社会課題をさまざまなレンズ(視点や解像度)で深く見つめ、理解を深めていく音声コンテンツ「フローレンズラジオ」。
シーズン3、最終回は――
体験格差10問1答!
身近な「半径5m」のモヤモヤを聞いてみた
ここまでのエピソードでは、
「体験格差とは何か」
「ブルデューが語った“好き”の正体」
「失われていくこどもの余白」
「地域やコミュニティの変化」
などをお話してきました。
一方で、シリーズを重ねる中で、こんな問いも見えてきました。
体験格差って、体験の量を競う話にならない?
お金のかかる習い事だけが“良い体験”なの?
格差って言葉を使う必要ある?
競争社会そのものを減らした方がいいんじゃない?
こうした違和感やモヤモヤは、このシリーズを聞いてくださった皆さんはもちろん、まだ「体験格差」という言葉にどこか捉えにくさを感じている方にとっても、共通するものかもしれません。
そこで最終話では、身近な「半径5m」の疑問やモヤモヤを10個集め、前田さんにぶつけてみました。
今回取り上げた問いの一部をご紹介すると――
- 体験格差という言葉は、親やこどもを焦らせませんか?
- お金のかからない遊びや公園遊びは「良い体験」ではないんですか?
- 「体験が少ない子はかわいそう」という見方になりませんか?
- 格差という言葉を使う必要はありますか?
- 競争社会を前提にするより、競争そのものを減らした方がよくないですか?
- 地方の日常や自然体験は軽く見られていませんか?
どれも、答えがひとつに決まる問いではありません。
実際、このシリーズを進める中でも、「それは悩ましい」「簡単には答えが出ない」という場面が何度もありました。
それでも対話を重ねる中で、少しずつ見えてきたことがあります。
フローレンスが考える体験格差は、“体験の量”の話ではなく、「自己決定の機会」の話だったこと。
そして、体験をたくさん与えることがゴールではなく、こども自身が育っていける余白や環境をどうつくるかが大切なのではないか、ということでした。
シーズン3では、「体験格差」という言葉から出発して、社会構造、地域、遊び、コミュニティ、そして大人のあり方まで、さまざまな視点からこのテーマを見つめてきました。
まだ答えは出ていません。
でも、少なくとも、
「体験を増やせばいい」という単純な話ではないこと。
そして、こどもたちの世界を支える大人は、親だけではないこと。
その輪郭が、シーズン3を通して、少しずつ見えてきた気がします。
ぜひ最後まで、一緒に考えていただけたら嬉しいです。


