給与明細、見ましたか?
この春から、新しい天引きが始まっています。
「子ども・子育て支援金」——会社員なら、多くは5月の給与から。健康保険料に紛れて、気づかないくらいのわずかな額かもしれません。国の試算では、全制度平均で月250円ほど。2028年度には450円まで、段階的に増えていく見込みです。
「未来への投資」と言う人もいれば、「独身税」と呼ぶ人もいる。子育てをする人と、しない人。支える側と、支えられる側。その境界線をめぐって、世の中はざわついています。
でも、わたしがずっと感じてきた境界線は、給与明細には載らない、もっと静かなものでした。
「お子さん、いらっしゃるんですか?」
フローレンスに入社してから、何度この質問を受けたか分かりません。
そのたびにわたしは、少しだけ言葉を選び、「いいえ」と答えます。
正直に言えば、わたしはこどもが特別好きなタイプではありません。泣き声に戸惑うこともあるし、どう接していいのか分からなくなることもある。それでも今、子育て支援のNPO法人で、日々こどもたちの未来について考えています。
これは、そういうわたしの話です。
「親にならないと、分からない」
ある会議でのことを、思い出します。
なぜ制度だけでは足りないのか、現場は今どうなっているのか。テーブルを囲む全員が、熱を持って議論を重ねていました。
その場の空気が、少し変わった瞬間がありました。
「やっぱり、親にならないと分からない切実さってありますよね」
誰かがぽつりと言いました。悪意はまったくない。むしろ、当然のことを確認するような、穏やかな一言でした。
議論のテーブルにいたはずなのに、気がつくと観客席にいる。そんな感覚でした。子育ての悩みや社会の不備が、いつの間にか「親たちの話」として閉じられていき、こどもを持たないわたしや同僚の居場所が、すっと消えてしまったようでした。
わたしも、そのあたりまえを生きていた
でも、思ったのです。
誰かが境界線を引いたわけではなかった。
「あなたは外側の人だから」と言われたわけでも、視線で示されたわけでもない。わたしは自ら、観客になった気がするのです。
「子育ては、親が語るもの」というあたりまえを、わたし自身が疑いもせず実践していた。
では、そのあたりまえはどこから来るのでしょうか。
なぜ「子育て=親の話」になってしまうのか
会話でも、メディアでも、政策の議論でも、主語になるのはたいてい「子育て世帯」です。「当事者の声を大切にしよう」という言葉は、そのまま「親の声を反映しよう」という意味で使われることが多い。
もちろん、それ自体はとても大切なことです。これまで「家庭の問題」として扱われ、社会に届きにくかった親たちの声が、「当事者の声」として尊重されるようになったことには、大きな意味があります。
ただ、その「当事者」という言葉が、いつの間にか「親」を指す言葉として固定されていくと、少しずつ見えなくなるものが出てきます。親ではない人、こどもを持つ予定のない人、こどもを持ちたくても持てなかった人。そうした立場は、明確に排除されるわけではないものの、議論の前提には組み込まれにくい。
誰かが意図して線を引いているわけではありません。
ただ、「子育ての話=親の話」という前提が、自然に共有されている。わたしが聴衆側になってしまったのも、その空気を自然に読んだからだったのだと、今は思います。
子育てを「一部の人の話」にしてよいのか
日本の世帯構成を見ると、「児童(18歳未満の未婚の子)がいる世帯」は全体のおよそ16.6%(厚生労働省「2024年 国民生活基礎調査」)。1986年の調査開始時には46.2%、つまり「2世帯に1世帯」が子育て家庭だった時代から、40年足らずでその割合は3分の1近くまで激減しました。
子育て世帯は今や、5世帯に1世帯以下という少数派です。
少子化や社会保障、地域の持続可能性といったテーマは、本来、より広い範囲の人が関係するものです。「親の話」という枠をはめ続けることには、どこかアンバランスさがあるように感じます。

当事者であることと、関われることは同じではない
たとえば道路や水道のように、社会の仕組みを整えるとき、設計者が必ずしもその利用の中心にいるとは限りません。全体を俯瞰して持続可能な仕組みを考えるには、少し距離を置いた視点も必要になる。子育てに関する制度や社会のあり方も、同じではないかと思うのです。
子育て中の親たちは、日々のケアと仕事に追われています。
6歳未満の子を持つ母親の家事・育児時間は1日平均で約7時間半、父親も約2時間。(令和3年 社会生活基本調査 生活時間及び生活行動に関する結果(総務省統計局))その余力で制度を変えるために声を上げ続けることは、簡単ではありません。
問題なのは、親に「もっと頑張れ」と求めることではなく、子育てを「当事者」だけに語らせ、担わせる設計そのものだと思います。
あなたも、当事者だと思う
子育ての現場を支えているのは、親だけではありません。
保育士や教員、制度を設計する人、日々の仕事を通じて社会の基盤を支えるすべての人たち。誰も「親の代わり」にはなれないけれど、「親だけではない手」がなければ、この社会は回りません。
そしてわたしは、少子化や子育て環境の問題を「社会全体の問題」と感じている人もまた、当事者だと思っています。こどもがいてもいなくても、親になるつもりがなくても、この社会の行方を気にかけているなら。「いまの分断がなんとなく嫌だ」という違和感を持っているなら。
わたし自身がそうです。
こどもが特別好きではないわたしがここにいるのは、世の中のアンフェアをなんとかしたいという気持ちと、「小さな解を作って広げる」というフローレンスの方法論に共鳴したからです。
子育てのことを、親たちだけで考えなくていい社会の方が、きっとみんな少しラクになれる。そう思いながら、今日もここで仕事をしています。
この記事に書いたことは、まだ答えの出ていない問いの途中です。
「子育て支援のNPOなのに、フローレンスって多様性なくない?」
そんな問いを同僚にぶつけるところから、対話は始まりました。探り探りで、ときどき気まずくて、それでも逃げずに最後まで。記事には書ききれなかった行ったり来たりも含めて、よかったら、続きを聴いてみてもらえたら、うれしいです。

書いた人 清野 友花

認定NPO法人フローレンス広報。メーカー系商社で人事を経験後、2019年入職。
こども・子育てに関する社会課題の発信を担当。こどもを持たない当事者としての視点を大切にしている。図鑑を読むのが好き。


