放課後、友達と集まって「自分たちだけの場所」を作った記憶はありますか。
押し入れの中でも、公園の茂みでも、どこかの空き地でも——。
大人には内緒の場所。
誰にも指示されない時間。
何をするかも、自分たちで決める世界。
そこでは、しょうもないこともたくさん起きました。
怒られたり、失敗したり、秘密を共有したり。
大人に用意されたわけでも、管理されていたわけでもない。
でもあの時間に、何かとても大切なものがあったような気がする。
そんな感覚を、フローレンスはいま改めて見つめ直しています。
「安全な環境」がこどもを守るはず、という前提
安全で整備された環境で、大人が目を届かせながらこどもたちが過ごす。
それが良いことだという感覚は、多くの人に共有されているものだと思います。
実際、日本のこどもたちの身体的健康は高い水準にあります。
ユニセフが行った国際調査では、日本のこどもたちの「身体的健康」は37カ国中1位です。栄養、医療、安全——数字の上では、世界トップクラスに守られています。
ただ、「安全に守られている」という事実だけで、こどもたちは本当に健やかに育っているといえるのでしょうか。
安全だけど、幸せじゃない
心の健康はどうでしょうか。
同じユニセフの調査で、日本のこどもたちの「精神的健康」の順位は37カ国中36位です。
身体的健康が1位で、精神的健康が36位。
さらに、日本全体の自殺者数は減少傾向にある一方で、こどもの自殺は1980年代以降で過去最多水準にあります。
もちろん理由は一つではありません。
家庭環境。学校生活。人間関係。心身の状態。社会の変化。
さまざまな要因が重なっています。
そのうえでユニセフは、こどもの精神的健康にポジティブな影響を与える要素として、「外で遊ぶこと」を挙げています。
安全であること。
管理されていること。
それだけでは、こどもたちの心は守れないのかもしれません。
こどもたちの「余白」が、消えていく
かつての日本では、こどもたちに「余白」がありました。
目的もなく、大人に管理されず、何をするかを自分たちで決める時間と空間。
「秘密基地」のような場所で、こどもたちは実は多くのことを学んでいました。
何をして遊ぶかを自分で決める自己決定。
どこまでやったら怒られるかを探る社会性。
失敗したあとに仲間との関係を修復する経験。
そこには正解も、カリキュラムもありません。
大人が用意したプログラムではなく、「何が起こるかわからない」環境。
こどもたちは、そんな「余白」の中で育っていたのです。
でも今、その「余白」は社会から急速に姿を消しています。
公園のボール遊び禁止。
遊具の撤去。
空き地のマンション化。
「安全で管理しやすい空間」へと整備されていく街の中で、こどもが「ただそこにいる」こと自体が、少しずつ難しくなっていきました。

習い事を増やすだけでは、埋まらない
こどもたちの環境を良くしようとするとき、わたしたちはつい「足し算」で考えてしまいます。
質の高い教育。安全な遊び場。豊かな体験プログラム。
もちろん、それらは大切です。
でも、いま日本のこどもたちに足りないのは、「もっと多くのことに参加すること」だけではなく、もしかしたら「ただそこにいられる時間」なのかもしれません。
かつて秘密基地にあったのは、そうした時間でした。
正解もカリキュラムも、評価もない時間。
「安全」と「幸せ」は両立できるのか。
あるいは、安全で整った環境の中に、こどもたちの「余白」をどう残していくのか。
それが今、わたしたちが問い直していることです。
続きは音声で
日本のこどもたちをとりまく現状と、フローレンスが考える「余白」の意味について、エピソードの後半で詳しくお話しています。続きはぜひ音声でチェックしてみてください。


