フローレンズラジオは、社会課題をさまざまなレンズから見つめる音声コンテンツです。
医療的ケア児編も、いよいよ第三章。テーマは「インクルーシブ」です。
このシリーズでは、医療的ケア児が20年で2倍に増えた理由や、「医療的ケア児」という名前が法律につくまでの道のりをお届けしてきました。第二章では、「障害児保育園ヘレン」が生まれるまでとその後をたどっています。
2021年には医療的ケア児支援法が成立し、2026年7月には、その改正法も。そうやって、少しずつ前に進んできました。
ところが、ヘレンを立ち上げたとき、こんな声も届いていたそうです。

黒木
障害児専門の保育園を作るのは、分離の環境を作っているだけで、全然インクルーシブじゃないだろう。そういう批判の声をいただいたこともありました。
一緒にいることが、インクルーシブなのか。分けることは、悪いことなのか。第三章は、答えがすぐには出ない問いを、聞き手のわたし(清野)が、黒木さん・橋本さんと一緒に考えます。
黒木 健太(くろき けんた)

認定NPO法人フローレンス 副代表理事。2018年にフローレンスに入職後、全国医療的ケア児者支援協議会の事務局として政策提言活動を行い、2021年の「医療的ケア児支援法」成立を後押し。一般社団法人全国医療的ケア児者支援協議会 理事。愛称は「くろけん」。
橋本 吉央(はしもと よしちか)

認定NPO法認定NPO法人フローレンス ディレクター。障害児保育園ヘレン事業部マネージャーを経て、現在は広報・システム部門の責任者を務める。保育士資格保有。
清野 友花(せいの ゆか)

今回の聞き手。認定NPO法人フローレンス広報。メーカー系商社で人事を経験後、2019年入職。フローレンズラジオのパーソナリティを担当。こどもを持たない当事者としての視点を大切にしている。図鑑を読むのが好き。
「一緒にいる」だけでは、足りない
正直に言うと、わたしがインクルーシブという言葉に抱いていたイメージは、かなりざっくりしたものでした。障害があってもなくても、同じ場所で一緒に過ごしましょう。だいたいそういうことだろう、と。
そんな単純な話ではありませんでした。
黒木さんによると、多数派と少数派が分かれたとき、少数派の人がどう扱われるかには段階があります。
まず、排除。そもそもいないものとして扱う段階です。
戦後の日本には、就学猶予・就学免除というしくみがありました。障害が重いこどもに対して「学校に来なくていい」とする措置です。言葉のうえでは猶予や免除ですが、学びたいこどもを教育の外に置く、紛れもない排除のしくみでもありました。
次が、分離。地域の学校ではなく、離れた場所にある特別支援学校や専門の施設に通う段階です。
その次が、統合。同じ場所にはいる、という段階です。ただし、ここには条件がつきます

黒木
学校で授業を受けるとき、45分くらい座っていないといけないじゃないですか。でも、どうしても座っていられないこどももいる。そういうこどもにも「授業を受けるというのは、机に45分座って黒板を見てノートを取ることなんだから、同じように座っていなさい」と。本人が環境に合わせなきゃいけない。それが統合です。
そして、インクルーシブ。ここで「合わせる」の向きが反対になります。

黒木
運動会でかけっこをしましょうというとき、みんなが自分の足で走るだけじゃなくて、補助の道具やカートを使って参加してもいい。絶対に自分の足で走らなきゃいけないと言ったら走れないこどもも、道具を使えば一緒にかけっこができるよね、という考え方です。
同じ「一緒にいる」でも、こどもが環境に合わせるのか、環境がこどもに合わせるのか。統合とインクルーシブの違いは、そこにあります。
そしてもう一つ、見落とされやすいのがここです。

黒木
インクルーシブって、いつも一緒ということが絶対ではないんですね。居場所があって参加できることをインクルーシブと言って、四六時中同じ場にいるということではないんです。本人の意思で行ったり来たりできることを前提に、同じ場所にもいられるし、離れて過ごすこともできる。
「普通の暮らし」が、理念になるまで
この考え方は、どこから来たのでしょうか。
出発点の一つは、第二次世界大戦後のデンマークです。ナチスへのレジスタンス活動で強制収容所に入れられた経験を持つ官僚、バンク=ミケルセンが、知的障害のある人の入所施設を視察して衝撃を受けます。一人一人の行動が制限され、狭い場所に大勢が収容されている。自分がいた収容所と同じではないか。
そこから、知的障害のある人にもできるだけ通常の生活条件を保障すべきだ、という考え方が生まれます。朝起きて、日中は活動して、夜は眠る。そんなあたりまえの暮らしを、わざわざ声を上げて訴えなければならなかったのが、半世紀ほど前のことです。
この考え方は、やがて「障害は個人ではなく社会の側にある」という障害の社会モデルへと発展します。教育の世界でも、こどもを既存の環境に合わせるのではなく、環境の方をこどもに合わせる、という方向へ進んでいきます。1994年、ユネスコの世界会議でサラマンカ声明が採択されます。声明とともにまとめられた行動の枠組みは、こう想定しています。
人間に相違がみられるのは当然のことであり、したがって学習は、学習過程の速度や性質に関して予定された仮定に子どもを合わせるよりも、むしろ子どものニーズに応じて調整されなければならない
(1994年6月10日採択「特別なニーズ教育に関する行動のための枠組み」より。訳は中野善達編『国際連合と障害者問題』エンパワメント研究所、1997年)
45分の教室の話が、そのまま国際的な文書の言葉になっているようなものです。
そんななか、2022年に国連の障害者権利委員会は、日本の特別支援教育を分離的なものだとして、是正を求める勧告を出しています。
日本の「分離」には、もう一つの顔がある
ここまで読むと、「日本は遅れている」という話に聞こえるかもしれません。ラジオでも、そういう流れになりかけました。けれど、続けてこんな話が出てきます。

黒木
日本がずっと分離をしていて良くない、という一面的な見方だけではなくて、多面的な意味があるなと思っていて。そもそも障害があるこどもは義務教育を受けられない、ということも多かったんですよね。
特別支援学校の前身である養護学校が義務化されたのは、1979年のことです。それまでは、就学猶予や就学免除という形で、教育の場から排除されていたこどもたちがいました。その人数は、義務化の前年には9,872人。実施の年には3,384人まで減っています。
誰でも教育を受ける権利がある。それを実際に保障する場として、養護学校はとても重要でした。その一方で、障害のあるこどもは特別支援学校へ、そうではないこどもは地域の学校へ、という進路の分かれ方も、ここから始まります。
障害のあるなしで、通う学校が決まる。その形が、簡単には変わらないものとして社会に残りました。
ヘレンは「分離」なのか
同じことが、ヘレンにも言えるのではないか。黒木さんが持ち出したのは、この問いでした。

黒木
まず、保育を受ける場すらなかったから、専門的な場を用意した。ちゃんと社会に選択肢を増やして前進しているんだけれども、それが結果として分離になっているという課題があるじゃないか、というのは、確かにそうとも言えて。
これはマイノリティのための場をつくるときの構造的な葛藤だなと。新しい場を作ると、それが固定化してしまう。それでいいのか。
専門性に力を注いできたことが、かえって「ここは特別な子の場所」という線引きにつながってはいないか。黒木さんは別の記事でも、同じ問いを語っています。
ヘレンは、医療的ケアがあるというだけで預け先が一つも見つからない、という1通の相談から生まれた園です。申し込むことすらできなかったこどもたちに、ようやくできた場所でした。その場所が、「分離」だと言われる。
ヘレンの経緯をたどってきたあとだけに、聞き手のわたしは、ここで少し混乱してしまいました。

清野
ヘレンができた、通える場所ができた、それだけで超ハッピーじゃん、っていう気持ちになっていたんですけど……。確かに、「分離」と言われたら、そうなんですよね。
「一緒にすればいい」とは、ならない
分離がよくないのなら、一緒にしてしまえばいいのではないか。わたしはかなり素朴に、そう口に出しました。ヘレンの事業部マネージャーを務めていた橋本さんの答えは、「そんなに単純ではない」。
まず、保育のやり方そのものが違います。フローレンスの認可保育所「みんなのみらいをつくる保育園」が大事にしているのは、こどもが自分で意思表示して選んで遊ぶこと。一方のヘレンでは、その日のスケジュールや場面の区切りが、どう変わっていくかを丁寧に共有します。

橋本
例えばお絵描きをしましょうという活動でも、ヘレンだと工程をすごく細かく分けるんです。スタッフいわく、100ステップくらいに分けている感じなんです。紙の感触を確かめてみて、クレヨンを手のひらに置いてみて、この子にとってクレヨンがどうなのか。握ってみるかな、指で挟んでみるかな、と。
同じ部屋で、片方は「お絵描きじゃなくてブロックがいい」と動き回り、片方はクレヨンの感触を確かめている。一緒にすれば、どちらのこどもにも無理が出てしまうかもしれません。
こどもの特性によっては、もっとはっきり難しさが出ます。

橋本
周りの刺激に反応しやすいお子さんだと、賑やかな場所にいるとパニックになってしまったり。そういうときに無理に同じ保育室に留め置くことが、その子の心の平穏を脅かしてしまうことは結構あるんですよね。だから物理的に場所を分けることが、お互いの安心になることもあります。
フローレンスの保育園でも、刺激が苦手なこどもが、装飾を抑えた落ち着いた部屋でしばらく過ごせるようにしています。本人のペースで場を選べることは、分離に戻ることではありません。
では、医療的ケア児の場合はどうでしょうか。

橋本
安全だけを見る観点だと、人工呼吸器をつけていたら、ずっと場所を囲って、そこにいたほうが危なくない、という視点になりがちなんだけれども。でも、スタッフみんなで工夫すれば、ほかのこどもたちと同じ部屋で過ごすこともできるんです。
ヘレン記事の後編でお伝えした、胃ろうのあるこどもが、隣で友達が食べているのを見て、初めて自分から水をなめてみた場面。あれが起きたのも、同じ部屋にいたからでした。
「分けて守る」のジレンマ
難しいのはここからです。

橋本
この子は刺激が苦手だから基本的には分けて生活すればいい、というのがあたりまえになって分離が固定化されてしまうのも、避けないといけないんですよね。
安全を重んじるほど、分けることの方が正しく見えます。一回ずつを見れば、本人の安心や安全を考えた判断です。けれど、それが積み重なったとき、本当にその子にとって望ましい形になっているのでしょうか。
そもそも、「その子にとってどうか」は、どうすればわかるのでしょう。
ヘレンには、意思の表出がとても少ないこどももいます。スタッフはその子の様子を丁寧に観察し、かすかなサインから「やってみたい」を読み取ろうとします。
難しいのは、意思表明が難しいこどもほど、周りが代わりに答えてしまいやすいことです。この子はこれが好き、この子にはこれは難しい。その代弁が固定化すると、今度は本人の意思のほうが見えなくなっていきます。
代弁が固定化するように、場の分け方も固定化していく。その先で何が起きるかを、橋本さんはこう話しました。

橋本
こどもの時から大人になるまでずっと、安全ではあるんだけれど、マジョリティの人たちから見えないところで過ごすような形になりがちだと思うんですよね。そうすると、障害のない人たちから、その存在がほとんど知られない。
だから橋本さんは、個人的な意見だけれど、と前置きしたうえでこう言いました。

橋本
難しさがあっても、同じ場所にいることにはチャレンジし続けられた方がいいんじゃないかなと思っているんです。ただ、それを強制するんじゃなくて、なるべく選べる選択肢がある中でチャレンジしてみる。
混ざるほうがいいのか、分けておくほうが安心なのか。どちらが正しいかを決めるのではなく、その子のサインをどう受け取るか。2人の話は、何度もそこに戻っていきました。
今回のレンズ
今回は、
「どちら側が、合わせるのか」
というレンズを通して、この話を見つめてみました。
環境をこどもに合わせた結果として、「分ける」ことを選ぶ場面もあります。問題は、それが本人の意思と関係なく、「この子はこっち」と固定されることでした。
ヘレンの保育室では、今日も、お絵描きの一回が100のステップに分けられています。こどもを活動に合わせるのではなく、活動のほうをその子に合わせていく。その細かさは、かすかなサインを見落とさないための細かさでもあります。
「みんないっしょ」なら、それでいい。インクルーシブという言葉を、わたしはそう受け取っていました。
いまは、この100のステップのことだと思っています。
本編は、音声で
では、この難しさの根っこには何があるのか。次回は、「そもそも、人に線を引いているのは誰なのか」という、もう一段深いところへ話が進みます。
「分離がダメなら一緒にしちゃえばいいじゃん」と言い切ったあと、だんだん言葉に詰まっていくやりとりも、ぜひ聞いてみてください。
出典
- 中野善達編(1997)『国際連合と障害者問題——重要関連決議・文書集』エンパワメント研究所.(「特別なニーズ教育に関する世界会議:アクセスと質」で1994年6月10日に採択されたサラマンカ声明および「特別なニーズ教育に関する行動のための枠組み」の訳文。引用箇所は枠組みの「はじめに」第4段落)
- 障害者の権利に関する委員会(2022)『日本の第1回政府報告に関する総括所見』外務省仮訳
- 文部科学省(1981)「二 養護学校の義務制実施と養護学校の整備」『学制百年史』.(養護学校教育の義務制は1979年4月実施)
- 文部科学省「学校基本調査」(参考資料)年次統計総括表「15 就学猶予・免除学齢児童生徒数(1948年〜)」e-Stat.(就学猶予・免除学齢児童生徒数の計は、1978年9,872人、1979年3,384人)
- こども家庭庁(2024)『令和5年度子ども・子育て支援推進調査研究事業 保育所等における医療的ケア児の受入れ方策及び災害時における支援の在り方等に関する調査研究』.
- 参議院(2026)「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律の一部を改正する法律案」議案情報(2026年7月24日成立、7月31日公布、令和8年法律第77号).


