「夏休みが来るのが怖い」。
こどもたちが待ちわびる夏休みを前に、フローレンスが実施したアンケートには、ひとり親の親御さんからこんな声が寄せられました。
アンケートや日々の支援を通じて寄せられる声からは、夏休みを懸命に乗り切ろうとする親御さんの姿が浮かび上がります。
朝は5時に起きて上の子の昼食を作り、下の子を保育園に送ってから出勤。退勤後もお迎え、買い出し、夕食作り、洗濯、寝かしつけ、そして翌日の昼食の下ごしらえに追われ、自分は座って食事をする時間すら取れないまま一日が終わっていく――
楽しいはずの夏休みは、一人で家計と育児を担う親にとって、一年で最も「時間」が削られる過酷な季節でもあります。
なぜ、どれほど努力しても時間が足りなくなってしまうのか。そこには、どのような社会の仕組みが関係しているのか。「こども宅食」など困窮家庭の支援に長く関わってきたディレクターの本間さんに聞きました。
話を聞いた人

寄付型事業部門(ソーシャルワーク・こどもの貧困支援)ディレクター 本間奏
総合商社の法務部および営業部を経て、こどもを育てた経験等から親子に関する社会課題に取り組む仕事に就きたいと考え、2019年にフローレンスに入職。新規事業立ち上げや政策提言活動などを担当し、2026年にディレクター(執行役員)就任。現在は子育て世帯の孤立・困窮に係る支援事業を統括。
楽しいはずの夏休み。その裏で親子に起きていること
──世間が夏休みの話題で盛り上がる7月~8月、支援の現場ではどのような相談が増えるのでしょうか。
本間:この時期に多く寄せられるのは、夏休みに発生する「生活コストの増加」に関する具体的な相談です。
最も直接的な要因は、学校給食がなくなること。約1ヵ月半にわたり、1日3食をすべて家庭で用意しなければならなくなります。昨今の物価高騰の影響もあり、「給食がない期間の食費のやりくりが非常に厳しい」「食費を抑えるために1日の食事回数を減らさざるを得ない日がある」「自分の食事を抜いてこどもに食べさせている」といった声が、アンケートでもあがっています。
──食費に加えて、夏の暑さも影響しているそうですね。
はい。近年の厳しい猛暑を乗り切るためには、エアコンの稼働が避けられません。しかし、電気代をはじめとする光熱費の負担は非常に重く、「食費を削ってエアコン代に回す」という声や、逆に「電気代を気にして冷房を我慢してしまうが、体調面で限界を感じる」といった声も寄せられています。
冷房による健康管理と、日々の食費の確保。これらの維持を同時に求められることが、夏休みのやりくりをさらに難しくさせています。

「楽しい休みにしてあげたい」というひとり親の願いと、現実のギャップ
──こどもを喜ばせたいという気持ちがある一方で、現実的なやりくりに追われるジレンマがあるのですね。
その通りです。「せっかくの休みだから、少しでも楽しい時間を過ごさせてあげたい」「思い出を残してあげたい」と願う気持ちは、どの親御さんも共通して持っています。
しかし、毎日の食事の準備や光熱費の計算、仕事中のこどもの見守りといった山積みの課題を目の前にすると、「夏休みが近づくのが不安だ」「長い休みが正直こないでほしい」というように、夏休みの到来そのものを負担に感じてしまうというジレンマを抱えています。
周囲に頼れる人が少なく、自分一人でこれらの調整を抱え込んでしまうことで、「親としての役目を十分に果たせていないのではないか」と自責の念を抱き、孤立してストレスを抱えてしまうケースも少なくありません。
こうして家計のやりくりに追われる中で、実はお金の問題と同じくらい、親御さんたちから「時間」が失われていくというもう一つの課題が見えてきます。
経済的困窮だけじゃない。「時間の貧困」とは
ひとり親家庭が抱える困難は、経済面だけに留まりません。背景には、働いても生活が安定せず、同時に物理的なゆとりも失われていく「時間の貧困(Time Poverty)」という構造問題が、親子の生活に深く影響を与えています。
「時間の貧困」は、個人の問題ではなく社会の構造問題
──その「時間」の課題について、詳しく教えてください。
本間:わたしたちはこれを、社会構造的な問題としての「時間の貧困」と捉えています。個人のタイムマネジメントの良し悪しを指す言葉ではなく、「どれだけ努力しても、物理的に時間が足りなくなる社会構造」を説明するための用語です。
ひとり親が朝から晩まで働き、一人で育児も家事もすべてを背負わざるを得ない環境に置かれたとき、そこには個人の気合いや要領ではどうしても生み出せない「時間の壁」が存在します。わたしたちは、この構造そのものを課題視しています。
解消困難な「トリレンマ」の罠
──その「時間の壁」は、具体的にどのような形で現れるのでしょうか。
日本のひとり親家庭の多くは、「経済的安定」「心身の健康」「こどもとの時間」の3つを同時に満たすことができない「トリレンマ」の中にいます。
例えば、生活費を稼ぐために労働時間を増やせば、経済的には少し安定するかもしれません。しかしその分、こどもと過ごす時間は失われ、親自身の心身の疲労も蓄積していきます。逆に、こどもとの時間を確保しようと労働を抑えれば、今度は経済的な困窮が進んでしまいます。この3つのうち、どれかを立てればどれかが崩れるという状況が、構造的に起きているのです。

特にひとり親家庭は、こどもが急に病気になった際や、学校からの呼び出しなどに一人で対応しなければならず、その結果、「時間の融通が利きにくい」「出張や残業が難しい」など働き方の制約が多い現実があります。国の調査でも、母子家庭の約4割がパートやアルバイトなどの非正規雇用(※)という結果が出ています。しかしこうした働き方は、長時間働いても給与が十分に得られにくくなり、トリレンマをさらに深刻化させます。
※こども家庭庁 令和3年度全国ひとり親世帯等調査より
夏休みに激増するタスクと「余白」の消失
──そのトリレンマが、夏休みになるとさらに顕著になるのですね。
はい。夏休みに入ると、それまで学校というインフラが担っていた役割が、すべて親個人のタスクとして戻ってきます。具体的には、昼食の準備、親が働いている間のこどもの安全確保、学童や仕事のスケジュール調整などが一気に増えます。仕事の後にこれらの家事や育児をすべて一人でこなすため、自分の時間を十分に持てず、心身を削りながら走り続けることになります。
このトリレンマの中で、生死に直結しない「こどもとの時間」や「親の休息」は真っ先に犠牲にされがちです。しかし、こどもとゆっくり向き合う時間が取れないことは、親の精神的な孤立やこどもに対する罪悪感をさらに深める大きな要因となっています。
アンケートが示す「時間のなさ」に対する親たちの葛藤
こうした親たちの苦悩は、「個人の努力で解決できるレベルを超えている」と本間は語ります。ひとり親を対象にフローレンスが実施したアンケート結果は、そのことを裏付けています。
アンケート概要
- 調査対象: フローレンスの支援を利用するひとり親家庭
- 有効回答数: n=1,177
- 調査時期: 2026年6月
時間がない親の99.4%が抱える「こどもへの申し訳なさ」
──アンケートの結果から、どのような事実が見えてきましたか。
本間:「こどもと過ごす時間が十分でない」と感じている親御さんの中で、「こどもに対して申し訳ないと感じる」と回答した人は、実に99.4%に達しました。

内訳を見ると、「常に思う」が57.1%、「しばしば思う」が31.6%を占めています。その数字の背景には、親子の間で日々起きている、ささやかなすれ違いや我慢があります。別途行ったインタビューでは、「話しかけられても、つい『あとでね』と後回しにしてしまう」「親の忙しさを察して、こどもがやりたいことを言わずに我慢しているように感じる」といった声も聞かれました。
親もこどもも、お互いを思っているからこそ無理をしてしまう。そうした小さな我慢の積み重ねが、親御さんの胸に「申し訳なさ」として残っていることがうかがえます。
──アンケートの自由記述には、どのような声が寄せられていますか。
「どんなに疲れていても、自分の体力を削ってこどもと過ごす時間を作っている」という切実な声が目立ちます。まさに、こどもとの時間を確保しようとする結果、自身の健康を損ないかねないという「トリレンマ」ですね。その一方で、十分に向き合えない現状に対して「自分がダメな親だからだ」と、原因をすべて自分自身に求める自責の念も示されています。
ただ、これは「親個人の努力不足」の話ではありません。親が一人ですべてを背負うことを想定していない社会の側の問題だからこそ、これほど多くの親御さんが、同じ場所で同じように自分を責めているのです。
なぜ「時間の貧困」は見えにくいのか
この記事を読んでいる方の中には、「時間の貧困」という言葉を初めて耳にしたという方も少なくないかもしれません。これほど多くの親御さんが同じように苦しんでいるにもかかわらず、なぜこの「時間のなさ」やそれに伴う葛藤は社会に気づかれにくいのでしょうか。
そこには、現在の社会システムが抱える構造的な前提があります。
「大人が二人いること」を前提に作られた社会の仕組み
──これだけ深刻な状況がありながら、問題が表面化しにくいのはなぜですか。
本間:日本の多くの社会インフラや制度が、いまだに「大人が二人以上いて、役割分担ができる家庭」をベースに設計されているからです。学校、学童、そして企業の働き方に至るまで、「誰かが時間を融通できること」が暗黙の前提になっています。
そのため、大人が一人しかいない家庭になった瞬間、そのシステムとの間に大きな「ズレ」が生じます。
例えば、夏休みの「お弁当作り」や「日中の安全確保」も、大人が複数いれば交代で対応したり、どちらかが仕事を調整したりできます。しかし、一人で「稼ぎ手」と「育て手」の二人分を担う家庭では、調整する余白そのものがありません。社会がいわゆる「標準世帯」をあたりまえとしたまま動いているため、ひとり親家庭が個人の限界を超えて必死に合わせにいかざるを得ず、その結果として「時間のなさ」が家庭の内部に埋没してしまうのです。

「個人の要領の悪さ」にすり替わってしまう罠
──時間のなさは工夫次第でどうにかならないのでしょうか。
実は、そのまなざしこそが問題を見えなくしている正体です。時間の不足やそれによる生活の乱れは、外側からは「親のタイムマネジメントの甘さ」に見えがちです。「もっと効率よく家事をすればいいのに」「要領が悪いのではないか」という視線を向けられることを恐れ、親御さん自身も声を上げられなくなっていきます。
家庭というクローズドな空間の中で、親御さんが自分の睡眠や休息の時間を削ることで、なんとか日常を「まわしているように見せている」のが現実です。外側からは普通に生活しているように見えても、内側では限界を迎えている。この「見えにくさ」こそが、問題を長期化させている構造の正体です。
時間のなさに葛藤するひとり親を支えるには
ここまで見てきたように、ひとり親家庭を悩ませているのは金銭的な問題だけでなく、生活を維持するために物理的な時間が枯渇する「時間の貧困」という構造問題です。物理的な時間をこれ以上増やすことが難しい中で、今求められる支援のあり方について聞きました。
限られた親子の時間を笑顔に変える「時間の質」へのアプローチ
──正直なところ、お金やモノを届けても、親御さんの時間そのものが増えるわけではありませんよね。
はい、増えません。
だからこそわたしたちは、限られた時間の「質」に目を向けることにしました。
これまでの支援は、「経済的な困窮への対策」として食品や物資を届けることが主流でした。もちろんそれは今も欠かせません。ただ、多くの親御さんは、こどもを最優先にするあまり自分のケアを後回しにして、心身ともに疲弊しています。
忙しく、生活に不安がある中でも、こどもと過ごす限られた時間を大切にしたい。そのためにまず、親御さん自身が誰かに気にかけられ、ほっと一息つくことができる、心の余裕を生み出すことは非常に重要になってきます。
そこで今夏、全国のひとり親家庭200世帯へお届けした「おやこエール便」には、日々の食卓を支える食品だけでなく、親御さん自身のためのケアアイテムと、親子で一緒に遊べるおもちゃを同封することにしました。
──ケアアイテムとおもちゃには、それぞれどんな役割があるのでしょうか。
ケアアイテムは、親御さんが自分を労るきっかけです。「自分のためのものが入っている」こと自体が、日頃自分のことを後回しにしがちな親御さんへ、「あなた自身も大切にされていいんだよ」と伝える社会からのメッセージになります。
おもちゃは、親子の時間の使い道を変えるきっかけです。何をして過ごすか考える余裕すらない夏休みに、「これで一緒に遊ぼう」と言える口実が一つ、箱に入っている。それだけで、同じ1時間の過ごし方が変わります。
実際におやこエール便をお届けしたご家庭からは、こんなあたたかいメッセージが寄せられました。
こどもたちは可愛いねずみのテーブルゲームを見つけると、すぐに遊び始め、家族みんなで楽しい時間を過ごすことができました。
皆さんからいただいたのは、品物だけではありません。こどもたちの笑顔、安心して夏を過ごせる時間、そして親であるわたしが前を向く勇気まで届けてくださいました。
この言葉に触れたとき、わたしたちが本当に届けたかった「モノの先にある時間」が届いたのだと、胸が熱くなりました。
モノはあくまで入口。親子が過ごす時間を、「ごめんね」と自分を責める時間から、「楽しいね」と言い合える時間へ。それが、このおやこエール便に込めた願いです。

わたしたちにできること。家庭に集中する負担を社会で分け合うために
制度や社会インフラが「ひとり親家庭」を想定していないために起きているこの問題。最後に、わたしたちが今日からできることについてお聞きしました。
「自己責任」で終わらせず、社会のバグをみんなで埋めていく
──この記事を読んだ方が、ひとり親家庭のために協力できることはありますか?
最も直接的で、今すぐできるアクションとしては、こうした支援活動への「寄付」があります。おやこエール便のような活動は、個人・企業の皆さんからの寄付によって成り立っています。皆さんのご支援が巡り巡って、ひとり親家庭のゆとりに変わっていきます。
また、情報発信への協力も大きな力になります。この記事をSNSなどで「シェア」していただくだけでも、「ひとり親家庭が直面しているのは、お金だけでなく『時間』の問題もあるんだ」という気づきを周囲に広げることができます。
──意識のアップデートも、大切なアクションなのですね。
はい。「困窮しているのは努力が足りないからだ」という自己責任論ではなく、「社会のシステム自体が一人で育てることを想定していないんだな」という視点を持つ人が増えること。それだけで、地域の中でのひとり親家庭へのまなざしは変わっていきます。
学校や職場で、もし近くにひとり親の同僚や友人がいたら、「急なこどもの熱で休むのは、構造上どうしようもないことなんだ」と理解を示し、サポートし合える関係を作っていく。そうした一人一人の小さな視線の変化が、社会全体でこの負担を分け合っていく原動力になります。
ともに支え合える仕組みを、これからも皆さんと作っていけたら嬉しく思います。