昨今、企業の中長期的な成長には、ESG[環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)]の観点が不可欠とされています。
この3つのなかでも、企業が独自に取り組む上で頭を悩ます領域が「S(Social)」なのだそうです。
この領域で、「その企業ならでは」の取り組みを創出するには?
NPOと企業がどのように協業でき、どんなことが実現できるのか?
フローレンスではこれまで数々の企業と「S(Social)」の取り組みや政策提言を行ってきました。
この経験をお話しする機会として、この度大和証券様主催の機関投資家向けウェビナーにお声かけをいただきました。
当日はフローレンス会長・駒崎弘樹が講師として登壇いたしました。
今回のテーマは「政策起業による社会的課題への取り組み」。
講演では過去の事例を交えながら、「S(Social)」への取り組みがもたらす価値についてお話をいたしました。
ESGに取り組む企業の多くが悩む「S(Social)」という観点
以前から多くの企業内では、ESGの「S(Social)」の取り組みに頭を悩ませているのではないかとの指摘がされています。その理由としては、「S(Social)」は国際的なルールが未整備の状態で、共通の目標値がほとんどなく、企業の独自性を出した取り組みを創出しにくいということが考えられます。
今回のウェビナーでは、『政策起業家 ――「普通のあなた」が社会のルールを変える方法』 (ちくま新書)の著者でもある駒崎を「S(Social)」の語り手として呼んでいただきました。
フローレンスは、社会に「新しいあたりまえ」をつくってきました
フローレンスはこれまで、親子領域の社会課題解決に向けて事業や政策提言に取り組んできた団体です。フローレンスでは、社会課題にはその課題を生み出す「社会構造」があることに着目します。
社会構造とは、法律や自治体のルール、ときには形のない「世論」や「慣習」という場合もあります。その課題を解決する小さな取り組みの事例をつくり、事業化し、成功事例を広げていきます。
世の中になかったことでも「こうすればできる!」という前例をつくることで、法律や社会のルールを変え、それが社会にとっての「新しいあたりまえ」になる。これがフローレンスの政策提言・ソーシャルアクションです。
その一例が、医療的ケア児とご家庭へのサポートです。近年医療的ケアが必要な子どもが増える一方で障害児をお預かりする施設が極度に不足しているという実態がありました。そのために親御さんたちは24時間ケアに追われ、外出できない、就労できない、孤立してしまう、などの課題を抱えていました。
そこで障害のあるお子さんを専門に長時間お預かりできる「障害児保育園ヘレン荻窪」を2014年9月に日本で初めて立ち上げました。
しかし、たった一園では、全国の医療的ケア児はサポートできません。そこでヘレン荻窪では積極的に議員視察を受け入れ、医療的ケア児の預かりに課題があることの啓発活動に努めました。この積み重ねによって、超党派の国会議員や官僚、医療関係者、福祉事業者、当事者団体が結集して「永田町子ども未来会議」が発足。
議論が重ねられた末、2021年6月に「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律(通称:医療的ケア児支援法)」が国会を通過しました。
これによって、「医療的ケア児」が法律上明確に定義され、日本の歴史上、初めて国や地方自治体が医療的ケア児の支援を行う責務を負うことになりました。
このほか、子どもが熱を出したときに自宅に駆けつけて保育を行う「訪問型病児保育事業」を行ったり、待機児童問題に接して「小規模保育園」という新しい保育園の形を創出したり、ひとり親世帯向けに低価格での病児保育を提供したり……。フローレンスが携わることで生まれた「新しいあたりまえ」は多岐にわたります。
「ノウハウのNPO」と「企業の影響力」で生み出す社会的インパクト
それでは、「新しいあたりまえ」づくりを続けてきたフローレンスと、自社ならではの「S(Social)」に取り組みたい企業にはどのような結びつきが考えられるでしょうか?
フローレンスではこれまでも、企業との連携によって、さまざまなインパクトを創出してきました。連携の形はさまざまですが、大きくは①技術提供・社員参画型、②イシューレイジング・政策提言型、③ネットワーク連携型、の事例があります。
①の技術提供・社員参画型の事例をご紹介しましょう。アクセンチュア株式会社よりいただいているプロボノ・プロジェクトによるご支援、また社員によるコロナ支援寄付の事例です。
同社のプロボノ活動としては、フローレンスへチャットボットシステムの導入〜運用を支援いただきました。これによってフローレンスではチャットボットで深夜・休日を問わず、妊娠に不安を抱えている方の匿名相談を受けられるようになりました。
また、フローレンスが行うコロナ禍の親子を支える活動へ、2年間でのべ500名以上の社員有志の皆さまより、400万円以上を寄付(2021年は社員寄付合計と同額を企業がマッチング寄付)いただいています。
②イシューレイジング・政策提言型の例では、教育現場で起きている校則の問題に対してソーシャルアクションを起こすべく、企業と共にキャンペーンを展開。東京都教育委員会に陳情を行いました。
③のネットワーク連携型の例では、食品卸企業と全国に支援者ネットワークを持つNPO法人が協働することで、全国の子育て支援団体の食品調達をサポートする、大規模な支援網を実現させました。
「取り組み」から始まったことが、やがて社会のルールになる。そのルールが「新しいあたりまえ」になって社会構造に組み込まれていきます。企業とソーシャルセクターが協働し、お互いの専門性や資源を持ち寄ることで、大きなインパクトを創出することができるのです。
講演のなかで駒崎は「企業は長い間、株主価値の最大化を目指すビークル(乗り物・手段)である、と考えられてきました。それが今ではESGやSDGsへの取り組みに代表されるように、社会的課題解決を目指す集団に変化しています。しかし多くの企業では社会課題解決を目指すリソースはあっても、ナレッジが不足しているのが現状ではないでしょうか」と提起しました。
その上で次のような提案を行いました。「だからこそ意志とリソースを持った企業、ナレッジをもったNPO、この両者がタッグを組めば、社会インパクトの大きい変革を実現できると考えています。私たちNPOは、資本は豊かではありませんが、ナレッジと『変革スイッチの位置』を知っています。これからは『協業』によって大きな成果を創出できるはずです」。
自社の方針や課題と親和性の高いNPOなら、取り組みの効果は倍増する
講演後の質疑応答では、海外に比べて企業とソーシャルセクターの連携が活発ではない原因について質問が及び、駒崎は次のように考察しました。
「一番は『企業がNPOのことを知らない』ことが大きな理由かと思います。よく知らない団体にアクセスして、どんな人が出てくるかわからなければ、怖いですよね。そういった場合にも、目安はいくつかあります。NPO法人は国内に約5万組織あるなかで、所轄庁の認定を受けた『認定NPO法人』は2%程度です。広く公益性が認められているNPOということで、協業先を選ぶ際の参考になるはずです。鍵となるのは自社のパーパスやマテリアリティと親和性の高い団体を見つけていただくこと。ヴィジョンの共有ができれば、協働はスムーズに進むでしょう」
フローレンスだけでできる活動には限りがありますが、今回ご紹介した企業とタッグを組んだ事例のように、社員のみなさんが企業とともに行うアクションや、企業の持つ価値や販路を活かした施策など、寄付をはじめとした様々な社会貢献活動でサポートしていただくことで、一団体だけではリーチできない課題へ継続的に取り組むことが可能となります。
フローレンスはこれからも、協働や寄付を通じて共に子育て領域のあたらしいあたりまえを作ってくださる企業の皆さんと共に、親子の笑顔をさまたげる社会課題を解決し、新たなセーフティーネットを全国に広げていきます。