フローレンスが医療的ケア児支援を始めてから10年。この間利用者にどんな価値を提供でき、どんな変化を生んできたのか、また今後の課題とは何かについて話す利用者との座談会を開きました。
今回の記事では前編後編と2記事にわたり、その座談会の様子をお伝えしています。前編ではこの10年の振り返りをし、フローレンスの事業を利用した医療的ケア児とそのご家族にどんな影響があったのかを話しました。
後編では、今後の10年を見据え、まだまだ残っている課題について話し合っていきます。
こどもの節目ごとに現れる新たな壁
ーー山崎さんと篠原さんは、現在フローレンスのサービスを使って現在就労は叶えられているとのことですが、今後の生活について不安はありますか?
山崎さん
あります。今頭を悩ませているのは、小学校を卒業した後、放課後や長期休暇中に過ごす居場所の目処がたっていないことです。うちの子は今小学校6年生で、半年後に中学生になります。そこで問題になるのが小学生と中学生が利用できる制度の違いです。具体的に言うと、学童を利用できなくなることで長期休暇中の居場所がなくなってしまうことに困っています。
山崎さん
今年から夏休みなどの長期休暇中には学童を利用しているんです。学校がある時は放課後等デイサービス(以下「放デイ」)と医療的ケアシッター ナンシーを使って乗り切っていますが、夏休みなどの長期休暇になると、学校に行かなくなるので放デイとナンシーだけでは時間的に足りなくなります。特に医療的ケアシッター ナンシーは利用できるのが1回3時間まで。放課後であればこれで足りますが、長期休暇中の場合、利用時間が3時間では仕事をするのが難しいです。そこで学童を利用することにしました。
山崎さん
ただ、学童は小学生の間しか利用できないので、中学生になると新たな居場所を探さないといけません。空きがある放デイはなかなか見つからないし、次の夏休みなので一年後のことですが、今からどうしようかと悩んでいます。
山崎さん
また、これも少し先の話ですが、高校になったらまた放デイ探しをしなくてはいけないことも悩みのタネです。うちの子が通っている特別支援学校は中学校までしかありません。通う予定の高校には、今使っている放デイは送迎に行けないそうです。ということは、また一から放デイを探さないといけないということなんですよね。
山崎さん
生まれてすぐにこどもの預け先探しに難航し、障害児訪問保育アニーを使って保育問題が解決したと思ったら次は小学校に上がるタイミングで放課後と長期休暇をどうするかという問題に直面。そしてまたなんとか解決したら次は中学校、高校、と、節目のタイミングでことごとく居場所問題にぶつかります。日常生活でも毎日の支援をどう組み合わせようかと悩んでいるのに、さらに節目では大きな問題に四苦八苦する。ずっとこんな生活が続いています。
篠原さん
山崎さんのお話、我が家もいずれ直面する問題だと思うと頭が痛いです…。そして私もすでに少し先のことを考えて悩んでいます。うちの子は呼吸器ユーザーなので、小学校に上がったら、ほぼ確実に学校への親の付き添いが必要になります。周りの話を聞くと、付き添い期間は1年以上と長期になる方や付き添いが終わる目処が立っていない方もいます。それだけ長期で学校付き添いが必要となると、リモートワークできる人でもなければまず仕事は続けられません。議員の仕事はリモートワークだけでは完結できないですし、夫はサラリーマンで、そのような柔軟な働き方を会社が受け入れてくれるかは未知数です。
篠原さん
都では、特別支援学校における医療的ケア児の保護者付添い期間の短縮化事業を行うなど、年々前進してはいますが特に人工呼吸器のお子さんはどうしても一定の期間がかかっている状況。多くの親御さんが奮闘されてきた課題だと思いますので、こどもにとっても学校にとっても保護者にとっても良い方向に進むよう議員としても解決策を模索していきたいと思っています。
成長しても居場所を確保できる仕組みづくりを、これからも。
ーー節目のたびに新たな壁に直面する、という課題を今聞いて、フローレンスとしてはどう受け止めていますか?
黒木
お話をうかがって、10年間の活動の中で居場所づくりや制度を変えたりなどできたこともたくさんあるけれど、まだまだやることが山積みだなと感じました。まずは我々が培った知見をどんどん外部に広めていきたいですね。
小野
そうですね。周りを巻き込むというのは私も大事だと思います。障害児保育園ヘレンでは、10年間医療的ケア児を受け入れて保育をしてきた経験から、今後外部への研修をしていくことになりました。これまで培ったノウハウをわたしたちだけで抱えているのではなく、外部に発信していくことで、医療的ケア児を預かることに対しての恐怖心を払拭できたらと考えています。わたしたちも最初はわからないことも多くて不安でしたが、続けていくことで不安はどんどんなくなっていきました。対象のこどもも増やしていき、今では人工呼吸器が必要なこどもも受け入れられるようになっています。そうやって『わからないからこわい』をなくしていき、社会全体で医療的ケア児を受け入れる保育園が増えていったらいいなと思います。
池田
医療的ケアシッター ナンシーも同じように、ノウハウを広げていくために何かできないかと話し合っているところです。特に看護師は、病院外での看護経験がない方も多いので、小野さんが言っていたように『わからないからこわい』ということもあると思うんです。でも在宅で小児をみるということの良さもあるので、そういうことを広めていきたいです。
それと、山崎さんも篠原さんも『節目ごとに問題が現れる』とおっしゃっていましたが利用者さんからも同じような話を聞きます。特に18歳以降の居場所については、お子さんが小さいうちから考えている方もいます。わたしたちにも、医療的ケア児の支援をする中でたくさん情報が入ってくるので、それを発信できたらと思っています。
花形
『節目問題』については障害児訪問保育アニーも力になりたいと思っています。スタッフの中にも、卒業してからも担当のお子さんに関わりたいという人は多く、何かできないかとずっと考えていました。小学校に上がった時、学童で関わるというのはありなんじゃないかと山崎さんの話を聞いて思いました
小野
障害児保育園ヘレンでは自治体から委託を受けて、学童に吸引をしに行っていました。うちも保育園なので、卒業して小学校に上がったお子さんのケアが継続してできるというのはすごく嬉しいことなんです。そうやってちょっとずつ手伝える範囲を広げていけるといいですよね。それが社会全体に広がっていけば『点』で終わらない支援ができるんじゃないかと思います。
黒木
この10年、フローレンスは、医療的ケア児のご家族のニーズをキャッチしてどうすれば解決できるのかを考え事業化してきました。今ここで、利用者さんから直接お話をうかがって、これからの10年わたしたちがやるべきことが少し見えてきた気がします。究極を言うと、医療的ケア児のケアは専門職がやるものである、という分断をなくしていきたい。私自身も専門職ではないので医療的ケアの手技はできない。だけど気にかけることは私にも、誰にでもできる。それが当たり前になるといいと思います。8月に実施したパラeスポーツ・フェスタのようなイベントを通じて、インクルーシブな風土を作っていく。風土が変われば、もっともっと暮らしやすくなる。事業と両輪で、風土を作ることにも取り組んでいきたいです。
これからの10年も医療的ケア児にとっての課題を丁寧にすくい取り、こどもと家族にとって住みやすい社会となるようフローレンスは走り続けます。活動の支援をすることであなたも一緒によりよい社会を作りませんか?