こどもが熱を出した。仕事は休めない。「今日どうしたら…」
こみ上げる焦燥感に、呆然と立ち尽くす親たちのもとへ。
フローレンスの病児保育は、そんな突発的な困りごとに応え続けてきました。事業開始から20年。これまでに駆けつけたご家庭は累計15万件以上にのぼります。
体調を崩したこどもと、働く親御さんの両方に寄り添いながら、病児保育は少しずつ社会に広がり、今では欠かせないインフラとなりつつあります。
そんな病児保育になくてはならない存在が、実際に現場に駆けつける保育スタッフ「おやこレスキュー隊員」です。今回はともに10年以上の経験を持つ二人の隊員にインタビューを実施。これまでの経験や社会の変化などさまざまなお話を聞きました。
宮坂 みゆき

美容師を経験後、こどもに携わる仕事を希望しておやこレスキュー隊員となった。創設間もない時期からフローレンスの病児保育から携わり、2026年4月で17年目に突入する。趣味は歌うこと。
木場 直子

保育士や介護福祉士の経験を持つ。子育て世帯そのものを支える仕事に関心を持ち、おやこレスキュー隊員に。こどもだけでなく親も支えることを大切にしている。好きな絵本は「わにわにのおおけが」と「すなばばば」 。
なぜ、この仕事を選んだのか
──まずはお二人がおやこレスキュー隊員として働き始めたきっかけを教えてください。

宮坂
元々こどもは好きだったんですが、社会に出たころは美容師をしていました。でも、下の息子が中学を出るタイミングで、やっぱりこどもに関わる仕事がしたいと思って、見つけたのがフローレンスの病児保育。当時は子育て経験12年以上が条件だったので、まずは応募してみようかなと思ったのがきっかけでした。
──いきなり病気のお子さんを預かるのは難しそうと感じませんでしたか?

宮坂
当時は「病児保育」という仕事自体がほとんどなくて。こういう仕事があるんだっていう驚きのほうが大きかった。ベビーシッターみたいなお仕事がしたいと思って探していたときに見つけたので、ぜひやってみたくて。
あとは、私自身がシングルマザーの経験があることも大きかったです。美容室を開業していたので、こどもたちが病気になってしまうと、本当に頼るところがなかった。保育園をお休みして、美容室のバックルームにベビーベッドを持ち込んだり、背中に背負ったりして、昭和の漫画のような感じで子育てしていました。振り返ってみると、そういった経験からも病児保育の仕事に惹かれたんだと思います。
──木場さんはいかがでしたか。

木場
私は保育と介護の仕事を経験したのち、パートナーの仕事の関係でアメリカに転勤したことがあったんです。現地の日本語補習校の乳幼児親子教室で保育士をしていたんですが、乳幼児親子教室は母子が対象で、小さい子だけでなく、お母さんたちの話を聞くうちに親子両方をサポートする仕事に魅力を感じるようになりました。
帰国後、保育か介護の仕事を探そうと考えたときに、やっぱり親御さんにも寄り添いたいという気持ちが強くて、親子を助けられる仕事ということで病児保育に応募。あとは、病気のこどもの対応は通常の保育よりも難しそうだと感じてチャレンジしてみようと思いました。

「いつでもどんと来い」。親子を支え続ける“覚悟”
──実際におやこレスキュー隊員として働き始めてみてどうでした?

木場
やっぱり、日々ご家庭のお役に立つ実感を得られるのは、この仕事ならではのやりがいでしたね。病気のお子さんにとっては、ただでさえ親御さんと離れるのが悲しいのに、知らない人が来てびっくりして泣いちゃうことも。そして、親御さんも少なからず、後ろ髪引かれる思いでお仕事に行くわけです。
だけど、無事に1日が終わって笑顔のお子さんと再会できると、「今日頼んでよかった」という雰囲気になりますし、感謝も伝えてもらえます。こういった手応えを感じられるのが魅力ですよね。

宮坂
私も同じですね。その日初めてお会いしたお子さん、親御さん、ご家庭の中に入っていくお仕事なので、帰ってきた親御さんがお子さんを見て安堵されたり、「今度もフローレンスにお願いしたい」というようなお言葉をその場でいただけることが何よりでした。
親子とも表情が朝と全く違って明るくなっていると、「よっしゃ」という気持ちになるんです。この感覚がうれしくてやめられなくて、仕事が大変でも続けてこれた気がします。
──毎日どこに行くかわからない、いつ依頼があるかわからない大変な仕事ですよね。

木場
前日の夜に病児保育の依頼が来て、事前にお子さんの症状や訪問先への行き方などをいろいろ確認するんですけど、キャンセルになることも多々ありますし、朝に依頼が来てすぐに家を飛び出るみたいなこともあります。
でも刻一刻と変わるご家庭の状況に合わせて伴走し続けるからこそ、ご家庭の支えになれる。「朝起きたら熱が出てた」「明日どうしよう」といった突発的なSOSに応えるにはもうこの形態しかないと思うので、やはりやり続けないといけないことだと思っています。
とにかく困っている親御さんとお子さんのところに駆けつけ続ける。その覚悟はできているので、「いつでもどんと来い」と思っています。

宮坂
木場さんの仰る通りでキャンセルになるときは、いったん自分もリセットして、次の訪問先の準備をしなくてはならないんです。でも、そこは心の持ち方が大切だと思っていて、「元気になられたんだ」とか「親御さんの都合がついたんだ」といったように前向きに受け取っています。
初対面のこどもたちと、どう関係をつくるのか
──お子さんとは、初めて会うケースが多いのですよね? スムーズに保育できるものなのでしょうか?

宮坂
いろんな性格のお子さんがいて、症状もさまざま。訪問したらまずお子さんの様子を見て、どんな遊びや本が好きなのか観察して、一日を過ごす計画を立てます。
熱が高くて一日寝たきりで過ごされるお子さんもいるし、咳が出るのに飛び跳ねてしまったり走り回ったりするお子さんもいる。お子さんの個性や状況に合わせて、関係性を構築していきます。

木場
体調を崩しているお子さんを預かる難しさや命を預かる責任というのは日々感じています。でも、その責任を感じているからこそ、宮坂さんが言ったように一生懸命、お子さんを観察をしたり、親御さんとコミュニケーションを取ったりと、努力を重ねています。

──訪問を重ねるなかで大切にしていることを教えてください。

宮坂
目の前のお子さんの最善を考えることにつきます。それから体調によっては、お子さんの笑顔を引き出して、安心していただくことも。「安心・安全・信頼」をずっとモットーにしている気がしますね。

木場
宮坂さんと同じですが「安心・安全・信頼」は最重要ですね。あとわたしの場合は、親御さんにも必ず寄り添うことを心がけています。自分も子育て経験があるから大変さがわかるし、親御さんの年代ってわたしのこどもたちくらいなんですよね。親御さんを応援する気持ちは絶対忘れないでいたいなと思っています。
──フローレンスの病児保育はひとり親家庭への支援として、低料金で病児保育を提供しています。訪問する際に何か違いはありますか?

宮坂
保育の面で大きな違いはありませんが、帰りの引き継ぎの時に「こどもが小さいうちはどう過ごしていけばいいんでしょう…」と不安を口にされたり、子育ての大変さをお話しになったりすることも。わたし自身もひとり親の経験があるので、「お母さん、すごく頑張ってますよ」「ちゃんとお母さんの背中を見てますよ」と伝えると、涙をポロポロと流されたり。
レスキュー(病児保育)を通じてお子さんだけでなく、お母さんにも「少し笑顔になれました」「元気出ました」って方もいて、少しでも力になれたんだなと感じました。

木場
お子さんも親御さんも頑張りすぎていないか、気づけるようにしていたいです。「このお母さん、頑張りすぎているな」と感じる時には、話しやすい雰囲気を作ったりします。お子さんも頑張りすぎている時があるので、その時は今日この時間だけでもしっかり甘えられるように、という関わりを持つようにしています。

親子と社会の変化。「こどもがかわいそう」は過去のものに。
──長年レスキューを続けるなかで、子育て家庭に時代の変化を感じる点はありますか。

宮坂
お父さんの関わりがすごく増えました。通勤の際もお父さんが保育園に送り迎えしている姿も見かけますし、レスキューでもお父さんから引き継ぎを受けて預かることが増えましたね。

木場
同感です。昔はお父さんからの引き継ぎは、お子さんの症状を把握していないなど困ることも多かったんですが、今はほとんどそんなことなくなりました。お互いの仕事をしっかり尊重しながら、家事も分担している素敵なご家庭が増えたと感じます。

宮坂
病児保育を始めたころはスーパーに寄って食料品を買って、保育園に迎えに行って帰ってくるお父さんってなかなかいなかったです。キッチンに立つお父さんも増えたように感じて、本当に変わったなと感じています。
──お二人とも本当によくお子さんや親御さんの様子を見ているんですね。

木場
わたしたちにとって毎回が初めての場所で、初対面のお子さんとの出会いです。短い時間で関係を構築するため、何が好きなのか、どういう気持ちか、何に反応してくれるかなどしっかり見ないと対応できないんですね。
親御さんについても同じで、朝の引き継ぎ15分でしっかり要望や意向を把握します。おやこレスキュー隊員は自然と観察力が磨かれて、保育の引き出しも増えていくんじゃないかな。
──お二人は経験が長いですが、病児保育がまだ社会に普及していないころは、どんな受け止められ方でした?

宮坂
親御さんの代わりにお子さんを受診に連れて行くことがあるのですが、クリニックの先生に「病気の時に親が来ないの? あなたに話すことはないよ」みたいに言われることも。結構ショックでしたけど、目の前のお子さんに目を向けるという感じで乗り越えてきました。

木場
最初は本当にそんな雰囲気で、多くの隊員が経験したと思います。ドクターに「なんでこんな仕事してんの、このお子さんかわいそうじゃない」と言われたこともあり、本当にへこみました。それでも「家庭の役に立ってるんだ。一日この子を守るんだ」と言い聞かせながら続けてきたんですが、最近は本当に反応が変わりました。
今は薬局でもクリニックでも温かく迎えていただけるし、他の患者さんからも温かい視線を向けてもらえます。「どうやったら利用できるんですか」と関心を持ってくれる方もいて、しみじみ変化を感じます。

宮坂
世の中からの見方が変わりましたよね。ドクターから「懐いてますね。すごいね」と言われるくらいで。一件一件の病児保育が社会に伝わる機会になって、信頼を積み重ねてきたという感覚があります。
──コロナ禍以降は在宅勤務も増えました。お預かりにも影響していますか?

木場
お子さんは切り替えが早いので、昔はどんなに泣いていても、親御さんが出かければ割とすぐ仲良くなれました。でも今は、親御さんがお隣の部屋にいるから、気持ちの切り替えがなかなか難しい。「今日は隊員と遊ぼう」という気持ちになってもらうため、高いスキルが要求されるようになってきました。
さらには保育する場所と同じ部屋でお仕事されている場合もあるので、親御さんの就労環境を守るということも、わたしたちが頑張らないといけない部分になってきています。

宮坂
プラスの面もありますね。何かあった時にすぐ声かけして、相談できることもあります。ご飯の時に来てくれるだけでも、少しお子さんの気分が楽になることもあります。いいこともあれば大変なこともあります。
一つ一つのレスキューが社会を変えてきた
──これからも世の中が変わっていくなかで、おやこレスキュー隊員としてどのように取り組んでいきたいですか?

宮坂
お父さんやお母さんだけじゃなくて、もっと地域や社会で子育てを一緒にしていくのがあたりまえになったらいいなと。「こどもが病気の時になんで預けるの」と言われていた時代から、病気の時だからこそ誰かの力を借りて、子育てとお仕事を両立できるようになるといいですよね。
自分の仕事も、そういう風に社会を変える一つの点になっていたらいいなと考えています。その点が集まって線になって、社会の変化につながっていったらうれしいですね。

木場
親や祖父母でもない、繋がりのない大人に優しく看護され遊んでもらったことは成長する上で貴重な経験だと思っています。お子さんには「知らない大人が来たけど結構楽しかったな」と感じてもらう機会を積み重ねていけるといいなと思います。また親御さんにも大変ななかでも、少しでも子育ての楽しさを感じてもらえるように、寄り添う気持ちを忘れないで勤務していきたいです。

宮坂
フローレンスの病児保育の現場で働けたら、どこでも働けるんじゃないかって思えるくらい、皆さんすごいスキルを持っていると思っているんです。
昔は開始時間までにご家庭を訪問することが大きな役割。でも今は信頼が深まって、対応できる病状や状況の幅も広がっています。ご家庭からの期待に応えようと、一人ひとりの隊員が積み重ねてきた結果だと思います。
そうやって一件一件向き合ってきたことが、少しずつ社会の変化にもつながってきたのかなと感じていますし、これからも目の前のご家庭にしっかり向き合っていきたいです。
現場や利用者の声から、病児保育の20年を見つめてきました。
その裏側には、どんな思いや判断があったのか。
事業責任者 杉山のインタビューも、ぜひ合わせてご覧ください。

フローレンスの病児保育20周年特設ページでは、これまでともに歩んできた皆さんとのエピソードや、20年の歩みを紹介しています。こちらも合わせてご覧ください。
