2023/08/23
医ケア児家族LIFE STORY vol.1~「医療的ケア児の預け先がない」何度も壁にぶつかりながらも仕事の継続を諦めなかった田中さん~
こんにちは!私はフローレンス仙台支社でライターをしている小澤と申します。医療的ケア児の息子を育てているのですが、その過程で様々な壁にぶつかり、それを解決したいと思い、フローレンス仙台支社の皆さんと一緒に活動しています。
「医ケア児家族LIFESTORY」では、医療的ケア児を持つ親御さんにインタビューし、今までの苦労やどう考え乗り越えてきたか、などそれぞれの「生き方」をご紹介し、医療的ケア児の保護者の様々な「したい!」が実現できるよう応援していきます。
2021年に施行された医療的ケア児支援法には「親の離職防止」が明記されています。しかし、その実現には時間がかかりそうです。今も「働きたくても働けない」という医療的ケア児のご家族が多く存在します。
働けない理由の一つとなっているのが、医療的ケア児の預け先の少なさです。
8年前、その壁にぶつかったという田中さんは、フローレンスと一緒にその壁を乗り越え、今でも仕事を続けられています。どんな経緯があったのか、どう乗り越えてきたのか、くわしくお話を伺いました。
復職希望に対し、「預け先はないです。みなさん仕事をやめています」と言われたところから始まった
田中さんの第二子、ゆりちゃん(仮)には、コルネリア・デ・ランゲ症候群という遺伝性疾患がありました。身体発達の遅延、知的障害や難聴があり、医療的ケアとして胃ろうがあります。
「癒やしの妖精のような存在」で、大切に育てているそうです。
出産当時、産休を取得していた田中さん。育休を取り、それが明けたら第一子の時と同じように復職するつもりでした。それが特別なこととは思わず、出産した病院のソーシャルワーカーさんに復職希望を伝えると、返ってきた言葉は「このような子を預かってくれる保育園はありません。母親はみなさん仕事をやめています。」でした。
住んでいたのは東京都新宿区。日本の首都、東京のど真ん中で、子どもを生んでも仕事に復帰できない環境があるなんて、と初めは驚いたと言います。
「でも実際探してみたら、本当に入れるところはありませんでした」
「不承諾」の悔しさと、相談しても何も変わらないことへの憤慨
それでも諦めずに何とか仕事復帰の道を探り、まずは役所に保育園入園申請をすると、保育園や区役所、保健所などを交えて面談をすることになりました。それに向けて田中さんはパワーポイントで資料を作り、皆さんの前でプレゼンをしたそうです。主治医には「集団保育可能」という意見書も出してもらいました。
それでも出た結果は「不承諾」。
納得できず会議の議事録を取り寄せたところ、集団保育が難しいと判断するに至った理由が羅列してありました。「どれもとってつけたような理由だと感じた」と田中さん。
そして最後には保健所の医師からの言葉で、「こういう子は戸外に出ず自宅で保育することが望ましい」と書いてありました。
「意味がわからない」そう思い役所に交渉しましたが結果は覆りません。
その時「自分の人生も否定された気になった」と田中さんは言います。「障害児を生んだのはあなたのせいなんだからあなた自身で1人でこの子を育てなさい、と社会に言われた気分になりました。」
悔しくて、毎日泣いて暮らしていたそうですが、いつしかそれは、こんな社会への疑問や憤りに変わっていきました。
「子育てに困ったら相談して」とは言うけれど、実際に相談しても誰も何もしてくれない社会。
自分の意志で仕事を辞めるのではなく、辞めざるを得ない状況を作る社会。
こんな社会は許せない、という思いもあり、田中さんは仕事を続けることを諦めませんでした。
フローレンスがあったから今も仕事を続けられている
まずは療育やろう学校の幼児教室を利用し、一年間集団保育の実績を作りました。「こういう子は自宅で保育するのが望ましい」と次も言われないよう、集団保育に通える健康状態の証明をし、一年後、その実績を元にもう一度申し込みをしたところ、今度は条件付きで可、という結果に。
その条件とは、“親が医療的ケアをすること”でした。会社と保育園を往復し、医療的ケア(胃ろうからの注入)をするとなると、3時間半はかかります。勤務時間内にそれを行うのはとても無理です。
看護師を自費で雇ったらどうかと言われ調べてみるとその費用は月30万円。それでは田中さんの給料が吹き飛んでしまいます。
困っていた時、同じ訪問看護ステーションを利用しているご家族に紹介してもらったのが、フローレンスの障害児向け訪問保育サービス アニーでした。
アニーを利用して、関わり方が「介護」から「保育」に
アニーで訪問するのは医療的ケアに関する研修を受けた保育スタッフです。看護師ではないという点で、医療的ケアのあるゆりちゃんを預けても大丈夫かな、という不安も最初は少しありました。でも、保育スタッフがゆりちゃんに接する姿を見て、それはすぐになくなったと言います。
「小さいことなんですが、着替えをする時、何をしているか子どもの目に入るような姿勢で、子どもにわかるようにやってくれていたんです。今までは自分たちがやりやすいようにやっていただけだったので、子どもの目線で、子どもの発達を考えた保育をしてくれていて、『介護』が『保育』になったように感じました。」
他にもゆりちゃんの好きなものを取り入れたおもちゃを作ってくれたり、たくさん写真を撮ってくれてかわいいアルバムにしてくれたり、保育スタッフさんてすごい、と思うことばかりだったそうです。「愛情いっぱいに育ててくれて、家族みたいに思っています。」
また、「交流保育」(地域の保育園に訪問し交流する活動)を行ってくれて、お姉ちゃんが通う保育園に行けたこともとてもよい思い出になっているそうです。小学生になると支援学校に通うゆりちゃん。「姉妹が一緒の施設に通うのはこれで最後になると思うと、とても貴重な機会になりました。」
小1の壁をナンシーと乗り越える
アニーを使うことで、お子さんが未就学児の間、田中さんは仕事を続けられました。しかし小学校にあがる時、またしても仕事の継続が危ぶまれることになってしまいます。
色々な問題はありましたが、その一つが放課後の過ごし方です。
アニーは保育の制度を使って事業を行っているため未就学児しか使えず、健常児が通うような学童や放課後クラブは、医療的ケアのあるゆりちゃんは利用できません。どうしようと悩み、フローレンスに「アニーの学童版をやってくれないか」と相談してみると、ちょうどそんなサービスを作ろうとしていたタイミングだというのです。
フローレンスに「こんなことをしてもらいたい」「こんなことができないか」と要望を伝え、看護師がご自宅に訪問してお子さんをお預かりする“医療的ケアシッター ナンシー”は生まれました。
子どもが自宅で過ごすことができ、訪問看護では対応できない「バス停までのお迎え」や「散歩」などの自宅外活動をしてもらえることで、子どもの負担も少なく、安心して預けられる環境を整えることができたそうです。
今もナンシーを利用して理想の生活が送れている
ゆりちゃんが小学校4年生になった今も、田中さんはナンシーを利用しています。
「支援学校の送迎バスが到着する時間にバス停までお迎えに行ってもらい、帰宅したら散歩、おやつを食べて、お風呂までお願いしています。」
残りの2日は放課後等デイサービスを使い、今もフルタイムで共働きすることができているそうです。
「毎日支援学校でとても頑張っている娘にとって、放課後等デイサービスに毎日通うにはちょっと疲れが心配。週の中で数日自宅で過ごすことが出来るほうが安心できるのでは、と思いますし、ナンシーがあるから私にとっても娘にとっても負担の少ないペースで毎日を過ごせています。フローレンスがなかったらたぶんとっくに仕事をやめていました。」
「間違ったことはしてない」強い気持ちが道を開いた
行政機関に相談しても預け先が見つからず、産休育休では足りずに介護休暇もフルに使って働き続ける方法を必死に探ってきた行動の源泉になったのは、「何も間違ったことはしていない」「こんな社会ではいけない」という強い気持ちでした。
「私が言い続けなければ『需要がない』と判断されてしまいます。だからとにかく言い続けないといけないと思って、今も言い続けています。」田中さんはお話の中でとにかく、現状を変えるには「色んなところに言うこと、言い続けること」が大切だとおっしゃっていました。
「役所に行って話をすること」、「訪問看護や他の医療的ケア児とのつながりを持っているところにハブになってもらって、他の親御さんとつながりを持つこと」、そうして自分の希望を伝え続けることで道を切り拓いてきた田中さん。
一人ひとりがそういう声を上げ続けることで「親のやりたいことを諦めない」それが可能な社会の実現に向けて動き出すのかもしれません。フローレンスも、そんな社会の実現に向け、できることを一緒に考え、行動していきます。
フローレンスは、8月18日より、仙台市で「#医ケア児もいっしょに まざらいんキャンペーン」を開始しました。仙台エリアの医療的ケア児(医ケア児)とその家庭に対して、対面、オンライン双方で支援活動を行うほか、映画上映会などきょうだい児や家族も楽しめるイベントや、医療的ケア児家庭同士のつながりを創出する企画など包括的な取り組みを行っていきます。
フローレンスでは、社会問題や働き方など、これからもさまざまなコンテンツを発信していきます。
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