないことだと強く思います。
今回成立した「日本版DBS」法では、このおじさんを「こどもに関わる仕事」に就かないようにすることはできない
2024年6月19日、「日本版DBS」の創設を含む、こども性暴力防止法(学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律案)が参議院本会議を通過し、可決・成立しました。
この制度は、こどもたちを性被害から守るため、こども関連施設・事業者に対し、就職希望者の性犯罪歴の有無の確認を義務付ける制度です。
では、この女性が35年前に受けた性被害と同じケースが起こった場合、この男性の情報がきちんと管理され、こどもに関わる仕事に就かないようにすることはできるでしょうか。
実は、できません。理由は以下です。
まず、「わたし」が自分が受けた性被害について、誰にも言っていないからです。この女性のように、幼いこどもは自分が性被害を受けている自覚がないことも多くあります。
また、「Mちゃん」にいたずらをしようとしたのが、この女性にいたずらをした「おじさん」と同じ男性だったと仮定しても、警察には捕まっていないためです。「Mちゃん」はちゃんと、自分がされそうになったことをお母さんに言ったのに。お母さんは警察を呼んだのに。それでもおまわりさんは、「Mちゃん」の話を聞いてパトロールを強化しただけでした。
さらに、もしこの男性が警察に捕まったとしても、「こどもの話だから信憑性がない」として逮捕につながらなかった可能性があります。また、示談になっていたら不起訴処分となり、「前科」にはならないのです。
「前科」にならなければ、DBSの照会対象からは外れてしまいます。
では、このおじさんを「こどもに関わる仕事」に就けないようにするには
では、この「おじさん」を「こどもに関わる仕事」に就けないようにするためには、どうしたらいいでしょうか。
まず、この女性が小学1年生だった時に、「こどもに対する性被害」について学べる環境があれば、なにかが変わったかもしれません。
「水着で隠れるところは他の人に見せても触らせてもいけない」と、プライベートゾーンの概念を理解していることが重要です。
周囲の大人に助けを求めたり、家に帰ってから家族に「今日こんなことをされた」と伝えたりしたかもしれません。
また、周囲の大人たちが「こどもの言うことは信頼できない」と言わず、こどもからのSOSを受け止めて真摯に対応することも大切です。
こどもが被害者となる性被害は、確認されているだけでも日本で年間1,000件起きています。
身の回りにも起き得ることとして、大人にも、こどもにもきちんと認識してもらう必要があります。
こどもと大人が適切な知識を持ち、警察につなげていたら、警察に捜査され、「おじさん」に「前歴」がついたかもしれません。
そして起訴されて有罪になれば、「前科」になり、DBSの照会対象になります。この「おじさん」は今後はこどもに関わる仕事に就くことができなくなります。
フローレンスは政策提言活動を続けます
このように、「日本版DBS」の創設を含む「こども性暴力防止法」には、まだまだ課題があります。
わたしたちフローレンスは、国内のこども・子育ての社会課題解決に取り組む認定NPO法人として、この課題にいち早く取り組み、2017年から日本版DBSの制度創設を提言してきました。
「日本版DBS」法をさらにこどもたちを守れる制度にするために、施行から3年後の制度見直しに向けて、フローレンスは政策提言活動を続けます。
こどもの心と体を守る意識を高めるための「セーフガーディング研修」の充実や、「前科」だけでなく「前歴」も照会期間につなげることなどを、引き続き提言していきます。
フローレンスには政策提言を専門に行うチームがあり、その活動は皆さんからの応援やご寄付によって支えられています。 引き続きご支援・応援をよろしくお願いします。