フローレンスは、障害児保育園ヘレンの運営などを通じて、医療的ケア児の支援に長年向き合ってきました。しかし、「地域の小規模認可保育園で受け入れる」ことは、わたしたちにとっても新たなチャレンジでした。
今回、話を聞いたのは、医療的ケア児の受け入れ準備や行政との調整など、園とともに一歩一歩進めてきた二人です。
「どうすればできるのか?」
「どんな壁があったのか?」
「何が突破口になったのか?」
全国の自治体や保育事業者が一歩を踏み出すヒントとなるよう、そのリアルと気づきをお届けします。
みらいの保育園事業部マネージャー 川口千里

子育てを通じて感じたこども・子育て領域や地域の課題の解決のために自分のキャリアを役立てる仕事ができないか、と考え、2018年秋にフローレンスに入職。前職でのリサーチャー経験から、調査・分析業務や事業部横断プロジェクトのPMを担う。2020年から認可保育園・小規模認可保育園を運営するみらいの保育園事業部のマネージャーとして、事業全体のとりまとめ役を担う。2026年4月からは、代表室マネージャーとしてめざす社会の実現に向けた政策提言や自治体との交渉などにも携わる。
みらいの保育園事業部 平井 久里子

都内の保育園で保育士として勤務する中で、病児保育の必要性を実感し、その先駆け的な存在だったフローレンスに2011年に入職。現場での勤務の後、安心・安全な病児保育を提供するための研修や仕組みづくりに従事。現在は認可保育園・小規模認可保育園を運営するみらいの保育園事業部にて、『これからの社会に必要とされるあたらしい保育をつくる』という目標に向けて、インクルーシブ保育やシチズンシップ保育の実践に向けた研修や仕組みづくり等に携わっている。
医療的ケア児が地域の園で過ごす、最初の一歩
ーーーまずは、医療的ケア児受け入れの最初のきっかけを教えてください。

川口
フローレンスの障害児保育園ヘレンでは、2014年から医療的ケア児のお預かりを行ってきました。当時は、医療的ケアのあるこどもを長時間受け入れる保育園は地域にほとんどありませんでしたが、この10年で認可保育園での受け入れが進み、選択肢は広がっています。
一方で、障害児保育園の要件からも、認可保育園での受け入れの対象からも外れる「狭間」にいるお子さんもいます※。
こうしたこどもたちの居場所をどうつくるか。それはフローレンスにとっても、地域の保育園にとっても重要なテーマだと感じています。
※仙台市の「おうち保育園かしわぎ」で、「狭間」のお子さんを受け入れた事例

ーーー小規模認可保育所であるおうち保育園での受け入れは大きなチャレンジだと思いますが、迷いはありませんでしたか?

川口
フローレンスにはヘレンの運営で得た知見があり、社内に相談できるスタッフもいます。そのため「適切な準備と連携があれば、小規模保育園でも受け入れはできるはず」と考えました。必要な手順を一つずつ整理していけば前に進める、そんなイメージでした。
ーーー事業部の担当者として、最初に話を聞いた時の率直な印象は?

平井
全国では認可保育園での医療的ケア児受け入れが進んでいる一方で、フローレンスの小規模保育園ではまだ機会がありませんでした。ただ、前々から「いつかは預かれるといいよね」と話していたので、驚きというよりは 「いよいよ来たか」 という気持ちでしたね。
実際にやるとなると、保育事業部には医療的ケア児支援のノウハウを持つスタッフがいません。未知の領域にチャレンジする力は必要になるな、と感じました。
最初の鍵は、現場を見てイメージをつくること
ーーー医療的ケア児受け入れの準備で、最初に着手したことは何でしたか?

平井
まずは「現場を見に行くこと」でした。
受け入れの方針を伝えた際、現場の保育士たちからは「目指すところはわかるけれど、不安もある」という声が出ました。園でのミーティングで丁寧に聞いていくと、「見たことがないし、関わったこともないのでイメージが湧かない」というのが本質だと感じました。
知らないものが怖いのは、誰でも同じですよね。
そこで、まずは「見てみよう」と。
フローレンスの障害児保育園ヘレンだけでなく、他事業者の園にもご協力いただき、フルタイムスタッフ全員で見学に行きました。
見学を通して、「わたしたちの保育園での医療的ケア児預かりをどういうものにしたいのか」イメージができるようになり、その上で「インクルーシブ保育指針」を作っていきました。

ーーー「インクルーシブ保育指針」とは?

平井
当初は先生たちから「看護師さんが医療的ケア児を見てくれるんですよね?」という声もありました。確かに医療的なケアは保育士ではできない部分がありますが、医療的ケア児が保育園の中に入るって、それだけではないはずです。
わたしたちが目指すのは、「特別ではありつつも特別じゃない」ごちゃまぜ保育。みんなが同じ園で、一緒にいろんなことが経験できることを大切にしています。その思いをプロジェクトメンバー・園全体で丁寧に話し合い、指針としてまとめました。
| インクルーシブ保育指針 |
|---|
| 『すべてのこどもに必要な支援を』
こどもはこどもの中で育ちます。 みんな一緒にいる社会。それがあたりまえの社会を願って。 社会の中で知り合う経験を通して、人としてのつながりが生まれ、心寄せあい、生きあう。 専門領域をかけあわせたチーム全員で、保育の中で、こどもの育ちを見守ります。 |
この指針を考えるプロセスの中で、「医療的ケアがあることを特別視をしすぎない」という
ことを大切にしました。どんなこどもにも必要な支援を届ける中で、たまたまこの子には医療的ケアが必要だねということ。だからこそ、専門領域をかけ合わせて保育士、看護師、さまざまな職員がチーム全体で一人一人のこどもの育ちを支えていく意義があると考えています。

ゼロベースでやろうとせず、実践園に学ぶことが一番の近道
ーーー医療・安全・ケアなど多方面の調整の中で、特に「重要だと思った準備」はどの部分でしたか?

平井
「どのタイミングで何を確認するか」を整理することです。
医療的ケアが必要なお子さんは、通常の入園手続きに比べて確認事項が非常に多くなります。そこでヘレンのスタッフに相談しながら、預かり可否に必要な情報と、準備段階で確認すべき事項を段階的に整理していきました。
ーーー障害児保育園を運営しているフローレンスならではの連携ですが、もし社内にそのようなヒアリング相手がいなかったら、どうすればいいでしょう?

平井
正直、障害児のお預かり経験がない園が単独で進めるのは、とても難しいと感じました。
もしその園自体に相談先がなかったとしても、経験のある区立園などに相談できれば大きな助けになると思います。

川口
実践している園からノウハウをいただくことは本当に大事だと思います。「何を、どんな順番で揃えたか」という流れや、注意が必要なことなどを教えていただくだけで準備が一気に具体化します。
一つの園がゼロベースで受け入れ準備を進めるのは大変だからこそ、こうした「準備の型」を事業者同士で共有できるだけでも負担はぐっと減ると思います。
受け入れ開始後に見えてきた変化
ーーー実際に受け入れが始まってから、印象的だったことはありますか?

平井
一番大きかったのは、お子さんの変化です。
入園して刺激が増えたこともあってか、表情がどんどん豊かになり、声も出るようになりました。
また、周りのこどもたちの様子も印象的でした。
入園前は「医療機器を触ってしまうのでは」と心配の声もありましたが、実際にはこどもたちがごく自然に受け入れ、「これは◯◯ちゃんの大事なもの」と理解し、適度な距離を保ちながら関わってくれました。
もちろんリスクヘッジは必要ですが、「できない理由」にして避けるのではなく、越えられるものだと強く感じました。


自治体との調整で支えられたこと
ーーーはじめての試みということで行政との調整も多かったと思いますが、いかがですか?

川口
今回は「私立園、かつ小規模保育園で医療的ケア児を受け入れる」という、自治体としても初めての取り組みでした。
その中で、自治体側が前向きに一緒に進めてくださったことは本当にありがたかったです。
医療的ケア児の入園は申請前から行政との相談が必要になるため、早い段階からしっかりと情報連携していただけたことが、準備を進める上で大きな支えになりました。

平井
柔軟に対応いただけたことも大きかったです。
当初の預かり条件には含まれていなかった医療的ニーズが見えてきた際にも、一律NGとするのではなく個別の状況に応じて判断できる幅をもたせてくださいました。
行政としては基準を一律にしたほうが運用はしやすいはずです。
それでも、疾患名や症状で区切らず、お子さん一人ひとりの状況を見ながら対応いただくことで、その子に合った選択肢が広がると感じました。
医療的ケア児受け入れに必要なのは「柔軟な体制づくり」と「制度の後押し」
ーーーこれから他の園が医療的ケア児の受け入れを進めるうえで、必要だと思う制度・仕組みはありますか?

川口
医療的ケア児を預かるうえで欠かせない看護師配置には、まだ課題があると感じています。
フルタイムの看護師1名を園固定で配置するのではなく、短時間勤務の看護師と組み合わせたり、近隣の園とサポートし合えるような柔軟な体制があるとありがたいですね。それにより、状態が変わりやすい医療的ケアのお子さんに対し複数の視点を入れて安全性を高めることができたり、看護師が担う責任・負荷の軽減や休暇の取りやすさにもつながります。
また、受け入れ前の準備期間にも看護師が必要になることがありますが、その期間に補助がないため、負担が大きくなってしまう現状もあります。

平井
「看護師だけ」「保育士だけ」と役割が分かれすぎない仕組みも大切だと思います。
自治体によっては、軽度の医療的ケアなら保育士も対応できる仕組みがあるのに、運用上すべて看護師担当になってしまう場合があります。
そうすると、必然的に「この子は看護師が見る子」と分かれてしまいやすくなる。できる部分は保育士も担えるようにすることで、理想的なインクルーシブ保育に近づけるのではと思います。
受け入れを迷う園や自治体へのメッセージ
ーーー最後に、読者の皆さんへメッセージをお願いします。

平井
初めての挑戦には、不安や怖さがあるのは当然だと思います。看護師配置など体制を変えるハードルもあります。でも、それ以上に得られるものは本当に大きいと感じています。
医療的ケア児のお子さんが入ってきたことで職員の知識や関わり方が広がりましたし、何よりこどもたちが「違い」をそのまま受け入れ、自然に関わり合って成長していく姿を見ることができました。こういう環境が、身近に障害のある方がいてもあたりまえに接し、ともに過ごせるこどもを育てていくのだと思います。
ぜひ、得られるものの大きさに目を向けながら、前向きにチャレンジしてほしいです!

川口
フローレンスとしても、地域の保育園での医療的ケア児受け入れは、まだ2園で実現したばかりです。ここから、どこの園でも障害あるお子さんをあたりまえに受け入れられる未来をつくっていきたいと思っています。
医療的ケア児が「壁の向こうで看護師と過ごす」のではなく、ひとりの園児として同じ空間で一緒に育つ。
大人も「看護師だから看護だけ」「保育士だから保育だけ」ではなく、みんなですべてのこどもを支えていく。そんなごちゃまぜ保育を、丁寧に広げていきたいです。
きっと、みんな保育園に通える、そのために
フローレンスでは、医療的ケア児の受け入れに取り組む自治体や保育事業者の皆さまに向けて、研修や勉強会、ノウハウ提供などのサポートも行っています。
▼ 情報交換・事例共有したい方へ
「医療的ケア児保育 まなびば」
医療的ケア児の保育の実践者同士でつながり、困りごとの相談やノウハウ共有ができるオンラインコミュニティ
▼ 医療的ケア児の保育園入園について
フローレンスの保育園では、医療的ケア児の入園にも対応しています。
まずは、各園までご相談ください。
疾病や障害の有無にかかわらず、こどもたちが「ごちゃまぜ」で育つ社会へ。
ともに一歩を進めていけたら嬉しいです。



