「こどもを守りたい」。
それは、ほとんどの親に共通する願いです。しかし、その願いとは裏腹に、過去の傷に苦しみながら子育てをしている親も少なくありません。
こどもの泣き声に強い不安や恐怖を感じる。誰かに助けを求めたいのに、その方法がわからない。「親なんだから頑張らなきゃ」と、自分を追い詰めてしまう。こうした困難は、本人の努力不足でも愛情不足でもありません。
わたしたちフローレンスは2026年、「虐待の世代間連鎖ゼロ」プロジェクトを立ち上げ、今回、子育て中の親1,400人を対象とした実態調査を実施しました。なぜわたしたちはこの課題に取り組むのか。そして、この調査から何が見えてきたのか。その一端をご報告します。
本当に苦しい人ほど、「助けて」と言えない
わたしたちはこれまで、予期しない妊娠や経済的・社会的な理由で出産・育児に困難を抱える方への「にんしん相談」、食品を届けることをきっかけに孤立しがちな家庭と継続的なつながりを築く「こども宅食」、妊娠中や子育て中の方が匿名・無料で相談できる「おやこよりそいチャット」など、さまざまな事業を通じて親子に寄り添ってきました。
その中で、わたしたちが何度も出会ってきたのは、「こどもを大切に育てたい」という思いを持ちながらも、子育てに苦しさや生きづらさを抱え、誰にも頼ることができず孤立している親たちの姿でした。わたしたちは、助けを求められない背景には何があるのだろうか、と考えるようになりました。
こども時代の傷は、親になった後にも影響する
虐待やネグレクト、保護者の精神疾患など、こども時代に経験する逆境的な体験は、ACE(エース ※注)と呼ばれます。
※ACE=Adverse Childhood Experiences(こども期の逆境体験)の略。複数形の「ACEs」と表記されることもありますが、本稿では「ACE」で統一しています。
近年の研究では、ACEがその後の心身の健康や対人関係、就労、子育てなどに長期的な影響を及ぼすことが明らかになってきています。自分が親になったことで、かつてのこども時代の記憶や感情がよみがえり、苦しさを抱えながら子育てをしている人も少なくありません。
2026年6月に政府が公表した「こどもまんなか実行計画2026」では、こどものACEを予防し、現在と将来のウェルビーイングへの悪影響を軽減することの重要性が示されました。こうした予防とケアを社会全体で進める動きは、大きな前進です。一方で、議論の中心は依然としてこどもへの直接的な支援に置かれています。
しかし、虐待を防ぐためには、親自身が抱える傷や生きづらさにも目を向ける必要があります。わたしたちが現場で数多く見てきたのは、親自身が過去の傷や生きづらさを抱えたまま孤立して子育てをし、その困難が虐待や不適切養育の世代間連鎖につながってしまうケースです。
虐待の世代間連鎖を防ぐためには、こどもへの支援に加え、親への支援も欠かせないのではないか。そんな問題意識から、わたしたちはこのプロジェクトを立ち上げ、当事者たちの実態を明らかにする調査を開始しました。
本当に困っている人ほど支援につながれない?「頼れなさ」の実態とは
わたしたちが着目したのは、「虐待を経験したこと」そのものではありません。本当に困っているにもかかわらず、誰にも助けを求められず、一人で抱え込み続けてしまう「構造」です。
「どこに相談すればいいのかわからない」
「相談しても理解されない気がする」
「親なのだから、自分で頑張らなければならない」
そうした思いが、孤立をさらに深めているのではないか。そして、こども期の逆境的な体験が、「人を頼ることの難しさ」を生み出し、その影響が親になってからの子育てにも及んでいるのではないか。
わたしたちはそんな仮説を立て、実態を明らかにするため、約1,400人を対象に大規模な調査を実施しました。
調査概要
| 調査方法:インターネット上での回答 調査期間:2026年4月8日(水)~4月11日(土) 調査対象:20~49歳の子育て経験のある男女 調査対象者数:1,452件 主な設問:18歳までの逆境的体験(ACE)、育児困難感、支援接続状況、支援未接続理由など |
先日発表した調査結果の速報記事では、
・被虐待経験のある親が「一人で頑張りすぎている」と感じる割合は、被虐待経験がない人の2倍以上
・育児に困難を抱えながらも、約3人に1人が「誰にもどこにも相談していない」
という被虐待経験者の孤立の実態についてお伝えしました。

今回は、速報に続き、その背景にある「なぜ助けを求められないのか」という構造に焦点を当ててご紹介します。
「こども期に守ってくれる大人がいなかった」人ほど、大人になっても人を頼れない
幼少の頃の経験と現在の孤立感にどのような関連があるのか、さらなる分析を行いました。
その結果、こども期に「安心させ、守ってくれる大人がいなかった」と答えた人は、そうでない人と比べ、子育ての中で「誰にも頼れず一人で頑張りすぎている」と頻繁に感じる(「よくある」と回答した)割合が3.3倍にものぼることが分かりました。
さらに、「守ってくれる大人がいなかった」と答えた人の半数以上が、「誰にも頼れず、一人で頑張りすぎていることがよくある」と回答しています。
こどもの頃、苦しいときに安心して頼れる大人がいなかった経験は、親になった後にも、人を信頼し、助けを求めることの難しさにつながっている可能性があります。

「苦しさをどう説明すればいいかわからない」という見えない壁
さらに、虐待を受けた経験があり、かつ育児に困難を抱えながら相談しなかった人に、その当時の気持ちを尋ねました。最も多かった回答は「苦しさをどう説明してよいかわからない」で、36.9%でした。

これは、単に相談窓口を知らないといった物理的な壁だけでなく、自身のつらさを言語化することそのものが高いハードルとなり、支援から遠ざけている実態を示唆しています。
「助けて」と言うためには、まず自分の苦しさを認識し、それを誰かに説明しなければなりません。しかし、こどもの頃から自分の気持ちを受け止めてもらえなかった経験を持つ人にとって、自分の苦しさを言葉にし、他者に開示することは、決して簡単ではありません。
なぜ「助けて」と言えないのか
本来、自身のこども期の経験を参考にすることが難しく、手探りで育児に向き合っているACEサバイバー・被虐待経験のある親は、より多くのサポートを必要とするはずです。それにも関わらず、なぜ孤立に陥ってしまうのでしょうか。
こども期の逆境的な体験は、人を信頼する感覚や、自分は大切にされる存在だという感覚を育むことを難しくする場合があります。
「頼っても仕方がない」
「自分が悪い」
「自分で何とかしなければならない」
そうした考えが身についてしまうと、「助けを求める」という発想そのものを持ちにくくなることがあります。
フローレンスにも、当事者の方から、子育て中の切実な声が寄せられています。
(こども期に逆境体験があった方より)
・とにかく孤独。うまくいかないときは「自分が悪いから・努力が足りないから」という思考なので、人やサービスを頼れなかった。
・親と離れたくて上京した分、心理的にも距離的にも育児で親を頼れない。
こうした声からは、過去の痛みの記憶が社会や他者との間に見えない壁をつくり、困ったときにも助けを求められず、一人で抱え込んでしまう実態がうかがえます。
孤立した子育ては、虐待につながる大きなリスクの一つです。虐待の世代間連鎖を防ぐには、かつて傷ついた親たちを、親になった今、再び独りにさせないアプローチが必要です。
問題は「支援がないこと」ではなく、「支援につながれないこと」
今回の調査で見えてきたのは、本当に支援を必要としている人ほど、これまでの仕組みでは支援につながることが難しいという現実でした。その背景には、「助けを求められない」「苦しさを言葉にできない」という、ACEによって生じる生きづらさがあります。
ACEやトラウマは、「相談できない」「人を頼れない」「一人で抱え込んでしまう」といった生きづらさにつながることがあります。そのため、ただ支援を増やすだけでは十分ではありません。支援を届ける側がその背景(トラウマ)を理解し、安心してつながれる「新しい支援のあり方」を社会全体で考えていく必要があります。
支援を求めることができる人だけを待つのではなく、助けを求めることが難しい人に、どのように支援を届けるのか。それこそが、これからの虐待予防における重要な課題です。
「虐待が起きてから対応する社会」から、「起きる前に支える社会」へ
わたしたちが目指すのは、「虐待が起きてから対応する社会」ではありません。親子が孤立し追い詰められる前に、必要な支援を届けられる社会です。
虐待を防ぐためには、こどもへの支援だけでは不十分です。過去の傷を抱えながら子育てをしている人たちが、必要なときに適切なケアや支援につながれること。苦しさをうまく言葉にできなくても、安心して誰かを頼れること。そして、「親なのだから一人で頑張らなければならない」と思わなくてよいこと。そうした社会をつくることが、虐待の世代間連鎖を断ち切り、未来のこどもたちを守ることにつながると、わたしたちは考えています。
フローレンスは、「虐待の世代間連鎖をゼロに」を掲げ、ACEへの社会的な理解の促進、トラウマインフォームドケア(TIC※注)をはじめとする支援のあり方の提案や、政策提言などを通じて、この課題に引き続き全力で取り組んでいきます。
※ トラウマインフォームドケア(TIC):目の前の人は「過去に深刻な逆境体験やトラウマを抱えているかもしれない」という視点を持ち、支援者が不用意な関わりで相手をさらに傷つける「再受傷(二次被害)」を防ぐためのケアのあり方。
こどもを守るために、こどもを育てる大人も社会全体で支える。誰もが必要なときに「助けて」と言える社会を、わたしたちは目指します。
| 皆さんの声を集めています。ぜひアンケートにご協力ください。 フローレンスでは、「虐待を受けて育った人も、安心して子育てできる社会」を目指し、『「虐待の世代間連鎖ゼロ」プロジェクト』をスタートしました。 現在も引き続き、被虐待経験のある方の育児困難について明らかにすることを目的とし、皆さんの声を集めるアンケートを行っています。 子育てや過去のつらい経験の中で感じている孤独、周りには打ち明けづらい思い、また「虐待の世代間連鎖」をなくすための本活動に対するご意見・ご感想などがありましたら、ぜひお寄せください。 |




