毎年9月1日の「防災の日」、そして「防災週間」を迎えるこの時期。
大きな地震・災害の記憶も新しい中で、ご家庭や職場で防災対策を見直している方も多いのではないでしょうか。
社会全体の防災意識が高まる今だからこそ、知ってほしい現場があります。
それは、人工呼吸器などの医療デバイスとともに生きる「医療的ケア児」(以下、医ケア児)や、歩くこと・言葉で伝えることが難しい「重症心身障害児」(以下、重心児)をお預かりする施設で、災害時にこどもたちをどう守ろうとしているかということです。一般的な防災マニュアルだけでは対応しきれない数々のハードルが存在します。
近年、保育所等で医ケア児の災害対応を検討するための留意事項をまとめたガイドラインも整理され始めています(こども家庭庁の調査研究事業による『保育所における医療的ケア児の災害時対応ガイドライン』など)。
しかし、それを施設の設備や園児に合わせてどう落とし込むかは、現場に委ねられています。
この記事では、フローレンスが運営する障害児保育園ヘレン経堂(東京都世田谷区)での防災の取り組み・これまでに積み重ねてきた工夫をご紹介します。
医ケア児・重心児の防災のハードルとは?
障害児保育園ヘレン経堂には、2026年9月時点で14名のお子さんが通っており多くの医ケア児・重心児が在籍しています。ヘレン経堂の陳(ちん)園長に、医ケア児や重心児特有の防災の難しさについて聞きました。
「替えが効かない」物品と電源確保の緊張感

陳園長
人工呼吸器や吸引器などの医療デバイスとそれに付随する物品、経管栄養剤、決まったお薬など、命や健康に直結する「替えが効かない物品」が多く、何をどれだけどうやって保管しておくかは難しい問題です。

陳園長
さらに、医療機器を動かすための「電源」の確保も深刻です。多くの医療機器は電気で稼働しているため、大規模停電が起きた際にどうやってバッテリーを保持し、充電環境を確保するかは死活問題です。こどもの命と生活を確実に守り抜くため、物品管理には常に緊張感を持って臨んでいます。
素早く安全な移動の難しさ

陳園長
また、ヘレン経堂はビルの2階にあるため避難は階段です。自力移動が難しいこどもたちをスタッフが1人ずつ抱っこして移動しますが、身体にチューブや機器がつながっている子、急にケアが必要になる子、取れる姿勢が限られている子もいます。

陳園長
安全な体制を保ちながら素早く避難すること自体も大きなハードルとなるため、日頃からスリングの活用や避難ルートの確認など、安全に避難できる体制づくりを重ねています。
防災ノウハウの少なさ

陳園長
こうした難しさがある中で、医ケア児や重心児をお預かりする他の施設の実践を参考にしようと、ネットなどで調べても具体的な方法がほとんど見つかりません。各事業所が工夫していてもなかなか発信する余裕がないのかなと思っています。
フローレンスでは、こうした不安や課題をそのままにせず、現場での実践と改善を繰り返しながら対策を進めています。
障害児保育園ヘレンの避難訓練に密着!流れと工夫を紹介
ヘレン経堂では、毎月、地震や火災を想定した避難訓練を実施しています。
8月は、お昼寝中に大地震が発生したという状況で訓練を行いました。ヘレン経堂には重心児と重心児以外の2つのクラスがあります。普段は分かれて活動をすることが多いですが、お昼寝中は全員が一つの部屋に集まっています。スタッフは比較的接することの少ない隣のクラスのお子さんを抱っこして避難する可能性があるという、あえて難易度の高い状況を設定しました。
この日に行われた避難訓練の一連の流れと工夫のポイントを紹介します。
①【地震発生想定】まずは身を守る
「地震が発生しました!落ち着いて部屋の中央に集まってください!」
アナウンスと同時に、スタッフは横になって眠っていたこどもたちの元へ駆け寄り、素早く部屋の中央へ集まります。そして、普段こどもたちが横になる大きなマットを持ち上げて被せます。落下物から全身を守りながら、揺れが収まるのを待ちます。

②【初動】混乱や迷いを防ぐ「アクションカード」の配布
揺れが収まり避難が必要と判断されると、活動リーダーのスタッフが点呼と怪我の確認を行い、「アクションカード」を周囲のスタッフへ手渡します。

アクションカードとは「誰が・いつ・何をするべきか」が書かれた役割分担カードです。ヘレン経堂では以下の4種類を用意しています。
- リーダーとなる人
- 医療機器関連の対応をする人(看護師)
- 避難物品を集める人
- こどもの避難準備をする人
★工夫のポイント:
アクションカードは、役割を明確にし、書いてある通りに動くことで、緊急時の指示待ちや迷いを防ぐことができる仕組みです。
昨年度、スタッフの発案で導入され、訓練で使いながら改善を続けています。


③【避難準備】「アクションカード」に従い迅速に行動
各自、配布されたアクションカードに従って準備を開始します。
1. 医療機器関連の対応をする看護師の場合
こどもたちの据え置き型の医療デバイスを安全に外し、持ち運び可能な外出用の機器へと手際よく切り替えます。また、持ち出すべき医療機器を集めます。
2. 避難物品を集める人の場合
アクションカードのリストに従い、保管場所から下記のような物品を集めてきます。
避難靴、防災頭巾、ヘルメット、抱っこ紐・スリング、一次避難用持ち出し袋(軍手、ウェットシート、水、ライトなど)、家庭からお預かりしている「替えが効かない」物品の入った袋(シリンジ・カテーテルなど医療用の物品、ミルク・栄養剤などの個別の食事、薬など)
★工夫のポイント:
いざという時に迷わないように……
・バッグに「一次避難」「二次避難」のタグを付け、優先して持ち出す物品(一次避難)を視覚化
・保冷が必要な非常薬は、冷蔵庫内で専用の箱にまとめてサッと取り出せるように管理
・避難用の靴にはサイズをテープに書いて貼っておき、ひとまとめにして管理。「自分のもの」を探すのではなく「足が入るもの」を履くルールに


3. こどもの避難準備をする人の場合
お子さんと自分の分の靴、防災頭巾、ヘルメットを装着し、抱っこ紐やスリングを使ってこどもと自分の体を固定します。
スリングは座位が取りにくいお子さんや首が座っていないお子さんでも姿勢が安定し、スタッフの片手・両手が空くため階段移動などの安全性が高まります。


★工夫のポイント:
スリング類を防災用品として仕舞い込まず、普段の音楽遊びで抱っこしながらグルグル回ったり、公園でブランコをしたりする際にも使用しています。定期的にこどもの成長に合わせたサイズの見直しができるほか、こどもも大人も抱っこ移動に慣れて、いざというときスムーズに避難できるようになることを目指しています。
④【避難開始・完了】ビル2階からの脱出
各担当者は準備が終わったらアクションカードをリーダーに戻します。
すべてのカードが戻ってきたらリーダーが避難経路を宣言し、点呼を行ってから階段で外へ避難します(※この日は階段前までの移動訓練)。
⑤【振り返り】1人ずつ声を出して改善へつなげる
避難訓練完了後、スタッフ全員が集まり円になって振り返りを行います。「動いてみて迷ったこと」「不安だった点」を1人ずつ出していきます。
今回の訓練でも全員の発言の後、防災係のスタッフが「災害はいつ起こるかわかりません。全員がこどもたち全員を抱っこできるようになっておくのが理想なので、またこういったシチュエーションでの訓練もしていきましょう」と締めくくりました。

1分1秒の迷いをなくす準備と、全国へのノウハウ発信
改めて、防災のために大切にしている考え方を陳園長に聞いてみました。

陳園長
避難訓練では、いざという時に素早く動けるための事前準備をどれだけしておけるかが大事だと思っています。「アクションカード」や「一次避難」のタグなど、もし慌てたり、混乱したりしてもそれを見れば動ける、というものを増やしていっています。

陳園長
また、もし保護者の方がすぐにお迎えにこられないとなった場合、災害のさなかでもなるべくいつもと同じケアを届けるために、3日分の備蓄を常に切らさないことは心がけています。

陳園長
自分たちも具体的なノウハウが少ない中、安全にお子さんをお預かりするために施設としてできることは何か考え続けてきました。同じ問いを持つ方にこの記事を通して実践を共有できたら嬉しいです。
2026年8月23日に行われた第15回日本小児在宅医学会学術集会では、陳園長が登壇し防災の実践報告を行いました。
講演情報はこちら▼(詳細の閲覧には学会への参加登録が必要です)
重症心身障害児・医療的ケア児専門保育園における防災体制の構築と課題―特定非営利活動法人フローレンス 障害児保育園ヘレン経堂(東京都世田谷区)での実践報告―

フローレンスは引き続き、全国の仲間と取り組みや課題を共有し、誰もが安心して暮らせる社会の実現を目指してまいります。
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