「ボタンがひとつ掛け違っていれば、何かのタイミングが1分1秒ズレていれば、私も虐待死事件の母親となっていたかもしれない。我が家を救ってくれたのは間違いなく保育園でした」
こうした保護者の声に突き動かされ、2022年、フローレンスが取り組んできたことのひとつが「みんなの保育園」構想です。
保育園にも幼稚園にも通っていない“無園児”、いわゆる未就園児が孤立するリスクをなくすため、親の就労の有無などによって定められる“保育の必要性”認定がなくても、すべての親子がニーズにあわせて利用できるようにしようと、政府に提言してきました。
そして、来年創設される「こども家庭庁」の2023年度予算案に、無園児(未就園児)を定期的に保育園で預かるモデル事業の実施が盛り込まれました。
待機児童が過去最少となり、85%を超える市区町村で待機児童がゼロとなるなか、今後の保育園のあり方をめぐる議論は、2023年の大きなテーマのひとつとなる見込みです。
フローレンスは、これからの時代の保育園について皆さんと一緒に考えていきたいと、8月からアンケートを行っています。
今回は、アンケートに声をお寄せいただいた方のエピソードを詳しく紹介します。
追い詰められた心と体、子どもに向かってしまったことも
関東地方に住むAさん。6歳と2歳のお子さんを育てています。アンケートには次のような言葉が綴られていました。
実家の母親に頼れない場合、子育て初心者の親だけで産後を乗り切るのは、無理難題。転勤族の場合、転勤先で頼る人もなく、預け先もなく、産後で身体がボロボロ、睡眠不足で追い詰められました。育児放棄や虐待が起きるのは必然だと思います。育児放棄したいのではありません。ほんの少し身体を休める時間がほしいのです。
詳しいお話をうかがいたいと連絡すると、メールでならと応じてくださいました。
Aさんの夫は転勤族、東南アジア赴任中に第二子を妊娠しました。コロナ禍でAさんとお子さんたちは帰国することになり、今は実家の近くで2人のお子さんを育てているということです。
帰国後、切迫早産で入院するなど不安な状態をほぼ1人で過ごした末に出産。上のお子さんの産後保育を利用しましたが、精神的に追い詰められた状態だったと言います。
日本への帰国で環境の変化が影響したのか、上の子の赤ちゃん返りがひどく、手がつけられないほど荒れました。産後保育が終わり、幼稚園のプレに申し込むかどうかを迷いましたが、わたしが上の子を怒鳴ったりしている状態だったので、やはり申し込むことにしました。
海外赴任先に戻れないことが決まったため広い部屋に引っ越すことになり、Aさんは、荒れる上のお子さんと乳児を抱えながら引っ越し作業を行いました。
次第に体調不良を感じるようになりましたが、実家には頻繁に頼れない事情があったため、一時保育を予約。しかし、体調不良で身体が動かず、結局預けに行くことができませんでした。一時保育の利用のしづらさも感じていたということです。
上の子を出産したとき、一時保育を利用しようとしたら「どうして預けたいんですか?」と預けることが悪いことのように冷たく言われた経験があります。一時保育は制度としては存在するけれど、現場は受け入れていないんだなと感じました。
その頃、荒れていて全く言うことを聞かない上の子を叩いたりしてしまっていました。3歳児健診でそのことを相談し、今は支援を受けていますが、なぜか当時は、お母さんがヘタレてはいけないという心理状態になっていて、周りに「体調が悪くて辛い」と言いづらく我慢していました。
でも限界がきて、子育てサポート支援員に家に来てもらい、下の子を見てもらってる間は休むようにして乗り切りました。
子育てに社会の見守りと選択肢を
今はアルバイトをしながら保育園を利用しているというAさん。日本と海外では、子育て環境や子どもに対する視線が違うと指摘します。
赴任していた国では週3回、午前中だけ子どもを預けられる場所がたくさんありました。
子どもを預けたいという親を冷たく見る人もいません。
小さい子どもを連れてベビーカーや抱っこでお店のドアを開けるのに手こずっていれば、誰かがすぐに来て開けてくれますし、電車に乗れば、同時に何人か席をあけて「座りなさい」と声をかけられます。
社会で子どもを見守ってくれる雰囲気があり、孤独を感じる場面や、お母さんが全部ひとりでやらないといけないと感じることは日本より少なかったです。
そうした経験を経て、これからの時代の保育園に求めることを尋ねました。
保育園は子育てに困っているお母さんが安心して子どもを預けることができるセーフティーネットの役割を担って欲しいと願っています。
海外のように、仕事をしていなくても2歳頃から午前中だけ週3で預かってもらえるような施設などが増えて欲しいです。
選択肢が増えることで、ひとりで子育てを抱えるストレスや負担感を減らせることができ、虐待なども減らせるのではないかと感じています。
無園児家庭が抱えるリスク
アンケートでは、Aさんのように精神的に追い詰められるリスクを訴える声が数多く寄せられました。
Bさんは、育児ノイローゼ気味になり、認可保育園に入るために無理やりフルタイム雇用に戻ったとアンケートに書いていました。
オンラインで話をうかがうと、「いまは笑って話せますが」と明るい口調ながら、当時の大変さを明かしてくれました。
夫は仕事で忙しく、実家も頼れず、ずっとひとりでした。
東京都/4歳の子/フルタイム雇用
子どもの夜泣きがひどく、眠れない状態が続いていました。
ひとりで育児をやらなきゃという使命感の一方で、本当にやりこなせるのか、不安で仕方がありませんでした。
怒ってばかりいて、モノにやつあたりしたり、強くドアを閉めてしまったり。
お風呂にこもって耳をふさいでいたり…。
もともと子どもを産んでも仕事はしようと思っていましたが、是が非でも保育園に入りたいと思ったのは、自分がおかしくなっていると感じたからです。
保育園を利用するようになり「お母さん大丈夫ですか、体休ませてください」と声をかけてもらい、やっと報われた気がしました。
認められたと感じ、共感してもらえるのは大きいです。
最近ようやく、娘が優しい子に育っていると思えるようになってきました。
保育園は私にとってセーフティーネットです。
育休中で保育園を利用できていない方からは、既存の子育て支援策や一時預かりの利用のしづらさを指摘する声がありました。
家事と育児で限界になり、泣きながら市の子育てセンターに電話をしたことがあります。
東京都/1歳5ヶ月の子/育休中
話を聞いてくれたので、少し気持ちは落ち着きましたが、根本的な解決にはいたりませんでした。
また、先日、1歳半健診があり、保健師さんに「しんどいです」と訴えましたが、「無理なくやってくださいね」ということしか言われませんでした。
一時預かりの出来る施設に電話をしても、「今は定員がいっぱいでやっていない」と言われる施設が多くあり、少し遠い施設を利用していますが、1ヶ月前に電話をしても取れるのは半日か2日ほど。もちろん、急に預けたくなっても埋まっていて預けられません。
しんどくなった時に、すぐに預けられる施設がないのは精神的に追い詰められます。
日常的に頼れる親はいません。24時間ひとりで双子を育てています。
九州地方/1歳の双子/育休中
一時保育の助成が数ヶ月前から始まりましたが、認可施設のみ助成の対象で、認可外は対象ではありません。
何件も認可施設に問い合わせますが「定員がいっぱい」「コロナで今はやっていない」と言われて断られることばかりで、電話するのが怖くなりました。
昔と違って核家族。だから、もっと支援が欲しいです。
そうしないと子どもは増えないと思いますし、数日でも預けられたら、心のゆとりができると思います。虐待の防止にも役立つのではと思います。
ことし3月、フローレンスは株式会社日本総合研究所に委託して、全国の0歳以上の未就学児の保護者2,000人にアンケート調査を実施。保育園、幼稚園などを定期的に利用している家庭と、そうでない家庭(=無園児家庭)を比較して、生活実態や精神的な状態、保育所等の利用ニーズに迫りました。
孤独を感じていたり、虐待リスク行動が見られたりする家庭ほど、定期保育サービスの利用ニーズが高いことがわかっています。
育児の不安や孤独は、誰もがいつかどこかで抱える可能性があります。しかし、家庭と外との接点が限られている場合は、リスクが高まっていても気づくのは難しいのが実情です。
もしも、週1日でも2日でも保育園を利用することができれば、保育士が子育ての悩みに寄り添い、継続して子どもの発達や育ちを見守ることができます。場合によっては、家庭内のリスクや異変にいち早く気づき、早期のサポートにつなぐことができます。
実際、アンケートでは保育園を利用するようになって状況が変化したという声も数多く聞かれました。
「子どもとずっと一緒にいないといけないと思っていた」
関東地方に住むCさん。今は12歳になるお子さんが小さい頃の体験を寄せてくださいました。
アンケートの記述です。
息子は1歳半〜2歳の頃、外で手をつなごうとすると振り払う、ベビーカー断固拒否、数メートルごとに抱っこをせがむ、外で同年代の子どもに会うと殴るか噛み付く、食べ物は人参と牛乳以外受け付けない、そんな子どもでした。
「もしかしたらうちの子おかしい?」
そう思うと、知り合った人に子育ての相談はなかなかできず、子育て支援センターや公園にも通いましたが、いわゆるママ友というものはできませんでした。
夫は朝7時に家を出たら、22時過ぎまで帰宅しません。誰とも話さない日が多く、頭がおかしくなりそうだったのをいまだに忘れられません。
そして、「何度か保育園を利用するうちに、おかしくなりそうだった心が落ち着いた」と書かれていました。
Cさんにも当時の詳しい状況をメールでうかがいました。
妊娠を機に仕事を辞めたCさんは、3歳になるまでは子どもとずっと一緒にいないといけないと考えていたそうです。
「3歳児神話」がとても頭に残っていて、幼稚園に預けたいなと妊娠中に思ったことも理由で、退職してしまいました。
とにかく子どもとべったり一緒にいてあげないといけない、と思い込んでいたんです。
0歳の時期はそれでもなんとかなりましたが、動き回る1歳後半以降はとても大変でした。
2歳になる頃には、誰かに預けたいと思うようになっていましたが、仕事がないので保育園に預けることはできない状態でした。
罪悪感もあった保育園利用
自分や夫の親は遠方に住んでいたり、働いていたりして、頼るという考えはなかったというCさん。
就職が難しいなら起業しようと、資格をとるための勉強を始めました。
そんなときに初めて利用したのが、保育園の一時預かりでした。
初めて預けたときの子どもに対する罪悪感、そして開放感、今でも覚えています。
自分が仕事をするために勉強をする時間、子どもを人に預ける罪悪感がとても強かったですが、こんなにスムーズに動けること、頭がクリアになったかのように色々なことを考えられることに感動しました。
保育園を利用することで、もうひとつ大きな変化がありました。
預けた先では、息子は聞いたこともないほどイイ子だったそうです。
何でも食べるし、他の子とも遊んでいた、暴れたり噛み付いたりもなかった、そんな先生からのエピソードを聞きながら、目が点になっていました。
今思えば、外では「母」という安全基地がないから、とても緊張して先生の指示をしっかり聞かないといけないと気を遣っていたのかもしれませんね。
食事に関しては、保育園の先生も「他の子が食べているのを見て、食べたくなったのかな」と仰っていました。
保育園へ行くと、支援センターや公園では孤独に過ごさざるを得ない息子が、他の子と交流できる、神のような先生がいらっしゃる場所でした。
家では相変わらず人参、牛乳の毎日でしたが、時々違う食材を食べてくれることも増えていき、「焦らなくても良いのかも」とやっと思えました。
そして訪れた、忘れられない、あの日
それから何度か保育園を利用していたCさん。思いがけない出来事が起こります。
息子と手をつなぐことは諦めていたんです。
つなごうとすると暴れて危ないくらいだったので。
他の親子を見ては、羨ましいなぁと嫉妬してしまうほどでした。
手をつながなくても、私の横をテクテク歩いてくれるので、何かあったら抱き止めよう!と思っていました。その日も同じ心持ちで歩いていたのですが、息子の方から私の手を握ってくれたんです。
彼はどんな気持ちでそんなことをしたんでしょうね…。
表情はいつも通り、前を向いて、自信満々に歩いていました。
驚いたし、嬉しいし、頭の中パニックなのですが、騒ぐと手を離されちゃうと思って、手をつないだまま泣いていました。他の方から見たら、とてもおかしな光景だったと思います。
自信満々な男の子に、母親っぽい女性が手を引かれて泣いているのですから(苦笑)
つないだ手のぬくもりがこちらにも伝わってくるようで、メールを読みながら思わずじーんとしてしまいました。
保育園はどんな存在ですか?最後に尋ねると、次のような答えが返ってきました。
当時、気付いていませんでしたが、たぶん産後うつの傾向が強かったのだと思います。
陸の孤島に息子と2人で住んでいるイメージでした。
保育園を利用し始めて、初めて外とつながった気がしました。
温かな目で息子を見てくださる人がこんなにいるんだ!と嬉しかったのを覚えています。
普段は子育て支援センターでも、公園でも、冷たい視線を浴びることが多かったので、見守ってくださる人がいる、というのは…本当に本当に、何度お礼を言っても足りないくらい嬉しかったです。
と、これを打ちながら泣いています(笑)
相当辛かったのだな、と思います。私みたいにパンドラの箱の奥深くに辛さを押し込めて、我慢しちゃうお母さんは…もう増えてほしくないです。
Cさんのように、保育園で過ごすことで、子どもの成長を感じるという声はほかにも聞かれました。
子どもにとっても保育園に通うことはメリットがあると思っています。
神奈川県/2歳の双子/正社員・時短勤務中
毎日会うことでお友達ができ、家ではできない遊びを教えてくれる。
同じクラスに少し発達のゆっくりなお子さんがいるのですが、その子を息子がよく気にかけているようで、家でもいっぱい話してくれるし、保育士さんからは「きょうもこんなお手伝いをしてくれたんですよ」というエピソードを聞くことがあります。
そういう経験は、家の中だけで育っていると、できないと思うんです。
自分とは違う立場の人がいるということが当たり前になるのは大事なこと。
自分以外の保育士、プロの目があって子どもを見ていてくれるという安心感も大きいですね。
働く親のための保育園から、すべての子どものための保育園へ
来年度から、未就園児(無園児)を定期的に保育園で預かる国のモデル事業が始まる予定ですが、フローレンスではそれを待たずに、保育の必要性認定のない場合も定期的に保育園を利用できる、独自のモデル事業を開始しました。
仙台市でフローレンスが運営している「おうち保育園かしわぎ」では、2022年4月から、一時預かりの仕組みを活用して、保育の必要性認定がないお子さんでも利用できる、定期預かりを始めています。
この保育園は企業主導型保育施設で、両親ともに月64時間以上働いていることなどが利用の要件となっていますが、定員が空いている枠を活用して、保育の必要性認定がない専業主婦のご家庭や育休中の利用も受け入れています。
また、保育園は、子どもが安全に遊べるスペースがあり、子育ての専門家である保育士がいて、つくりたての食事が提供できる給食室を備えています。自然なかたちで親子に伴走し、親子と地域住民をつなぐ場になることができると考え、フローレンスでは、「ほいくえん子ども食堂」をいくつかの園で実施しています。
子どもを預かるという役割にとどまらず、保育園が持つ機能を生かし、地域の子育て支援施設としてできることはなにか。フローレンスは2023年もさらに模索していきます。
アンケートは引き続き行っています。子育ての中で感じている孤独やつらさ、周りには打ち明けづらい思いなど、是非、あなたの声を聞かせてください。