ふだんの仕事の中で、あるいはひとりの生活者として。
報道を目にしたとき、制度の動きに触れたとき、わたしたちの胸にふと立ち上がる感情や問い――。
そんな「わたしの声」をことばにして届けるのが、この「Director’s Voice」です。
フローレンスのディレクターたちが、それぞれの視点で、いまの社会に対して思うことをつづります。
第2回は、「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律(医療的ケア児支援法)」成立にも深く関わった、フローレンス副代表理事の黒木健太が登場。
制度づくりの当事者であり、現場を見続けてきたひとりとして、「専門性が生む壁」と、そこから見えた「インクルーシブ」な未来の可能性について考えます。
わたしが「インクルーシブ」を考え始めたきっかけ
こどもを初めて保育園に預けた日のことを、今でも鮮明に覚えています。
家族としか過ごしてこなかった子が、家族以外の大人に甘え、愛情を向けられている姿を見たとき、なんだかとても誇らしいような、不思議な喜びを感じました。
いま、障害児保育園ヘレンを訪れると、同じような気持ちに包まれます。
10年前だったら保育園に通うことさえ難しかったかもしれない医療的ケア児が、こどもが大好きで一生懸命なヘレンのスタッフと、かけがえのない時間を過ごしている。
その光景は、わたしにとって大きな希望です。
でも、同時にこうも思うのです。
この景色は、まだまだ限られた場所でしか見られないのではないか。
障害のあるこどもたちと日常的に接する機会は、驚くほど少ない。「知らない」という現実が、見えない壁を生んでいるように感じています。
わたしが思い描く「インクルーシブ」とは、障害の有無にかかわらず、こどもたちや家族が「一緒に遊ぼう」と自然に声をかけ合えること。
そのためにはまず、「知り合う機会」「一緒に過ごす機会」がなによりも大切です。
インクルーシブ・テックは、そんな「ごちゃまぜ」のきっかけを生み出すために始めたプロジェクトです。
今年の8月も、パラeスポーツ・フェスタ2025でこどもたちと一緒にゲームを楽しめるのを、今から楽しみにしています。
この活動を通して、少しでも多くの「知らない」が「知っている」に変わり、温かな交流が生まれることを願っています。
「入れる保育園がない」そんな声から始まったヘレン
2012年、ある保護者から連絡がありました。
「育休から復帰したいけれど、医療的ケアが必要な我が子を預けられる保育園が見つからない」。
スタッフが東京23区の保育園に片っ端から連絡しても、「受け入れ可能」と言ってくれる園は一つもありませんでした。
それをきっかけに、2014年、わたしたちは障害児保育園ヘレンを開園しました。
「居場所がない」という切実な声に応える、わたしたちの第一歩でした。
あれから11年。
昨年度の調査では、わたしたちが預かる医療的ケア児の数と、都内の他園が預かる数が、約60名ずつと並びました。「入れる園がひとつもなかった」11年前から考えると、社会は確実に変わってきています。
この間、障害児保育の実践だけでなく、報酬改定や「医療的ケア児支援法」の成立など、制度面でも環境改善に取り組んできました。
「専門」がもたらす「断絶」への問いかけ
けれど、そんな中で、ふと立ち止まる瞬間がありました。
きっかけは、井手英策さんの著書『壁を壊すケア』を読んだことでした。
わたしたちは、確かに「居場所がなかったこどもたち」に場をつくってきた。
でも同時に、「ここは特別な子の場所」「ケアは専門職が担うもの」という意識を、社会に広げてしまってはいないか。
それが新たな線引きを生み、社会との間に「断絶」をつくってはいないか。
よかれと思って全力を注いできた「専門性」が、かえって「壁」を高くしてしまったのではないか——
そんな問いに、いまわたしは向き合っています。
テクノロジーがごちゃまぜをつくる
もちろん、他に行き場がないというご家族から寄せられる言葉は、どれも温かく、そして切実です。わたしたちがつくる「安心できる場」が、確かに必要とされている。
だからこそ、わたしたちは障害児保育の運営を続けながら、もうひとつのアプローチとして「インクルーシブ・テック」に挑戦しています。
インクルーシブ・テックとは、誰もが社会に参加できるようになるためのテクノロジーです。
目が悪い人がメガネをかければ見えるようになるように、標準のゲームコントローラーが使えない人でも、専用のコントローラーがあれば一緒に楽しめる。
PC操作だって、工夫しだいで誰にでも開かれたものにできる。
こうした技術は、まさに「ごちゃまぜな社会」をつくるための、強力なツールだと思っています。
目指すのは「誰にでも一緒に遊ぼう」と声をかけられる社会
わたしたちの願いは、たとえば公園でこどもや孫と遊んでいるとき、
そばにいる子が障害のある子でもない子でも、自然に「一緒に遊ぼう」と声をかけられる社会をつくること。
一見すると、とてもささやかなことかもしれません。
でも、誰もが自然に「一緒に遊ぼう」と声をかけられる社会には、確かな豊かさがあるとわたしは信じています。
その未来に向けて、これからも一歩ずつ、前へ進んでいきます。
書いた人 黒木 健太

ヘルスケア企業の営業・マーケターを経て2018年フローレンス入職。「医療的ケアシッター ナンシー」を立ち上げる。2023年ディレクター(執行役員)就任。医療的ケア児に関する政策提言にも関わり、2021年の医療的ケア児支援法成立に尽力。
健康のために始めたランニングにハマりすぎて、不健康になってないか心配している今日このごろ。

