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こどもが2割減った20年で、なぜ医療的ケア児は2倍になったのか

こどもが2割減った20年で、なぜ医療的ケア児は2倍になったのか

#フローレンズラジオ #障害児・医療的ケア児家庭支援

フローレンズラジオは、社会課題をさまざまなレンズから見つめる音声コンテンツです。
今回は、「社会課題は、どうやって生まれるのだろう?」という視点から、このテーマをのぞいてみます。

朝起きて、まず最初にすることは、痰の吸引。吸引用チューブをこどもの鼻から喉まで挿れ、反応を見ながら丁寧に、でも素早く痰を吸い取ります。

その後はご飯の時間。口から食事をとることが難しいので、同じく鼻から胃まで通っている注入用のチューブから、ご飯である栄養剤を入れます。ちゃんと消化できるようにゆっくり少しずつなので時間もかかります。その間も喉がぜろぜろ言ってきたら、姿勢を変えながら、また吸引。

こういった吸引や注入などの医療的ケアは間断なく続き、必要があれば夜中にも何度も起きて対応し、こどもの体調が悪いときは3時間しか眠れない。

これは、医療的ケア児が過ごすある家庭の日常です。

2005年から2024年にかけて、日本の15歳未満のこどもの数は約339万人減りました。実に20%減。少子化のニュースはもはや聞き慣れたものになりましたが、改めて数字にすると、その変化の大きさがわかります。

ところが同じ期間に、「増えたこどもたち」がいます。

医療的ケア児——人工呼吸器や吸引器など、医療的なデバイスの助けを借りながら在宅で生活するこどもたちの数は、2005年に約1万人だったのが、2024年には約2万1千人になりました。20年で2倍以上です。

さらに驚くのが、人工呼吸器を使うこどもの増え方です。2005年には264人だったのが、2024年には6,180人。20年あまりで23倍以上に増えました。増え方は近年も止まっておらず、直近10年だけで見ても約2.3倍になっています。

少子化が進む日本で、なぜこんなことが起きているのでしょうか。

「治療」ではなく「生活」

「医療的ケア児」という言葉を見たり聞いたりしたことがあっても、実際にどんな暮らしをしているのかは、意外と知られていません。

まずは、「医療的ケア児」という言葉の意味から見ていきます。

医療的ケア児支援法では、「日常生活及び社会生活を営むために恒常的に医療的ケアを受けることが不可欠である児童」と定義されています。少し硬い言い方をほぐすと、「医療的なサポートが、毎日の暮らしに欠かせないこどもたち」ということになります。

代表的なケアを紹介します。

喀痰吸引(たんの吸引)
痰は、気道や肺の粘膜が細菌やほこりを絡め取って体の外へ出そうとしている粘液です。疾患の影響でうまく排出できない場合、痰が気道に詰まって窒息するおそれがあります。そのため細いチューブを鼻や口から差し込み、機械で吸い出します。これを一日に何度も行う必要があります。

経管栄養
口から食事をとることが難しい場合に、鼻や胃に通したチューブから栄養を届けます。一回の注入に30分近くかかることもあります。お腹に穴を開けて直接胃に入れる「胃ろう」という方法もあります。

人工呼吸器
自力で呼吸することが難しい場合に、機械の力で肺へ空気を送り込みます。24時間装着して生活するケースも少なくありません。

大事なのは、これらが「治療」ではなく「生活」だという点です。

病院の中だけで行われる特別な医療ではありません。

退院して家に帰ったあとも、こうしたデバイスとともに、朝起きて、ご飯を食べて、眠る。その毎日の暮らしの中で続いていくものです。そんなこどもたちが、「医療的ケア児」と呼ばれます。

国の調査では、7割の保護者が「慢性的な睡眠不足」「緊張の連続」と答えています。主な介護者の約9割は母親で、平均睡眠時間は5.5時間。こどもの体調が悪い時には3.2時間にまで下がります。社会から孤立していると感じる家族は約半数にのぼります。

もちろん、大変さだけを伝えたいわけではありません。 こうした暮らしの実態があるからこそ、「社会はどう支えるのか」という問いが生まれます。

その問いを考えるために、まずは「何が起きているのか」を知るところから始めてみましょう。

昔なら助からなかった命が、助かるようになった

医療的ケア児が増えた理由を知ると、多くの人が少し驚くかもしれません。最大の理由は、日本の新生児医療が大きく進歩したことです。

「昔なら助からなかった命が、助かるようになった。」

これが、シンプルな答えです。
命が助かる。それは、誰もが「よかった」と思うことではないでしょうか。

NICU(新生児特定集中治療室)の病床数は、出生1万人あたりで見ると2002年の約18床から2020年には約40床へと倍以上に増えました。体重500グラム台で生まれた超早産の赤ちゃんでも、日本では約80%が生存できるというデータがあります。日本の新生児死亡率は出生1,000人あたり1人未満と、世界トップクラスの低さです。

ペットボトル1本分ほどの重さで生まれた命が、助かる。
それは、医療従事者の技術、それを支えてきた制度、そして積み重ねられてきた研究の賜物です。

助かった命は、やがて自宅へ戻ります。医療的なサポートを続けながら、自宅で、地域で暮らし始めます。これが、医療的ケア児の数が増えてきた背景です。

医療が先行し、社会が後から追いかけた

ここまでは、「医療が進歩した」という話です。 では、その先はどうだったのでしょうか。

実は、ここからが今回のテーマです。 

これは、「良いことの副産物」として生まれた社会課題でした。

医療の進歩によって助かる命が増えた——それ自体は、間違いなく喜ばしいことです。しかし、社会の制度は、その変化にすぐには追いついてきませんでした。

「医療的ケア児」という言葉が法律に明記されたのは2016年のこと。支援を国や自治体の責務として定めた「医療的ケア児支援法」が成立したのは、さらにあとの2021年です。こどもたちが病院から家へ戻り、地域で暮らし始めてから、その存在が制度の中で名前を持つまでには、長い時間がかかりました。

医療の進歩が先にあり、そのあとを社会の仕組みが追いかける。その時間差のなかで、多くの負担を引き受けてきたのが、医療的ケア児とその家族でした。

今回のフローレンズラジオでは、「制度の狭間」という言葉が何度も出てきました。社会が変われば、新しい困りごとが生まれる。最初は名前もなく、制度の対象でもなく、見えにくいまま置き去りにされることもあります。

助かった命を、社会がどう支えるか。その問いは、医療的ケア児支援の話であると同時に、「制度の狭間」にある課題に社会がどう向き合うのか、という問いでもあります。

今回のレンズ

今回は、

「社会課題は、社会の変化とともに生まれる」

というレンズを通して、このテーマを見つめてみました。

医療的ケア児は、「特別な社会課題」ではありません。医療が進歩し、暮らしが変わり、これまで想定されていなかった困りごとが生まれる。そして、その困りごとに気づいた人たちが声を上げ、支援が始まり、やがて制度になっていく。社会が変化していくプロセスを映し出す、一つの事例です。

社会課題は、「誰かが原因をつくる」のではなく、社会が前に進むからこそ生まれることもある。

そんな見方で社会を眺めてみると、ニュースの見え方も、少し変わるかもしれません。

続きは音声で

この記事では、「なぜ医療的ケア児が増えたのか」という背景を中心にご紹介しました。

音声では、障害児保育事業のマネージャーを務めてきた橋本さんと、医療的ケア児支援に長く携わり、政策提言にも取り組んできた黒木さんが、制度が生まれるまでの歴史や、現場で見てきた変化を、それぞれの実体験を交えながら語っています。

「制度は最初からあったわけではない。」

「制度の狭間」に置かれてきたこどもたちとその家族を支えるために、どのような仕組みや制度がつくられてきたのか。

そして、その先に、わたしたちはどんな社会を目指したいのか。

続きは、ぜひ音声でお聞きください。


出典


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