「この日本で週に1人、虐待でこどもが亡くなっている」と聞いて、耳を疑う方もいるかも知れません。
2022年に虐待で命を落としたこどもは50人(心中以外)で、そのうち約半数の24人が、0歳児の赤ちゃん。主たる加害者は「実母」が40%を占めています。(*)
*こども家庭庁「こども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第19次報告)(令和5年9月)」
ニュースでもたびたび、妊婦が公園のトイレや自宅などで出産し、遺棄してしまう事件が報道され、胸を痛めている方も多いのではないでしょうか。
「生まれたばかりの赤ちゃんが遺棄される悲しい事件をなくしたい。」
そんな強い思いから、フローレンスは昨年、2022年に「#ふるさと納税でこどもを助ける」を合言葉にクラウドファンディングを実施し、いただいたご寄付を原資に、2023年6月、健診費用や出産費用を妊婦に代わって提携先の病院に支払い、妊婦が安心して出産できるようサポートする、日本初の「無料産院」事業を立ち上げました。事業開始から半年で提携病院は3院に増え、これまでに、5人の妊婦の出産に伴走しました。
今回は、この半年の「フローレンスの無料産院」事業の活動報告と見えてきた課題、今後の展望についてお届けします。
「フローレンスの無料産院」事業開始までの歩み
フローレンスは、赤ちゃんの遺棄・虐待ゼロを目指して、2016年、ご寄付を原資に赤ちゃん縁組事業を立ち上げ、7年にわたり「にんしん相談」と「特別養子縁組」のあっせんに取り組んできました。
フローレンスの「にんしん相談」では、これまでに4,000件を超える相談に対応し、予期せぬ妊娠などに悩む女性の声に耳を傾け、医療機関への受診同行や地元の保健センター等行政との連携など幅広い支援を届けています。
2022年10月に「中期以降ハイリスク妊婦への初回受診料支援」を開始し、孤立し経済的に困難な状況にある妊婦の初回受診料を支援する活動をトライアルで始めました。2023年に支援を本格的にスタートしてからは、数ヶ月間で、相談から1ヶ月以内に出産したケースが8件ありました。臨月に入って途方にくれていた8人の妊婦とお腹の赤ちゃんを医療機関につなぎ、リスクの高い孤立出産から守ることができたのです。
この取り組みから、まず妊婦の金銭的不安を取り除き、安心して出産できるよう妊婦を医療機関につなぎ、医療機関や地域と共に赤ちゃん、お母さんを守りたい、と考えたことから、2022年のふるさと納税クラウドファンディングでのご寄付を原資に、2023年6月、相談支援や健診・出産費用の経済的支援によって安心して医療につながり、安全に赤ちゃんを産むことができる、日本初の「無料産院」事業を立ち上げました。
誰でも孤立出産に陥る可能性がある、という現実
「検査薬で妊娠したことが分かったが、お金がなくて一度も病院に行けていない。産んでも、育てることはできそうにない」
フローレンスの「にんしん相談」に寄せられたある女性からのSOSです。
女性は20代前半。事情があって早くから一人で暮らし、アルバイトを掛け持ちしながら生計を立ててきました。相手はアルバイト先の成人男性。妊娠がわかったあとに、男性に家庭があることを知ったといいます。妊娠したことを伝えた当初、男性は「離婚する」と言っていましたが、最近になって連絡がとれなくなりました。
お腹が大きくなって体調がすぐれない日が多くなり、アルバイトに行けず、食費にも困るほど追い詰められていたところで、フローレンスのにんしん相談にたどり着きました。
フローレンスの相談員は、「産婦人科は未受診で、すでにお腹も大きくなってきている」と聞くと、「お金のことは後で一緒に考えよう。まずはとにかく病院に行こう」と女性に声をかけました。
そしてその日のうちに、女性が住む地域の保健センターに連絡。センターの協力を得ながら、未受診でも受け入れてくれる産婦人科を急いで探し、無事に医療機関や地元の保健センター、市役所の助成相談係等につなぐことができました。
傍目には分からない、経済的な困難さ
「フローレンスの無料産院」事業の開始当初は、彼女のように、様々な事情で誰にも相談できず、経済的に困難な状況に置かれた女性が、産婦人科を未受診のまま臨月を迎え、リスクの高い飛び込み出産や孤立出産に至ってしまうケースを想定していました。
もちろん、そのような女性も少なくありません。しかし、医療機関と連携したことで「妊婦像」の解像度があがり、妊娠しても受診できない背景には、様々な要因が絡み合っていることがわかってきました。
・パートナーがいるが経済的なDVを受けていて、通院・出産にかかる費用を出してもらえない
・相手との関係性が壊れることを恐れて、妊娠を相手だけでなく周囲にも言い出せないため、妊娠が周知のこととならず医療機関にもかかれない
彼女たちは、必ずしも孤立し困窮を極めているわけではありません。服装などにも気を使い、不自由なく生活しているように見える人もいます。しかし実際には、パートナーとの関係性が適切でなかったり、生育環境が影響して不安定な精神状態にあったりと、さまざまな事情を抱えている人も多いのです。
行政の支援からこぼれ落ちる相談者の存在
この半年間で「フローレンスの無料産院」事業を通じて医療機関で出産した5件のうち、行政からの紹介でフローレンスの支援につながったケースは4件ありました。誰にも相談できない状況にいる人もいますが、出産費用が出せないことを行政に相談している人が多いこともわかりました。
しかし行政には、支援をしたくても個別の妊婦の事情を汲んでの金銭的支援は難しいという事情があります。
行政には「助産制度(経済的理由により入院助産を受けることができず、他からの援助も期待できない妊婦の方を対象に、認可された助産施設に入所させ、出産する際の費用を援助する制度)」などの支援制度があります。
しかし、それには「前年度の収入」を基準とするといった線引きがあり、例えば、アルバイトで生計を立てていた方が妊娠したことで働けなくなって無収入になり生活に困窮していても、前年度の収入がある程度あった場合は、「助産制度」が使えないなどということがあるのです。
NPOだからできる、制度の狭間を埋める支援
フローレンスは、そういった制度の網の目からこぼれ落ちてしまった相談者の生活状況を聞いて、柔軟に判断し、支援を決定しています。軸になるのは、「妊婦が安心できる環境にあって、赤ちゃんが守られて生まれてくる」状況を作るということ。
「出産するためのお金がない」という問題は、妊婦にとって非常に深刻です。お金の問題は、自身の体調の心配をしたり、産んだ後の生活について考えることすら阻んでしまうこともあります。
「フローレンスの無料産院」事業で、まず金銭的な支援を届けることで、困難な状況にある妊婦の心にゆとりをもたせ、自身の健康や、生まれてくる赤ちゃんのこと、未来のことを考える余白を作ることができます。
支援をした方からは、「フローレンスさんのお陰で安心して出産に臨むことができました。本当にありがとうございました。とても感謝しています。」とのメッセージをいただいています。
制度の網の目からこぼれ落ちてしまった人を受け止め、妊婦と生まれてくる赤ちゃんの命を守ることができるのは、活動を寄付で支えられているNPOだからこそです。
「フローレンスの無料産院」事業を全国に広げ、政策提言につなげたい
京都の第二足立病院(京都市 理事長:畑山博)との提携で始まった「フローレンスの無料産院」事業は、2023年8月1日から、関東圏では初めて「まつしま病院」(東京都江戸川区、理事長:益原千加)、中部圏では初めて「いとうレディースケアクリニック」(岐阜県本巣郡北方町、理事長:伊藤俊哉)と提携し、現在、関東・中部・関西で展開しています。
「いとうレディースケアクリニック」では、「無料産院」提携開始から妊娠相談件数が増え、特定妊婦として他の病院へつないだり、行政の支援につないだりと、地域の相談窓口としての役割が生まれたといいます。
雇用者の約4割を非正規雇用者が占め、感染症や物価上昇などの影響で、経済的に不安を抱えている人が多い今だからこそ、身近に「困ったら頼れるところがある」ことがとても重要です。
フローレンスはこのような「無料産院」の提携病院を今後も全国に広めていくことで、経済的に困難な状況にある妊婦が、全国のどこからでも相談できて、その先の支援に結びつくことができるようにしたいと考えています。
また、「フローレンスの無料産院」事業を通じて、各地域での困りごとを抱えた妊婦の事例を集め、適切な制度を政策提言し、誰でも安心して出産の日を迎えられる社会の創造を目指します。
寄付でフローレンスの活動を応援してください
妊婦の抱えている事情は様々です。しかし、生まれてくる赤ちゃんには、何の罪もありません。すべての命が、温かな環境で育まれる権利があります。
また、どのような経緯での妊娠であったとしても、それを個人の責任として矮小化するのではなく、多くの場合、社会で解決するべき課題が背景にあることを慮り、困りごとを抱えた人がどんなときも支援を求めることができ、周りの人が手を差し伸べることがあたりまえの社会となることを願っています。
困りごとを抱えた妊婦と生まれてくる小さな命を守るために、フローレンスの活動に力を貸してくれませんか?
フローレンスへの継続的なご支援・応援が、活動を続ける大きな力になります。