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学校法人矢口学園

町田市「待機児童90名」の裏側で――孤立する親子と食支援でつながる、矢口学園の覚悟

近年全国の市区町村の約9割が「待機児童ゼロ」を達成する中、その潮流と逆行している地域があります。東京都町田市です。同市の待機児童数は2026年4月時点で90名(※1)。過去5年で最多、全国で4番目に多い地域となりました。

しかし、これは氷山の一角に過ぎません。育休延長などで除外された「隠れ待機児童」を含めると、実に794名ものこどもが保育園に入れない「保留児童」となっています(※2)。

子が待機児童となった親は働きに出られず、幼いこどもと2人きり、地域からの孤立を深めていく――こうした社会からの孤立は、時に痛ましい事件を引き起こす要因にもなり得ます。

「どこにもつながれていない家庭を見過ごしたくない」

そんな思いで、フードパントリーをきっかけとした伴走支援を行う、町田市の「学校法人 矢口学園」。フローレンスはこども宅食に取り組む全国の団体を支援する「中間支援(※3)」を通じて、矢口学園の活動を支援しています。

常務理事である矢口政仁さん・同法人の成瀬なかよし保育園 施設長である陽子さんご夫妻に、現場の危機感と、食支援を通じた支援の必要性について話を伺いました。

左:矢口陽子さん、右:矢口政仁さん
左:矢口陽子さん、右:矢口政仁さん

※1 こども家庭庁「保育所等関連状況取りまとめ(令和8年4月1日)」より

※2 町田市「2026年4月認可保育所等入所待機児童数(確定値)について」より

※3 フローレンスがこども家庭庁補助事業「ひとり親家庭等のこどもの食事等支援事業」を受託し行う、要支援家庭へ食支援事業を行う団体へのサポート事業

孤立する家庭を見つけ出す。食支援をきっかけにしたアウトリーチ

──孤立する親子へ支援を届けるため、矢口学園では「フードパントリー」を実施されていますね。

本園を会場に、月1回・130〜160世帯へ、お米2kgや指定ゴミ袋など保存が利いて確実に使う食品や日用品をお渡ししています。特にお米は米不足の時期でも、生協や農協と提携して毎月欠かさず配布してきました。

対象は「18歳未満のこどもを育てている家庭」という条件のみで、所得制限は一切設けていません。こどもにとって親の所得は選べないので、公的支援の対象から外れがちな年収300万〜600万円帯の中間所得層も含め、困窮する親子を誰一人取り残さないセーフティネットを目指しています。

この活動の真の目的は単なる物資の支給ではなく、地域の中で孤立する支援が必要なご家庭を発見し、セーフティネットへとつなぐ「アウトリーチ」にあります。食支援はあくまで入口。そこからいかに親子を支援していけるか、が重要です。

フードパントリーでお渡しする食品・日用品の例
フードパントリーでお渡しする食品・日用品の例
──フードパントリーを実施する背景には、町田市の待機児童問題と子育て世帯の孤立があると伺いました。

はい。東京都の支援策などを背景に町田市では子育て世帯が急増しており、公的な保育の受け皿がまったく追いついていないのが実情です。

公表上の待機児童数は90名ですが、保育園に落ちた「保留児童」は約800名も存在します。保育園に入れず、頼れる親族もいないままワンオペ育児で限界を迎えるご家庭が後を絶ちません。

実は過去、当園からわずか2kmの場所で、双子のお子さんの預け先が見つからず追い詰められたお母さんが、お子さんの命を奪ってしまう痛ましい事件がありました。

手の届く場所で二度とこんな悲劇を起こさせない。自園の園児だけでなく、行政の手が届かない場所にいる地域の親子を誰一人取り残さない。その強い危機感と覚悟が、食支援を続ける一番の理由です。

乳児を抱きかかえる女性
──制度の狭間にいる方や、SOSを自ら上げられないご家庭とつながるために、どのようなアプローチをされているのでしょうか。

小児科や産婦人科、スーパー、デパート、フードコート、クリーニング店などに、フードパントリーのチラシやポスターを貼らせてもらっています。一般的な福祉の枠組みに引っかかっていない潜在的な困窮層や、支援情報を自力で探せないご家庭を、地域の中で泥臭く開拓していくイメージです。

また、食品などを入れる袋には園の名前が書かれたオリジナルのエコバッグを使っています。保護者同士の会話から、新たな困窮家庭に情報が伝わることを狙った仕掛けです。実際このバッグがきっかけで、知り合いに教えてもらってパントリーに来たという方もいるんですよ。

オリジナルのエコバッグ
オリジナルのエコバッグ
──物資を渡すだけでは深い相談をするまでに至らないこともあると聞いています。「手渡して終わり」にしないために工夫していることはありますか。

初期段階から深い困りごとを明かしてくれる方はまずいません。顔を合わせる回数を重ねる中で、信頼を寄せていただくことが不可欠です。

実はパントリーを始めたばかりの頃、品物を手渡してすぐに帰られてしまう形になってしまった反省がありました。そこで現在は、当園の広い園庭や大きなホールなどがある環境を活かし、水遊びや花火大会などのイベントを同時開催したり、キッチンカーや安価な生協さんのブースを呼んだりして、お子さんを遊ばせながら親御さんと世間話ができる「滞在時間」を意図的に設けています。イベント目当てで気軽に遊びに来てもらい、お話する時間を何度も重ねて信頼関係を築き、切実な悩みをすくい取っていくんです。

──フードパントリーという接点を通じて、実際どのように家庭のSOSをキャッチし、支援へとつなげて来られたのでしょうか。

食支援を始めたばかりの頃、とあるお母さんから「自分がもう精神的に危険な状態です」という電話を受けました。聞けば、夫は夜勤で日中ほとんどおらず、生後間もない赤ちゃんと2人きり。そして頼れる人が周囲にいない。すぐに「とにかく園に遊びにおいで」と呼びかけ、抱え込んでいた苦しさを受け止めながら適切な支援へつなげていきました。

フードパントリーのイメージ
──フードパントリーの活動を行うにあたり、フローレンスの中間支援(助成事業)も活用されていますが、現場として助かっていることや変化したことはありますか。

中間支援の存在は非常に大きいです。助成金をいただく前は、園の持ち出し(年間約100万円)で50〜60世帯を支援するのが限界でした。しかし助成金を活用できたことで、支援の規模が一気に約3倍となる130〜160世帯へと大幅に拡大しました。

運営にあたる先生たちは有志のボランティアとして参加してくれているため、いただいた助成金は人件費には使わず、全額を配布品の拡充や体験イベントの備品購入、受け入れ世帯数の拡大に還元しています。支援枠が足りずまだ受け取れないご家庭もいるため、1世帯でも多く受け止められるよう活用させてもらっています。

また、資金面だけでなく、中間支援を通じたネットワークや情報共有によって「他の地域ではどのような工夫で支援を行っているか」という知見が得られることも、草の根で活動する現場にとって大きな支えになっています。

食支援のその先へ──制度の隙間を埋める伴走支援

──フードパントリーという「入口」で出会ったあと、どのように継続的な関わりや支援へとつなげているのでしょうか。

パントリーの際、少し危うさを感じた未就園のご家庭がいたときは、「こども誰でも通園制度」を活用しています。定期預かりの枠を活用し、未就園のこどもも集団の中で自由に遊ばせながら、親御さんにはほっと一息つける時間を持ってもらいます。特に待機児童となりどこにも属していないご家庭にとって、定期的に通いながら日々の育児相談ができる貴重な場になっています。

当園は幼稚園と保育園の機能を併せ持つ認定こども園だからこそ、広い園庭や大型の遊具、雨でも遊べるホールといったハード面はもちろん、有資格者である保育士や幼稚園教諭が専門的知見からアドバイスできるソフト面が揃っています。孤立しがちな未就園児のご家庭に、保育のプロとしてこどもとの関わり方や発達の目安を伝えることで、「自分の育て方が悪いのでは」という不安を解きほぐしていきます。

──フードパントリーで出会ったご家庭からは、どのような相談をされることが多いですか。

特に多いのは「保活(保育園に入るための活動)」の相談です。

待機児童がこれだけいる中、保活は親御さんたちにとって死活問題。しかしやり方は誰も教えてくれないので、どこの園にどんな空きがあるのか、どう書類を書けばいいのかわからないという声が非常に多いです。そこでわたしたちは個別の保活相談に応じながら、保活が本格化する前に、市内の保育団体や幼稚園と連携した合同説明会を独自に開催しています。自分たちの園に入ってもらうことを目的にはせず、その家庭に合った園が選べるように、行政のホームページだけではわかりにくい、新規開設や受け入れ枠の最新情報を噛み砕いて伝えています。また保活の相談にのっていく中で、ご家庭が抱えていた困難に気がつくこともあります。

学校法人矢口学園 矢口政仁さん・陽子さん

地域の「ハブ」として、親子と支援をつなぐ

──説明会など、本来であれば行政が担うような領域にも見えますが、そこまで現場で手厚く踏み込まれるのはなぜでしょうか。

行政がパンクしており、一人一人に寄り添う余裕がないのが現実だからです。心配なご家庭に出会って行政に連絡をしても、あまりの件数に窓口が回っておらず戻されるケースもあります。しかし、「明日にでもどうにかしなければならない」と追い詰められているご家庭が目の前にいるんです。

だからといって、毎月パントリーで関わる130〜160世帯の相談をすべてそのまま行政に投げてしまっては、行政側も処理しきれません。だからこそ保育のプロであるわたしたちが、まず現場で丁寧に見極めを行っています。

日々の対話を通じて危険度や緊急性を判断し、本当に深刻なケースは危機感とともに行政へ報告し、確実につなぐ。わたしたちが目指すのは、地域の「ハブ」になること。近隣にいる親子が「あそこに行けばなんとかなる」と安心できる──そんな身近で確かなセーフティネットであり続けたいと思っています。

──構造的な課題も山積みと伺っていますが、親子にとって本当に必要な保育環境とは何でしょうか。

せっかく食支援で接点を作れても、現場の自己犠牲的な対応無しにはつながりを維持し続けることが極めて難しい構造が存在します。課題は本当にさまざまですが、例えば保育の受け皿拡大のために東京都の事業(「多様な他者との関わりの機会の創出事業」)を活用しても、補助金の上限により年間1,000万円を超える赤字を園が抱えざるを得ないなど、大きな負担を抱えています。

親子に必要なのは、こどもの健やかな発達を継続的に見守り、親御さんの小さな異変やSOSに気づいて伴走し続けられる環境。そしてそれを現場が無理なく動かし続けられる環境です。行政の皆さんのご尽力も理解しているからこそ、こうした課題を同じテーブルに乗せ、実効性のある形へ一緒に育てていきたいのです。

制度の隙間に落ちていく親子を生み出さないために。わたしたちは食支援を通して地域に手を伸ばし続けながら、そのつながりを離さないよう、現場に即した子育て支援のあり方を、これからも社会へ問いかけつづけていきます。

(インタビューここまで)


行政の限界や制度構造の歪みにより、膨大な赤字などのリスクや負担を背負いながらも、目の前の親子を見捨てず走り続ける矢口学園。子育てを「家庭の自己責任」にしてはならないのと同様に、地域を守る支援の継続を「現場の過剰な犠牲や善意」だけに委ねてはなりません。

こうした団体を、助成金や伴走支援を通じて社会全体で支えていくこと──それこそが、制度の谷間で途方に暮れる親子へ確かなセーフティネットを届ける道です。

「誰一人取り残さない社会」を単なる言葉で終わらせないために。わたしたちはこれからも現場の切実な声に耳を傾け、地域のために奮闘する団体を支える存在であり続けます。

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