後を絶たない赤ちゃん遺棄をゼロにしたい。
フローレンスは新たに6月1日から、医療機関と提携して「無料産院」事業を開始することを、記者会見を開いて発表しました。
経済的・精神的な不安や困難を抱え、医療機関を受診できていない未受診妊婦に対し、フローレンスが妊婦健診・出産費用を代わりに支払うことで受診につなげ、行政の支援にもつなげて、母子ともに危険な状態で出産に至ることを防ごうというものです。
この事業の背景には、フローレンスが7年前から行ってきた「にんしん相談」での気付きがあります。
記者会見では、「にんしん相談」を担当する赤ちゃん縁組事業部のサブマネージャー、石原綾乃が、赤ちゃん遺棄を防ぐために未受診妊婦への支援がなぜ必要なのか。4,000人以上への相談支援を通して分かってきた未受診妊婦の実態をご説明しました。全文をご紹介します。
相談支援から見えてきた未受診妊婦の孤立
「未受診妊婦」、病院に行かないまま妊娠後期を迎えてしまう女性たちがどのような事情を抱えているのか。「にんしん相談」で出会ったAさんのケースを通して、背景の一端をお伝えできればと思います。
なお、「にんしん相談」はプライバシーを守ることを大前提にしていますので、個人が特定されないよう、いくつかのケースを組み合わせた事例であることをご理解ください。
「にんしん相談」の窓口に、AさんからLINEが届いたのは去年夏のことでした。
『はじめまして。彼と別れた後に妊娠がわかりました。病院に行けないまま、お腹が大きくなってきてしまいました。どうしたらいいでしょうか』
何度かLINEでやりとりし、Aさんは20代の女性で一人暮らし、家族とは疎遠になっていて頼れないことや、飲食店のアルバイトで生計を立てていたものの、お腹が大きくなってきたため働き続けるのが難しくなり、今は収入がないことがわかりました。
Aさんの状況を詳しく把握するため、LINEから電話に切り替え、さらに聞き取っていきました。
Aさんはもともと生理不順で、妊娠に気づくのが遅かったそうです。薬局で買ってきた検査薬で陽性と出ても信じられず、信じたくないという気持ちもありました。
パートナーとは喧嘩別れをした直後だったといいます。妊娠したかもしれないと伝えようと、連絡を取ろうとしましたが、携帯もSNSもつながらなくなっていました。共通の知り合いにあたるなど、探せる範囲で探しましたが、見つかりませんでした。
Aさんは、検査結果はなにかの間違いだと思いこむことにしてアルバイトを頑張っていました。
しかしそのうち、つわりのような症状が始まりました。
アルバイトは飲食店での立ち仕事。仕事中にトイレに駆け込んだり、朝からどうしても起き上がれない日が出てきました。店長や同僚にプライベートな話はほとんどしたことがなく、ましてや妊娠したかもしれないなんて打ち明けられません。
休みがちになった理由を尋ねられても、体調を気遣われても、「すみません」としか言えずだんだんお腹も大きくなってきて、辞めざるを得なかったといいます。その後は、わずかな貯金を取り崩して、家の中にひとり、こもるようにして生活してきたということです。
家族とはもう何年も連絡をとっていないと話していました。
両親が非常に厳しく、逃れるようにして早くに実家を出て一人で暮らしてきたそうです。
「妊娠したことを伝えたら、どれほど怒られるかわからない」
幼い頃からの記憶で「怒られる」ことへの恐れが強いからか、家族に相談して、なんらかの援助を受けるという選択肢はAさんの中にないと見受けられました。
とにかくまずは病院につなげなければ。
Aさんはアルバイトで収入が不安定だったこともあって、健康保険に入っていないということでした。
不安そうにこう話しました。
「健診や出産の費用がどれくらいかかるかわからないし、払える自信もない。それに、こんなにお腹が大きくなってから病院に行ったら、きっとお医者さんに怒られる。これから自分はどうなるのか、どうしたらいいのか、わからない」
「にんしん相談」に連絡をしてくれる人の多くは「どうしよう」とは訴えられても、「どうしたい」「どうして欲しい」と、自分が求めていることは何かがはっきりしている人はほとんどいません。
わたしたちは、病院を受診するにはだいたい1万円前後かかるが、初診料は上限なくフローレンスで支援できることや、受診する病院も探せること、その後も、行政による健診・出産費用の支援制度があることなど、ひとつひとつ説明していきました。
当初は緊張しているように感じられたAさんの声は次第にやわらぎ、最後は「病院に行きたいです。よろしくお願いします」と答えてくれました。
それからわたしたちはAさんの暮らす地域の保健センターに連絡。保健師によるサポートが始まり、受診する病院も決まりました。初診料はフローレンスが負担することを病院に伝えて、Aさんを病院につなげることができました。
受診の結果、Aさんは「いつ生まれてもおかしくない」時期に入っていました。
その後、無事出産。LINEで報告が届きました。
『いろいろありがとうございました。
きのう生まれました。人生で一番痛かったです。
お金はいつか、お返ししたいと思っています』
LINEには、かわいい赤ちゃんの写真が添えられていました。
相談への一歩をつなぎたい 「無料産院」事業に込めた願い
行政が、地域に住む妊婦がリスクを抱えていることを把握すると「特定妊婦」として様々な支援に繋がることができます。しかし、行政が把握するには「本人が行政に相談する」、または「本人に代わり誰かが行政にその存在を伝える」ことが必要です。
予期せぬ妊娠に直面し、病院に行かなくてはいけないことは分かっていてもお金がない。相談できる人も周りにいない。自分の困りごとを行政のどこに相談していいのかもわからない。誰かを頼る最初の一歩を踏み出すことができない女性たちが少なくないのです。
また、行政では妊娠が分かってからでないと母子手帳や受診券の発行ができません。一番最初の受診料の補助の仕組みもありますが、補助には条件があり、まだあまり知られていないのが現状です。
私たちは「お金の心配はしなくていいから、まずは病院に行こう」と伝えられることを強みとし、行政や病院にスムーズにつなげる支援をしてきました。
赤ちゃんの遺棄のニュースを耳にするたびに、私達は「どうしたら相談に来てもらえただろう」と思います。
たまたま何らかの相談に繋がった人は自分自身も赤ちゃんも大切にする道を見つけることができ、残念ながらそういった機会がなかったがために追い込まれて全く別の人生を歩むことになってしまう人がいる。
そこには相談できたかできなかったかの違いしかありません。
始めから赤ちゃんを捨てようと思っている人はいない、だから相談に来てほしいと願っています。
相談してくれるということは一歩進めるということ。
予期せぬ妊娠に悩む女性たちが、その一歩を踏み出せるように、誰かに頼ってもいいんだと思えるように、今回の取り組みで、病院でも「まず相談においで」と呼びかけてくれることが予期せぬ妊娠に悩む女性たちのハードルを減らすことになればと願っています。
「ひとりでも多く、安全に幸せに出産を」提携医療機関 第二足立病院の思い
赤ちゃん遺棄を防ぐための「無料産院」事業は、趣旨に賛同していただける医療機関との協働で可能となります。
第一弾の提携先となった京都市の第二足立病院は昭和27年に開業した、地域に根づいた産婦人科病院です。経験豊富な産婦人科医師や助産師・看護師らが在籍し、これまで25,000人以上の赤ちゃんが誕生しています。様々な問題を抱えながら妊娠された方の不安にも共に向き合い、必要な時は地域の保健センターなどとも連携して、長年、母子の支援に取り組んできました。
記者会見では第二足立病院の看護師長で助産師でもある永井利枝さんが、これまで出会った経済的困難を抱える妊婦の実像を通して、受診につなげることがいかに大切かを語ってくださいました。
京都市の第二足立病院の看護師長の永井利枝です。
第二足立病院は、京都市南区の世界遺産東寺の西側にあります。
昭和27年に開業し、約70年、女性のためのホームドクターでありたいと地域に根ざした産婦人科医療を行っております。核家族化が進む中、第二の実家と感じて頂ける温かい病院を目指しております。
様々な問題を抱えながら妊娠され出産・育児をされる方もおられます。
不安と一緒に向き合いながら必要時は地域の保健福祉センター等と連携をとり、安心して出産育児をして頂けるようケアに取り組んでおります。
今回フローレンス様とタイアップし、貧困に苦しみながら妊娠・出産される方のサポートを開始することになりました。
「妊娠出産は病気でないから別に大丈夫」という方もおられますが、新しい命を10か月育んでいくわけですから母体には当然負荷がかかります。高血圧や貧血等がおこることもあります。まして貧困により厳しい状況で生活されておられるとさらにそのリスクは高まります。母体のリスクは当然胎児の発育や健康状態に大きく影響致します。妊婦健診は、正常な妊娠経過であるか異常はないかチェックし、異常があれば早期に対応するためにも重要なのです。
従って、このような妊婦健診を貧困等の理由で、受診されない、または未受診のまま出産されることは母児の命にかかわることであります。
フローレンスの皆様とタッグを組み、貧困で苦しむ妊婦様をまずは金銭的に支援する今回の取り組みの意義は大きいと考えております。
私共の経験の中でも、様々なご事情で住民票も京都になく、無保険の状態で居住場所もなく車中生活を余儀なくされ、所持金もない方が受診されたことがありました。
貧血がありましたが、無保険の状況のため自費扱いになりますが、所持金もないので与薬も難しい状況でした。
地域の保健福祉センターのご尽力により母子手帳の発行や健康保険も使用できる状況となり妊婦健診も安心して受診できるようになられました。あのまま自己で悩み、受診もできないままであればと思うとぞっとします。
私が関わらせていただいた事例をもう少しご紹介させていただきます。
夜勤中、夜中に陣痛が来たと連絡がありました。かなり頻回に陣痛が来ていたようなので来院されるように伝えました。
ところが「朝方友人が来てくれる」と来院に応じて頂けません。
心配なのでやり取りを繰り返しましたが、その間にも陣痛は強くなって来られているようでした。
「すぐに来てください、朝までは無理です。お願いします」と、お話ししますと
「実はタクシー代がないのです」と話されました。
「タクシー会社に後払いをお願いしたが無理と言われました」とのことでした。
普通の分娩にタクシー代がないからと救急車をお願いできませんし、しかし、このまま自宅で出産となれば危険も伴うと私の自己の判断で「とりあえずタクシー代金は立て替えるから来てください」とお願いしました。
それでも申し訳なさそうにされるので、そうしてくださいと強く伝え、ようやく来られました。
その後、無事出産され安堵しました。
申し上げるまでもなくタクシー代金を病院が立て替えることなど本来はできません。
しかし、当時の院長は病院で立て替えるからいいよと言ってくれました。その方は、入院中にタクシー代金を払われました。
数年後また出産に来られ、その際に経済的には大丈夫ですかとお聞きすると「今回は大丈夫です。でもあの時は助かりました。有難かった」と言われました。
その時私は、単純にタクシー代金の問題ではなく、言い出せなかった「貧困」という事実に向き合おうとしてくれるところが救いだったのではないかと感じました。
困難を抱えておられても相談できない方も多くおられると思います。
どこに相談して良いか戸惑われる方もおられると思います。
相談できる窓口は多い方が良いと思います。
悩んで相談できず、人知れず出産し赤ちゃんを遺棄してしまうという、母も子にとっても悲劇が起きないようにフローレンスの活動を知って頂きたいし、フローレンスのスタッフとともに、1人でも多く困難な状況におられる方に向き合い安全に幸せに出産していただけたらと願っております。
誰もが安心して妊娠・出産できる社会へ 「無料産院」全国化と政府への提言
厚生労働省の2020年度の最新データでは、2週間に1人以上、0歳の赤ちゃんが遺棄を含む虐待で亡くなっています。
予期せぬ妊娠を誰にも相談できず、不安や孤独の中でひとりきりで出産を迎えてしまう妊婦の存在から目をそらさず、社会的に支援しなければ、悲しい事件はなくなりません。
フローレンスは、今後、連携先の医療機関を増やし、あらゆる地域の妊婦と赤ちゃんの命を救えるよう全国に広げていきたいと考えています。
記者会見では、取り組みに賛同いただける医療機関を募集するとともに、早急に「妊婦の受診・出産費用の無償化」を実現するよう政府への提言も行いました。
「無料産院」事業は皆さまからの寄付で行わせていただきます。また、今回行った記者会見や提言活動もすべて寄付により実現しています。
いつも応援してくださる寄付者の皆さん、参加・協働してくださっている多くの皆さんに心から御礼申し上げます。
日本中のすべての親子の笑顔のために、フローレンスはこれからも皆さんと共に「新しいあたりまえ」を形にしていきます。